闘争とは求める事と見つけたり
きっとそこに意味など無いよ。
「―――…それで、君は何が言いたいのかねランサー」
問う声は冷徹で冷静、そして白紙とすら言えるほどに無感情。こちらを一瞥した鈍色の瞳にも、別に特にこれといった
感慨の色は無い。それに軽く奥歯を噛んだ。不機嫌の色は表情にも出たのだろう、こちらを見るその鈍い輝きを放つ青灰色
の瞳がわずかに細められる。嘲るように、困ったように、宥めるように。…だが結局のところ、その瞳はこちらを決定的な
意味では、見てなどいないのだと知っていた。
「わざわざ人を呼びつけて何の用かと思えば。…悪いが、私には君と話す事など何も無いよ」
「俺と、じゃねえ。そもそもテメエは、誰とも喋る気なんざ無いんだろ?」
無感情なその声に無理矢理被せるように噛みつくように吐き捨てる。そうすればわずかばかりその男はその鈍色の瞳を
不快感に細める。逆に言えばそれ以上の感情の変化をその表情から読みとる事は不可能だった。むしろ、実際、そこに感情
など無いのだろう。これまでの経験から、その男についての観察から、導き出さざるをえなかったその不快な結論をランサー
は胸中でうんざりと確認した。
「……何が言いたいのかね、ランサー」
同じ台詞を先程よりも更に冷えた声で弓兵が言った。ああこれが戦場でこの声にかつてあの馬鹿げた戦争の日々のように
殺気の一つでも籠もっていたなら随分と、それならば随分と自分好みの展開だったろうにと、そんな事を考える。実際、
自分でも自分は何をしているのかとそんな自覚はある。だが。
「―――…だから、言っただろ。なんでテメエはそんなシケた面したまま生活してやがんだ。もう聖杯戦争は終わった。
殺し合いの必要も無ぇ。そんで俺達は運良くというか馬鹿げた事にというか、お人好しのマスターどものおかげで揃いも
揃って現界しっぱなしだ。だってのに、テメエのその面はなんだ?」
「…君が何を言いたいのかやはりいまいちわからんが。人としてまっとうな生活を送れ、と言いたいのなら、はっきり言って
君と比べても私の方が何倍もまっとうな生活を送っていると思うがね。炊事に買い物に洗濯に掃除にと、家事は忙しいのだよ
ランサー、君のような放蕩者と違ってね。特にあの屋敷はその点で無駄に広くてな。人口も増えた…する事は無限のようにある。
なので、それこそ君とこんなどうでもいい会話をしている時間は無いのだがな」
「行動内容の話じゃねえ。…わかってんだろ、話はぐらかすなよ」
視線を逸らさず睨み付けたままそう喋れば、その鈍色の瞳が眇められた。そこにまごうことなき不快感を瞬間読み取って、
ランサーは自分の読みが決して間違っていない事を確かめた。嬉しくはない。それは予測というよりはとうに確信に近い話
ではあったが、それ以前に、…そんなものが本当であって欲しくはないと、そう自分がまだどこかで思っていた事に
気づかされて嫌になる。
「―――…だから、何の話だと」
「その目だ。その目やめろ、全部突き放しやがって。あの馬鹿げた戦争中にはお前はそんな目はしてなかったぜ。…そんな、
今この世にある何もかもと自分は無関係ですってなァ、そんな部外者めいた無責任な面はよ」
吐き捨てる。それでもこちらを見つめる鈍色の瞳が何一つ動揺もしないまま、ただただそれまでと同じように無表情に
こちらを見下ろすだけだから余計に腹が立った。一発殴ってしまえば気が済むかと瞬間思いかけ、そんなものがこの男相手に
何の解決にもならない事を知っているからその衝動を飲み込む。衝動は重くひどく冷たく熱かった。嫌になる。言葉を、続ける。
拳より刃よりきっとこの方がまだこの相手には効果があるはずだったから。とはいえそんな武器を選んだのは彼の生前死後どの
記録を浚っても滅多になかった事で、慣れないものを相手にまだるっこしいのもまた確かだった。
「―――…現界、してんだぜ。戦争の軛すらなく、ただこの世に存在する事が再び許されている。死者には本来許されるはず
のない僥倖だ。それは俺らを望む馬鹿なお人好し共がいるっていう、そういう意味でもある。いいか、テメエがここにいるって
事は、テメエの存在を望んでる奴がいるって事だ、それも駒としてでなく道具としてでなく。
…だって言うのになんだテメエは?なぜ、それを、喜ばない?」
あなたには幸せになってほしい。 そんな馬鹿げた台詞を本気で笑いながら彼らに言うあのお人好しの馬鹿達。
あのささやかで残酷だった戦争を、その日々の中での互いの残虐を、覚えているはずだのにそんな事を言うその愚かさ。
なぁ坊主俺お前の心臓抉ったよな。 ああそうだなランサー、それがどうかしたか? お前、俺がこうやってのほほんと
暮らしてるの見てムカついたりとかしねーのか。 …だってあれはそういう戦争だったんだろう?仕方なかったんだって俺
だってわかってる。だから今はそんなのは関係ない。ランサーが、サーヴァントだろうがなんだろうが皆幸せに暮らせれば
いいなって思ってる。…あれ俺なんかおかしいこと言ってるか?
「…今此処にいる幸福を享受して、そいつをちょっとでも周囲に返す。ただそれだけの事を、なんでテメエはそう全面から
全部拒否しやがるんだ」
あの戦争の傷跡を抱えてそれでもあの馬鹿なお人好し達は朗らかに笑う。あの腕の良い剣士たる騎士王がその全力でもって
茶碗を抱える様はいっそ笑えたが、確かになるほど微笑ましかった。ただ時折その碧眼で赤銅色の髪の少年をわずかばかり
遠い距離から見つめる、その瞬間の感慨の色にあの戦争の痕を見る。だがランサーにしてみればそれは、そんな傷跡すらその
痛みすらひっくるめて何よりも得難い日常なのだと言いたいところだ。もちろんそれはあの愛すべき馬鹿達にはわかっている
のだろう。だからそう、だからこそたった一人、そのすべてに背を向けて日々を送る、そのやり方が気に食わなくて―――。
「―――…何故だ、アーチャー」
睨み付ける。他に人気の無い場所、という事で教会の墓場に呼び出したのは、まるで今から決闘でもするかのようだなと
今更自分の場所の選択に疑問を持った。もっとも、曇り空とはいえ昼間の空は明るく、風化し始めた墓石はむしろ白く、
風にそよぐ草はみずみずしかった。死者の眠る地すら今この瞬間生命を謳歌している。
そう、生きるということ、存在するという事はただそれだけで眩い僥倖だ。それを称揚せずして何のための生か。
「――――…なぜ、も何も」
その声が返ってくるまでには随分と長い時間を要したように感じられた。お互いの間を吹き渡る風が凍りつくような緊張感。
武装していたならそうきっとこれがお互いその刃を相手の急所目掛けて繰り出す瞬間。真紅の、ぎらりと時折炎のようにすら
きらめくその瞳で瞬きもせずにランサーはその相手を睨み続ける。その声はやはり先程までと同じように何の感慨もなくただ
静かで、鈍色の瞳には何の感情も無いままだった。だが、だからこそその回答を、聞いている。
「――――今此処にいるこの幸運を享受しろ、と?…馬鹿げているなランサー。忘れたか、所詮今ここに存在しているそのすべては
仮初にすぎん。座に戻れば記録として保存されるかどうかも危うい余計な部分だ。そんな無駄なものを、なぜ、楽しまねばならん?」
さらりと無機質に告げるその声音は無感情でけれどきっと本音。それが読み取れてその事実に背筋がぞわりと総毛立った。
鈍色の瞳は底が見えない不透明な色をしていてけれど同時におそろしく澄みきってもいた。
淡々と、その体格からは想像もできないほどただ静かに、弓兵は無感慨に答えを告げる。
「―――しかも周囲へと、それを返せ、と?ランサー、それは残酷というものだ。それこそ君だってわかっているのだろう、
どうせ我等は消える身だ。…オレがいた記憶を皆に残したところで、それが一体どんな幸福になると?」
むしろそれはもしそれが幸福な記憶であればあるだけ、拷問のようになるだろうよ。
ざ、と風がわずかに吹いた。その言葉を告げたその瞬間、その瞬間にようやくその弓兵はそれまでの無表情をやめた。
ほどけるように笑う。底の無い鈍色の瞳。無機質なその重い光。艶やかですらあった。その微笑みは艶やかですらあってそれに
目を見張る。絶句する。薄曇りの弱々しい空の光をすべて集めそのまま暗闇の中に沈めていくような、錯覚。
燐光めいた光と虚めいた暗闇。金属質の鈍色。…なんて、残酷。
もうどこにもいないだれかのことをその幸福な過去と共に思い出した事はあるかね。
それがもたらす痛みのことを君は考えた事があるかね。
「――――…テ、メェは…」
ぎり、と奥歯を噛みしめながら呼びかけた。褐色の肌白髪の、かつては真紅の武装をまとっていた弓兵は、今は何の変哲もない
普通の服を着て、けれど人にはありえないような虚無をもって笑う。かつてあの戦争の中では決して見えることのなかった虚ろ。
闘争という目的によって埋められていたその空白が今はぽっかりと穴を空けてそこにある。穏やかな笑顔だった。
それはほんとうにほんとうに穏やかで静かで、きっと聖人のものだとでも呼ぶに相応しい。それはわかっていた。けれど。
「―――…ああそうか、君はそうだな、早逝した英雄だったな、ランサー。…そうだな、人々の胸に君のその鮮やかな光を、
傷とも思わせないような熱と共に焼き付けていく事こそ、君の生涯そのものだったわけだ。たとえ後から君のことを振り返る
その行為が、君を記憶した誰かにとって痛みを伴う事であったとしても、その痛みすら君が偉大な英雄であった事の証だ。
ふむ…そうか、君がこんな事を言い出すのは、その意味では仕方ないというわけだ」
にやりと唇を歪める、その瞬間にはその男は聖人から酷い詐欺師へと変わる。だがそれすらこの男が身につけた様式のすべて
なのだろうと気づく。鈍色の瞳に灯る光は昏く、眩しい。そうして困ったようにその瞳を細めた。
今度ばかりは、…本当に。だからその笑顔はおそろしく穏やかで神聖にすら、見えて。
「私にはそんな事はできないよ、ランサー。…正直なところする気もない。私がここに存在した意味など、聖杯戦争中はともかく、
今となっては何一つ残していきたくはないんだ。それは最後にはアレ達を苦しめるだけだ。消えゆくものの残す記憶などそんなものだ。
…わかるかね、ランサー、私はただ、…誰も苦しめたくないんだよ」
そう言って笑う。不透明でそのくせ澄んだ鋼の鈍色の瞳が薄曇りの日の光にきらりと反射した。茫漠とした視線。穏やかな笑顔。
だから、それは。誰にも届かない遠く遠く永遠の果てを覗き込みそこへと向けて落下し続ける、何よりもまばゆい、その。
…そうだこれが英雄だ。これはそういった英雄だ。
今更すぎる、だが如何ともしがたい根源的な話に気づいてその噛み合わなさに拳を握りしめた。そうだ、これはそういった英雄だった。
自分とは違う。神話の英雄譚の英雄とも騎士物語の王とも違う、語るべき物語を持ち合わせないこの時代の人間は、ただその心性をもって
英雄となる。なるほどまさしく英雄だ。手を伸ばして目に見える何もかもをすべてを救って救いあげてその挙げ句の果ての悲劇など、
ああ、だからそれが何だろう?それすら笑い飛ばせるだけの、その意志こそが英雄なのだ。だが、だからこそ。
ぎりりと奥歯を噛みしめた。今なら自分はおそらく視線だけで、戦闘経験など無い者なら射殺せるのではないかと思うほど強く強く、
笑顔を浮かべるその弓兵を睨み付ける。突き放すように遠い笑顔。どこに向けられるわけでもないその優しさ。
「――――…だが、アーチャー…。それならテメェ自身の幸福は?」
唸るようにそう聞いた。その質問にまるで驚いたように、こちらが驚くほど瞬間幼い表情をして、鈍色の瞳を一度瞬かせて男は答えた。
「――――――…幸福など、私が得る必要の無いものだよ、ランサー」
なんて光。或いはどうしようもない真っ暗闇を覗き込む、その瞬間の絶望感。
と、そう呆気にとられたような表情で言った後、弓兵は何かに気づいたように、普段よく浮かべる皮肉げな笑みを浮かべた。
そしてなじるように嘲笑うように、いっそ何かを慰めるように告げる。
「…そもそも、だ。なぜ君がそんな事にこだわる?私の事など君には何の関係も無いだろう。それこそ君が先程自分で言ったように、
君は今ここで、君自身の幸福を自由に謳歌したまえ――――私の事など無関係に、な」
だからその言葉に。反射的に激昂して。殴り掛かるように掴みかかりその襟首を締め上げて、それでもすべて嘲笑うように
こちらを見るその鈍色の瞳を至近距離で見つめて、だから、ふと。…なるほど自分がそんな他人の幸福如何など気にする必要は
どこにもなくむしろどちらかといえば自分はいつだってそんな他者の思惑などほうっておいてきたからこそこんなところまで
走り抜けてきたのだと自負していて―――――けれど、だから、ふと。
「……あぁ、…ッ、クッソ」
最低だ。ふと気づいた事実に舌打ちする。急に胸元を掴まれてもその弓兵は動じなかったし、かつての戦争中のようにそれを
戦闘行為として応じもしなかった。すべてを受け流すのがこの平穏な日々におけるその男のスタンスだ。すべてをなかったことにする。
その鈍色の瞳はまるで存在しないものであるかのように装う。はじめからすべてなかったことに。それならばたとえ残されたところで、
誰も傷つくことはないだろう。なるほど、それは、その目的の為にはいい手なのかもしれない。だが。
「――――…!?」
その唇に噛みつくように己のものを重ねた。馬鹿げていることは百も承知。その鈍色の瞳がさすがに反応せざるをえなかったか、
それまでの無感慨を放り投げて驚愕に染まっているのを見て溜飲を下げる。それでも一気に戦闘行為に持ち込まれないあたりこの男の
不干渉主義は徹底しているとげっそりする。
唇はただ重ねるだけ。実際、馬鹿なことをしている自覚はあった。むしろ先程その自覚が生まれただけにタチが悪い。ぱっと離せば
それでも向こうからは離れない。受動的にも程があるなとそんな事を思う。唇を離した、ただそれだけの距離のまま、馬鹿げた程の
至近距離で睨み合う。いや、睨んでいるのはこちらだけか。仕方なしににやりと笑う。
「――――…悪ィが、テメェがその誰とも何も関係ありませんって面してるのが俺の幸福阻害要因だっつー事がたった今判明して、な。
…いいか、俺ァ本気だ。お前がその、誰とも接点持とうとしない態度続けるのは結構だがな…、俺に対してもそれを続ける気なら―――俺にだって考えがあるぜ」
無茶な事を言っている。そう思う。だが他にどうしようもないではないか。自分でも意味がわからない。だがそれすらどうでもいいと思う。
そう、神代の時代と同じように結局人は感情で生きる。快楽を求め知識を求め権力を求め、つまり結局のところ幸福を求め、己が思うままに
すべてを欲する。それを否定する事は誰にもできない。今ここでこれが欲しいと思ったのがすべて。至近距離でまだ状況が飲み込めないのか
それとも先程の行為への嫌悪感か、わずかに顰められたその眉間の皺と、訝しげにこちらを見る鈍色の光の重苦しい輝きを、それが一切合切
手に入ればいいと瞬間でも思ったならそれで突き進むのが馬鹿な英雄の生きざまだ。軽くその胸を突いて離れる。ようやく心から笑う気になった。
目標が定まれば、それがどんなに無駄で不可能な事であれ、あとはただただ走り続けるだけだ。
「―――…筋金入りの馬鹿かね、君は」
こちらを見る鈍色の、凍りついたような色の瞳に笑って返す。呆れすら通り越してやはり無感慨に戻ったその声と表情に、進むべき道が
障害に溢れひどく遠い事を知るけれど、だがだからどうという事もない。いっそ、そうだこちらを見るその何一つこちらに興味など無いと
言うその眼差しが、逆にもし自分だけに向けられるものになったなら、それはそれで駆け引きになるだろうと、そんな事を考えて神代の
英雄は笑った。長い戦いになるだろう。だがそれは、望むところだ。良い戦いになればいいと、そんな事を考えた。結局のところ、そう、
彼らは戦う事に慣れた英雄なのだ。
end.
「盲目の夜」風牙さんから頂きました!
ツボすぎて、悶えました…!!風牙さんのエミヤ、大好きなんですよ!
弓の中に見え隠れする『エミヤ』が、もう、可哀想で殴りたいほど愛しい。
そして、槍がとてつもなく真っ当で、かっこいい。これぞ槍弓!
えー、某耐久絵チャで、私がソー○ーなので(自覚症状無し)治療の為に何かかくよとおっしゃってくださったので、
ここぞとばかりに、兄貴くださいと強請ったのでした……。仮にも弓士チャというか、士郎受けというか、
そんな中で、槍を所望する自分、どうよ。皆さん優しい…!節操無くてすみませんです。てへ。
というか、私のソー○ーが治ったところで大したうまみは無いと思うのですが、がんばって治します。
そしてお礼返し、考えます。ちょっと言士、がんばります。
ありがとうございました!!