兎と猫【2】





実力主義ED後。ヤマ主とナオ主。 2主:ユキト 1主:ユキヤ(幸哉) 5. 「ユキト、入るぞ」 確認の声の後、ドアが開く。 そこに立っていたのは先ほど話題に出たばかりの人物。 「ヤマト」 俺はソファーから立ち上がってヤマトを迎えた。 「討伐任務は終了したようだな、ご苦労。問題は……」 ヤマトは俺に労いの言葉をかけた後、気付いたように視線をソファーに向ける。 「…………ユキト」 「何?」 「なんだ、アレは」 「説明すると長くなるんだけど…魔王だって」 「魔王、だと?」 質問に簡単に答えると、不可解だとでも言うようにヤマトの眉間に深い皺が刻まれる。 ふいに、くすくすと笑い声が部屋の中に響いた。発生源はソファーに座る魔王。 ますますヤマトの眉は寄せられる。 「――っ、ごめん、なんか雰囲気似てるなぁって、思って…っ」 ユキヤは一頻り笑うとスッキリしたのか立ち上がり、こちらへと歩み寄ってきた。 「はじめまして。ベルの王ってことになってるけど、ユキヤって呼んで」 俺の時と同じように握手を求めてユキヤはヤマトに手を差し出した。 ヤマトは腕を組んで訝しげにそれを見ている。 「っ、ユキト!不用意に…っ」 「大丈夫だって、危険は無いから!」 焦れた俺はヤマトの手をとって強引に握手させた。 慌てるヤマトを無視して手を離さないよう上から自分の手を添える。 ユキヤはニコニコ笑って握った手を上下に軽く振った。 そこで漸くヤマトも観念したのか、深い溜息を吐いた後、 握手する手に僅かに力が籠められたのが分かった。 「……ユキト、説明を」 「分かってるって。そんなに怖い顔するなよ」 ユキヤから目を離さないままにヤマトがそう言ってくるのに俺は小さく肩を竦めた。 再びソファーに戻ってヤマトに自分が聞いたことを掻い摘んで説明する。 ヤマトは俺の隣に、ユキヤは俺の正面に座っている形だ。 「ポラリスの管理外の世界の魔王、か。  今の所、この世界に害を為す気は無いようだが…物見遊山とは、相当暇なようだな」 「ごめん、ユキヤ。ヤマトって素でこんな言い方しかしないけど悪気はないから」 「気にならないから大丈夫。もっと凄いヤツ知ってるし」 言葉通りユキヤは気にしてなさそうだった。 そんな様子にヤマトは調子が狂うようで、む、と口を閉じ、そして諦めたように身体の力を抜いた。 「……本当に、似てるなぁ。気が合うか、反発するか、どっちだろう」 「もしかして、ユキヤの参謀って人?」 笑い混じりのユキヤの呟きが気になって聞くと、ユキヤの笑みは深くなる。 ヤマトも多少は気になるのか、視線だけをユキヤに向けている。 「そう。オレの元従兄で、現参謀。そして、はるか昔の兄……らしいよ。  ユキトが協力してくれるなら、ここに喚ぶことも出来ると思うけど」 どうする?小首を傾げてユキヤが言った。その姿は魔王というよりも子悪魔のようだ。 俺としては物凄く会ってみたい。ちらりと隣のヤマトに視線を移す。 「……君の好きにすればいい。止めても無駄だろう」 ヤマトは俺のことを良く解っている上に、俺に甘いのだった。 感謝の意を込めてとびっきりの笑顔をヤマトに見せると、ヤマトも表情をやっと緩ませた。 6. 「どうすればいいんだ?」 「まず、その召喚媒体の携帯でジャアクフロストのデータを呼び出して」 「分かった」 ユキヤに指示された通り、俺は先ほど召喚しようとしたじゃあくフロストのデータを表示する。 「次は?」 「じゃあ、ちょっと携帯借りていいか?」 「いいよ」 「ありがとう。…そんなに殺気飛ばさなくても、妙な真似はしないよ」 「フン、ならば気にするな」 「ヤマト、落ち着けって」 俺が携帯を渡すと、ヤマトが牽制するようにユキヤを睨むので、苦笑混じりに隣に座るヤマトを宥めた。 「君は信用しているようだが、それを裏づける根拠などないのだろう?」 「ヤマトは俺のこと、信用してないの?」 「君のことは信頼している、ユキト」 「それならユキヤの事も信用できる筈だよね、俺が信じてるんだからさ」 「……全く、君という男は」 俺を信頼しているというヤマトの言葉に嘘が無い事は分かっている。 それでも警戒を促すのは俺の事を心配しているからだろう。 「何かあったら一緒に対処してくれるだろ?」 トドメに笑ってそう言えば、ヤマトも仕方の無い奴だと堪えきれずに笑みを零した。 「仲良いね」 一部始終を黙って見ていたらしいユキヤが面白そうに声を掛けてくる。 少し恥ずかしくなって視線を逸らす俺とは正反対に、ヤマトは当然だと言わんばかりに腕を組んでいた。 「それじゃ、始めてもいい?」 どうやら待っていてくれたらしい。俺は頷き返して、今度はヤマトも何も言わなかった。 ユキヤはそれを確認した後、携帯を操作した。 直後、青白い光の魔法陣が現れる。それは悪魔が召喚される時の光だった。 だが光だけで何も実体化はされない。ユキヤの方へ顔を向けて、俺は息を呑んだ。 青かったユキヤの目の色が、血のような赤色になっている。 その目は携帯のディスプレイでは無く、どこか違う場所を見つめているようだ。 ヤマトも静かに見守っている。右手には携帯が握られていたが。 暫くして、「繋がった!」というユキヤの声が響いた。 そして目を閉じて黙り込む。時折頷くように頭が揺れる。 「……会話をしているのか」 「そう見えるけど…」 ヤマトの呟きに頷いて、その様子を見ているとユキヤが突然声を上げた。 「ナオヤうるさい!まだ戻る気無いから、戻って欲しいなら迎えにこいよ!」 ナオヤ、というのが参謀の名前だろうか。 ユキヤの気安い口調にヤマトと2人、顔を見合わせて少し驚いていると、 話が纏まったのか、満足気にユキヤは閉じていた瞼を開いた。光も消失する。 「はい、データ取得出来たよ。  了解も取ったし、この携帯にオレの力を加えたから、オレと同じように本人を引っ張ってこれる筈だ。  ユキトはいつも通りにこの携帯で召喚すればいい」 そう言ってユキヤは俺に携帯を返してきた。 ヤマトにも画面が見えるように身体を近付けてから2人でそこに表示されたデータを確認する。 「……魔人・カイン……?」 ユキヤと同じように表示されたデータは種族と名前だけ。 他の情報は全てunknownだった。 7. 「…さっき、『ナオヤ』って呼んでたけど、同一人物なのか?」 不思議に思って俺はユキヤに問い掛けた。 「ナオヤは人間の時の、オレの従兄としての名前だよ。  今はベルの王の力で『魔人』になってるけど。データではそっちの名前になるんだな」 ユキヤは頷いて、複雑そうな表情でそう答えた。 「カイン…そういえば、ユキヤにはアベルの因子があるって言ってたっけ。  カインとアベル、なんか聞き覚えのある名前なんだけど……」 どこかで聞いた事があるような気がして考えていると、ヤマトが何かに気付いたようで呟いた。 「―――創世記の兄弟、そういうことか」 「ヤマト、知ってるの?」 「旧約聖書に出てくる有名な兄弟だ。  世界で最初の殺人、人間がついた最初の嘘、などと言われているな」 「…ああ、思い出した。確か弟を殺した……って……」 カインとアベル。 旧約聖書の内容はそれ程知らない俺でも、その兄弟の話は確かに耳にしたことがあった。 それを思い出して、俺は目の前のユキヤを見つめた。 創世記の物語が真実であるならば、本当にユキヤは『カイン』に殺された『アベル』なのだろうかと。 ユキヤは静かに微笑んでいる。そしてゆっくりと話し出した。 「まず、オレのことを話すよ。オレの中には『ア・ベル』の因子がある。  その『ア・ベル』っていうのは間違いなく、はるか昔カインに殺されたアベルの事なんだけど、  ア・ベルの因子は多くの人々の中に広く受け継がれたらしい。  オレはその内の1人ってことにすぎない。だからなのか元々オレ自身にアベルである自覚は無かった。  ベルの王になってから徐々に、それまで無かった筈の『アベル』の記憶が蘇ってきたから、  今はそうなんだって受け入れてはいる。とは言っても、オレはオレなんだけどね。  でもナオヤはオレとは違う。ナオヤは…『カイン』のまま、らしいんだ。  オレに話す気が未だに無いみたいで、ハッキリとは知らないけど。  天使がたまにベラベラ話すんだ、天使は嘘を吐かないから真実なんだろう。  カインは神の罰を受け、その罪を背負ったまま未来永劫の転生を続けてる。  信じられないような話だけど、ナオヤの思考回路って人間離れしてるから、  納得できる話ではあるかな。性格が捩れまくってるのもそのせいだろうし。  なんでアベルが魔王なのかとか、その辺はオレも詳しく知らないから省略するよ。  オレとナオヤの関係だけ言うなら、ナオヤにとってのオレが何であろうと、  オレにとってのナオヤは歳の離れた従兄で、実の兄のようでもあるけど、  人間捨ててでも手を取ってやりたかった、そういうヤツだよ。  口煩いし、面倒くさいし、性格も悪いし、どうしようもない従兄、なんだけどね」 アベルを殺したカイン。ユキヤを魔王に堕としたナオヤ。 ユキヤの参謀は話を聞く限り、相当厄介な人物のようだが、 ナオヤの事を語るユキヤの表情が全てを物語っているんだなと思った。 俺が、色々思想に問題のあるヤマトを選んだ理由と同じだ。 「…その従兄さんに会うのが楽しみになってきた」 「……そんな面倒な相手を喚ぶ気か」 ヤマトは俺の気持ちとは逆らしい。どことなく妙な表情をしているヤマトに俺は言ってやった。 「面倒さで言えば、ヤマトも負けてないと思うけど」 「何だと?」 「でも俺は、そんなヤマトが好きだよ」 「……そうか」 「安心していいよ、ナオヤに比べればヤマトなんてカワイイカワイイ」 俺とヤマトが話していると、ユキヤが口を挟んできた。 ヤマトに『可愛い』と言えるとは、なかなかの怖いもの知らずだ。流石魔王。 「……いい度胸をしているな、貴様」 「褒められてるんだから怒るなってヤマト」 「そうそう、ナオヤと一緒にしたらヤマトが可哀相だよ」 形勢不利と判断したのか、ヤマトは黙り込んでしまった。 恨みがましい目つきで俺をじっとりと見つめてくる、その姿につい噴き出してしまった。 8. 「あ、そうだ。ナオヤのこと『カイン』って呼ぶと変なスイッチ入るからやめた方がいいよ」 ユキヤとナオヤ、2人の関係を理解した所で、 そろそろ喚んでみるかと携帯を構えた俺に、ユキヤはそんな忠告をしてきた。 「変なスイッチ?」 「そう。凄く面倒くさいことになる」 聞き返した俺にユキヤが本当にうんざりしたような顔で答えるので、俺は分かったと素直に頷いた。 どんな反応が返ってくるのか興味はあったが。 少しだけ緊張しながら俺は深呼吸の後、携帯を操作した。 青白い光の魔法陣が現れ、その中心に人の姿が転送されてくる。 魔人・カイン、ユキヤの従兄であり参謀だというナオヤ。 上下の衣服はユキヤと同じように普通のものだが、 数字柄の着物を羽織り下駄を履いていることで、どこか近寄りがたい印象を与えてくる。 色素の薄い灰色の髪、そして目の色は、深い赤だった。 ナオヤは何度か瞬いた後、俺、ヤマト、ユキヤの順に確認し、 「……来てやったぞ、幸哉。俺に何をさせたい」 部屋に響くような深い溜息と共に言った。 「聞かなくても解ってるんでしょ、ナオヤ」 ユキヤは機嫌良さそうにナオヤに近付き、眉間に皺を寄せるその顔を見つめている。 もう一度溜息を吐いた後、ナオヤは俺達の方へと視線を向けてきた。 「それで、その人間の了承は取ってあるのか?」 「今から話す。ユキト、オレが向こうに帰った後でも連絡取れるように、  その携帯に新しいプログラム入れてもいい?」 突然のとんでもない提案に俺の反応は遅れた。 「……そんなこと、出来るのか?」 「出来るよね、ナオヤ」 「フン、俺に不可能などない…と言いたい所だが、ここは我々の世界では無いからな。  実際にやってみなければ分からん」 「でもオレの望みは叶えてくれるだろ?」 「…全く。分かった、付き合ってやる。  俺が承諾しなければ戻らんと言いかねんからな、お前は」 「何かあったらジャア君が知らせてくれるし大丈夫だよ。  向こうの肉体と精神のリンクは切れてないから刺激を受ければこっちにも伝わるしね」 ユキヤとナオヤはいつの間にか2人で話し込んでいた。 その隙に俺はヤマトに顔を向けて意見を聞いてみる。 「ヤマトはどう思う?」 「……君の答えは出ているのだろう?」 「うん。可能ならやってもらってもいいなって」 「今更止めはせん、だが、私の携帯にも同じプログラムを入れる、それが条件だ」 「分かった」 ヤマトの許可も得て、再びユキヤとナオヤの方へ視線を向ける。 「話は纏まったようだな、では早速取り掛かろう。  その召喚プログラムのデータがあるなら出せ、  あとはプログラムを組み上げる為のパソコンを用意しろ」 「では私の部屋へ。データもパソコンもある」 ナオヤの言葉にヤマトが答えて、俺達は部屋を移ることになった。 【3】へ続く