実力主義ED後。ヤマ主とナオ主。 2主:ユキト 1主:ユキヤ(幸哉) 13. 「ヤマトと言ったか、あの人間も面白い思想の持ち主だが、 お前もなかなか肝の据わった人間のようだな。 幸哉の…魔王の力に気付かぬ愚鈍というわけではあるまい? 今のところはそのプログラムで制御出来ているが、 我々の召喚はアノマリー…異常な事態だ。 この世界に仇を為さないという保障は一切無い」 ナオヤは自分達が危険な存在だと言う、確かにその通りなのかもしれない。 だが、俺にとってその事実は、ユキヤ達を受け入れない理由にはならない。 「保障なんか無くても、俺はこの縁を大事にしたかった。 相手が人間じゃなくても、普通に話せるんだから問題ない。 それに、人を見る目には自信があるんだ、俺」 俺はナオヤを正面から見据えて迷い無く言った。 ナオヤは笑う。 「やはり面白い人間だ…幸哉が気に入るのも解る」 そう言って目を細めたナオヤは、続けてこう問い掛けてきた。 「俺のことを幸哉からどこまで聞いた」 口元は笑みの形のままだが目は笑っていない、そんな表情のナオヤに、 俺はどう答えるべきかと緊張したが、隠しても仕方が無いとすぐに開き直って、 ユキヤに聞いたそのままを素直に口にすることにした。 「ユキヤはア・ベルの因子を持った元人間で、ナオヤさんは旧約聖書に出てくる兄弟、 神の罰によって転生を繰り返してきたカイン、そう言ってたよ」 「ほぅ…それで」 「魔王になったのはナオヤさんの望みだったから、とも聞いた」 「フン…恨み言でも言っていたか?」 「……惚気てたよ」 「何…?」 俺の話を黙って聞いていたナオヤが、惚気という一言に目を瞠る。 俺はユキヤが口にした言葉を思い出し、ナオヤに伝えた。 「人間捨ててでも手を取ってやりたかったって。 口煩いし、面倒くさいし、性格も悪い、どうしようもない従兄、とも言ってたけど」 ナオヤは難しそうな顔で黙り込んだ。もしかすると直接言われた事もあるのかもしれない。 ナオヤの口から、ふぅと溜息が落ち、再び唇が弧を描いた。 そして、そうかと呟くナオヤからは先ほどまでの張り詰めた様子は綺麗に消えていた。 俺にはユキヤとナオヤは普通に喧嘩もする仲の良い兄弟に見える。 実際には色々と複雑な関係なのだろうが、今のナオヤを見ていると、 悪魔などではなく人間と変わりないように見えた。 途轍もなく不器用な人間なんだろうな、とも。 14. そろそろ良いだろうと言うナオヤに頷いて、俺は携帯を操作した。 悪魔全書に登録された『魔王・ベル』の召喚ボタンを押す。 眼前に青白い光を放つ魔法陣が現れる。だが、何も転送されてはこない。 隣に立っていたナオヤが魔法陣の光に手を翳し、目を閉じた。 光は明滅し、ナオヤの瞼が震える。俺は黙ってその様子を見守った。 5分程経っただろうか、ナオヤが僅かに後退し、閉じていた瞼を開いた。 「よし、召喚をキャンセルしろ」 ナオヤの言葉に従って携帯を弄ると、部屋を染めていた青白い光は消失した。 その直後にメールの着信音が響く。携帯画面に目を落とすと初めて見るメールアドレス。 ユキヤという件名、本文には簡潔に『届いた?』というメッセージ。 「ナオヤさん、これ」 念のためナオヤに携帯画面を見せて確認してもらう。 ナオヤは口元に笑みを浮かべて、返信してみろと俺に指示してきた。 言われるままに俺は返信ボタンを押して、件名を自分の名前に、 本文にはこちらも簡潔に『届いた』という文字を打って送信した。 暫く待っていると再びメールの着信。 確認すると今度は本文に『ナオヤお疲れ』とあって思わず噴き出してしまった。 それをナオヤに見せると、ナオヤは溜息交じりの笑みを零しながら言った。 「完了だ。俺のアドレスも保険として登録してある、もう1つの携帯にもな。 何か不具合があれば連絡しろ。では俺も向こうへ戻る」 「お疲れ様。そっちも色々大変そうだし、こっちからはあまり連絡入れないようにするよ」 「そうしてくれ」 帰還の意思を告げたナオヤに改めて感謝を伝えて、俺は携帯を操作した。 ナオヤは最後に軽く笑って俺の前から姿を消した。 異世界からの来訪者が去り、室内は静寂に包まれる。 思っていたよりも緊張していたらしい、身体の強張りを解すように腕や肩を回した後、 俺はソファーに腰を下ろして深く息を吐き出した。 「ナオヤとユキヤ、カインとアベル、か…」 出会った2人の名を呟く。 過去の2人の事はともかくとして、現在の2人の事は色々と気になる。 向こうの世界の事も今度聞いてみよう、そう思いながら俺は目を閉じた。 多分緊張で今まで気にならなかったんだろうが、疲れがどっと押し寄せてきた。 普通の悪魔とは異なる存在を長時間使役していたことが原因だろうか。 落ちていく瞼に逆らうことは出来ず、俺は意識を手放した。 15. 「…ん……?」 「起きたか、ユキト」 気がつくとソファーに寝そべっていた。身体には毛布が掛けられている。 目を擦りながら起き上がると正面のソファーにヤマトが座っていた。 手に持った書類をテーブルに置いて俺と視線を合わせてくる。 「長時間の使役で体力、精神力、共に消耗したのだろう。身体の調子はどうだ?」 「…寝たら大分回復した、大丈夫」 「念の為、後で医務室に行っておけ」 「分かった」 ヤマトが心配してくれているのが解ったので、俺は大人しく頷いた。 気を取り直して俺は元の世界に帰った2人の事を話す為に姿勢を正す。 「2人は帰ったよ、ヤマトによろしくって」 「そのようだな」 ヤマトは既に自分の携帯を手元に持っていたので、続けて説明する。 「こっちの携帯と向こうのCOMPっていう召喚媒体を繋げて、 メールで遣り取りできるようにしてくれた。 ヤマトの携帯にも2人のアドレスが登録されてると思うから、 何かあったら連絡しろってナオヤさんが言ってた。 そういえば、ヤマトの携帯には2人の召喚データまでは登録されてないよな?」 「いや…フ、魔人・カイン、か。 言わずともこちらの要望は伝わっていたようだ、私の携帯でも召喚が可能になっている」 「頼んでないことまでやってくれたんだ、意外と世話焼きなのかな」 「さて…手間を省いただけ、ともとれるが。 遅かれ早かれ私達がそれを望むということが、分かっていたのだろう。 膨大な経験則による先見性、か……」 ヤマトはそう呟きながら携帯画面を見つめている。 「ヤマトって、ナオヤさんの事は結構好きだよね。ユキヤは苦手そうだけど」 思ったままを伝えてみると、ヤマトは眉間に皺を寄せて微妙な表情を見せた。 「……好悪はともかく、どちらも並外れた力を有しているという事は認めている。 あとはそれが我々にとって無害なのか有害なのか、それだけだ」 腕を組んで気難しくヤマトは言ってくる。 「…ま、確かに俺達に対して害意が無くても、 この世界への影響があるかどうかは、まだ判らない……か」 俺もちょっと真面目に考えてそう答えてみると、ヤマトはその通りだと満足そうに頷いた。 「召喚は出来るだけ控えたほうが良いだろう」 「そうだね、向こうも暇ってわけじゃないだろうし」 ヤマトの言葉は尤もだったので素直に頷いた俺に、ふ、と目を細めてヤマトは笑う。 「…何?」 「いや…君の、一度認めた相手は何であろうと受け入れるその姿勢は、 美点でもあり欠点でもあるな、と。君こそ随分とあの魔王の事を好いているだろう」 そう言ったヤマトの声は、最後にはどこか拗ねたような響きを帯びていて、 その意味を理解して、俺は小さく笑ってソファーから立ち上がりヤマトの正面に立った。 ちゅ、とヤマトの鼻先にキスする。そして間近で囁くように言ってやった。 「俺が好きなのはヤマトだよ」 ヤマトは何度か瞬いた後、目元と口元を緩めて手を伸ばし俺の頬を指先で撫でた。 「ああ…分かっている」 どうやら機嫌は直ったらしい、ヤマトに腕を軽く引かれる。 俺は抗わずに身を屈めてヤマトと唇を合わせた。 新たな出会い、新たな縁。 こうして不思議な1日は終わりを告げた。 寝る前になって、今更のように俺は思いだす。 魔王がつけていた猫耳のようなヘッドホンについて、つっこむのを忘れていた、と。 END