夏 ―蝉―





弓+凛 アスファルトに転がる蝉の死骸。 季節柄、珍しいものでもない。 何を考えたわけでも、思ったわけでもない。 無意識に体は動いていた。 近づき、体を屈めてソレを拾い上げる。 まだ生きていたころの形を留める死骸。 せめて土に還るようにと街路樹の傍の剥き出しの土の上にそっと落とした。 しばらくすれば、蟻などが集るだろう。 そうして細かく分解され、跡形も残らない。 自然の摂理。そのことに特に感慨は無い。 「アーチャー?」 よく知る声に、名を呼ばれる。 振り返れば、腰に手をあて訝しげにこちらを見る、凛の姿。 凛、と同じように名前を返せば近づいてきて、足元を覗き込んでくる。 「蝉……、死んでるの?」 「ああ。」 「ふぅん。」 それきり黙りこむ。 「…珍しいもの見ちゃったのかしら。」 一人、何かを納得したように頷く凛。 どうやら先程の行動を見られていたらしいが、特に何を言うこともなく隣の少女を見下ろす。 ――と、視線が合う。 凛は目を細めて、微笑った。 「…何だね。」 「いいえ。ただ、そうね。あなたのそういう所、結構好きよ。」 「…?」 「何か考えて起こした行動じゃないんでしょう?そういうのって、きっとあなたの本質だから。」 「…成る程。では、アレを見た瞬間、反射的に殺したいと思うのも、私の本質というわけだな。」 凛の言葉を素直に受け入れる気にはなれず、そんなことを言ってみれば、 あからさまに溜息を吐き、じろりと睨んでくる少女。 だが、諦めたように、ふう、ともう一度溜息を吐くと、 「…まあ、あいつも簡単にはやられないだろうし。  それもあんたを構成する、必要な部分なのかもしれないわね。」 真っ直ぐにこちらを見ながら、そんな風に言ってきた。 意外な返答に些か驚き、瞬いた。 凛は、それで話を切り上げるつもりのようで、さてと、と呟き。 「今から士郎の家に行くんだけど、偶にはあなたも付き合いなさいよ。」 声をかけてくる。 「ふむ。それは命令かね。」 「命令ってわけじゃないわよ。普通に誘ってるの。文句ある?」 「……いや。」 「セイバーもいるでしょうし、お茶でも飲みながら何か話すのもいいんじゃない?  士郎の魔術の鍛錬、見てあげてる時はいつも暇そうだしね、セイバー。」 ほら、いくわよ、と凛が歩き出す。 どうやら既に決定事項らしい。 まあ、偶には良いかと凛の少し後ろを歩く。 凛は振り返らない。 ついてくるのが当然なのだと、その背中が語っている。 ふ、と笑みが零れた。 きっと永遠に彼女には敵わない。 その事実が心地よく。 照りつける日差し、青空の下。 遠く近く、蝉の声を聞きながら、二人、歩いた。