【士郎】 あの日、うっかり引き留めてしまい、 奇妙な主従関係になってから。 朝、台所を占領するのは、殆どあの男になってしまった。 桜は勿論、悔しがっていた。 『役割を奪われた』というだけでなく、『料理の腕』という面でも。 藤ねえは、料理が旨ければつくる人間は問わないらしい。 満足そうにいつも、あいつのつくる朝ご飯を平らげていく。 俺は、というと。 やっぱり悔しいし、色々複雑だった。 だってさ、台所にエプロン姿で立つ姿だとか、 料理の手際の良さだとか。 いったいどこの主夫だっていうんだ。 (この際自分のことは、横に置いておく) 藤ねえと桜が、先に学校へと向かって。 二人きり。 特に会話は無いが、気まずいという雰囲気でもない。 台所では洗い物の音。 水音と、食器が触れ合う音と。 流石に洗い物くらいやると言ったのに、 「構わんから茶でも飲んでいろ」 と台所から追い出されたので、 俺は居間で言われた通り茶を飲んでいる。 ……何か、変な感じだ。 時計を見ると、そろそろいい時間だったので、 湯呑みを持ち、台所に向かう。 「む、時間か。」 「ああ。」 僅かに言葉を交わし、湯呑みを手渡すと何も言わずに受け取った男は、 それをとりあえず洗い場に置き、濡れた手をタオルで拭く。 その様子を目の端に入れながら、俺は居間に戻り鞄を手に取って玄関へ。 背後に付いてくる気配。 玄関で靴を履いてから、俺は振り返った。 「じゃあ、行ってくる。」 「ああ。」 わざわざ玄関まで出てきて、俺を見送るエプロン姿の――。 現在の俺のサーヴァント、アーチャー。 そんな朝のやり取りを遠坂に話したら。 『まるで新婚生活じゃない』と、爆笑された。 必死に考えないようにしていたことを、あっさり言わないで欲しい。 なんでさ、と反論する自分の声は、情けなかった。