『おかえり、お兄ちゃん。』 『おう、暁由。おかえり。』 「……ただいま。」 誰もいない家、空間にぽつりと呟いた。 迎えてくれる家族の姿は、今は無い。 守れなかった。 血液が冷えていくような、錯覚。 軽く頭を振って、自室に向かう。 部屋に入って、そのままうつぶせに布団の上に倒れこんだ。 焦っても仕方がない。 準備は万全に。 そして必ず助け出す。 わかってる、それが何よりも正しい答えだ。 だから、大丈夫だ。 目を閉じる。瞼の裏が重く、熱い。 ピピピピ、と電子音。のろのろと音を出す携帯を手にとって、 誰からなのか確認せずに通話ボタンを押して、耳に当てた。 『……もしもし、椎葉?』 耳に届く、声。 「花、村。」 相手の名を呼ぶと、ほっとしたような雰囲気が伝わってきて。 『お前、大丈夫か?』 「? ああ、うん。」 心配する声に生返事を返す。 『っくそ、全然、大丈夫じゃねーだろうがっ!』 低い花村の声。 心地いい。 「なあ、花村。」 『…なんだよ。』 「もっと声、聞かせてくれ。お前の声、好きなんだ。」 そうお願いしてみると、花村が息を呑んだのが分かった。 沈黙。 もう声、聞けないのかなと残念に思っていると、 花村は、あーとかうーとか、ひとしきり唸った後、 『今からそっち行くから、おとなしく待ってろ!!』 それだけ言って、電話を一方的に切った。 携帯を耳から離して、軽く布団の上に投げる。 そしてまた目を閉じて、耳に残る声に沈んだ。 「……ん?」 インターホンの音が続けて二回。 浅い眠りに落ちていたらしい。 体を起こして階下に下りて、玄関のドアを開けて―――驚いた。 「…なに間の抜けた顔、してんだよ。行くって、言っただろ?」 肩で息をする花村が、そこにいた。 走ってきたのだろうか、ぜえぜえと苦しそうだ。 「…まあ、どうぞ。上がれよ。」 なんでわざわざ来たんだろうと不思議に思いながらも花村を促した。 花村は頷き、お邪魔しますと律儀に呟きながら、玄関のドアを閉めて、 靴を脱いで、上がって。 「――ぶ。」 我ながら妙な声が出た。 いきなり引き寄せられて、俺は花村の肩に顔を押し付ける格好になっていた。 「…俺、そんなに、ヤバい状態に見えてた?」 「馬鹿、逆だ。」 取り乱したのは初めだけで、その後はあまりにも冷静だったので、 逆に気になったのだと花村は言う。 「今はわりと酷い顔してっから……来てみて良かった。 あんまり無理して抑え込むなよ。俺は、俺たちは頼りねーか?」 酷い顔とはいったいどんな顔をしていたのだろうか。自分ではわからない。 そして今、花村がどんな顔で言っているのかも見えないので残念だと思う。 「……前と、逆だな。」 思い出して小さく笑うと、あれは忘れろとばつが悪そうな花村の声が返ってきた。 「…多分、この家に今、一人でいるのが、キツいんだと、思う。」 気付いてぽつりと漏らすと、花村は相槌を入れてくれる。 「家に一人っていうのは慣れてる。両親共働きだったし、 別に寂しいと思うことも無かった。だから、慣れてた筈なんだ。 ……この家に来て、帰ってきたらおかえりって迎えてくれる人がいて。 いいものだなって思ったよ。両親に今更不満は無いけど、 家族って温かいものだったんだなあってさ。 …だから、正直、辛い。この家に一人ってのはキツい。 失って初めて気付くって本当にあるんだな。」 溢れてくる想いをそのまま声に出した。 「馬っ鹿!まだ失ってねーよ!!絶対、助けるんだろ? 堂島さんだって怪我したけど一応無事だったんだし…!」 俺の不安を打ち消すように強く花村が声をかけてくれる。 「……ああ、わかってる。………来てくれて、助かった。ありがとう、花村。」 薄々感じながらも遠ざけていた、考えないようにしていたものを吐き出して、 実際に体も気持ちも少し楽になったので、素直に礼を告げた。 「礼なんかいらね。俺の場合はお互い様だし。…ちゃんとみんなにも一言、声かけとけよ。」 どこかぶっきらぼうな花村の声。 照れ隠しかなと思うと自然、笑みが零れた。 気付かれないようにそっと笑う。 花村の腕はまだ俺に回されたままで。 体温が心地いいので暫くそのままでいた。 冷えた血液が温もりにとけていくようだった。 この後、クマも駆けつけてくると思います。 「ヨースケばっかりずるいクマ!!」とか。 二人で泊まっていくといいよ。 健全な人たち。 クマが来なければ、R18な展開に突入できるかも…。