実力主義ED後。ヤマ主とナオ主。 2主:ユキト 1主:ユキヤ(幸哉) 1. これは召喚事故、というものなのだろうか。 俺は目の前に現れたソレを下から上まで確認したあと携帯画面に目を落とした。 数日前に悪魔合体で誕生させていた邪鬼・じゃあくフロストを召喚した筈だった。 だが、携帯画面に表示されたデータはいつの間にか別のモノになっている。 「……魔王・ベル……?」 確認出来たのは種族と名前だけ。ステータスその他、全てunknown。 顔を上げて、目の前のソレをもう一度確認する。 見た目が人間と殆ど変わらない悪魔が存在することは知っている。 それでも目の前のソレは人のように見えた。 変わった部分といえば、黒いマントと不思議な形状のヘッドホン、だろうか。 角や猫の耳のように見える。変わったヘッドホン、というなら俺も他人の事は言えないが。 あとはマントの下から見える服装はそれこそ人間が着る服と大差ないし、 身長も俺と変わらないだろう。肌の色も同じ、髪の色は青みがかった黒。 閉じていた目が開く。現れた色は青だった。 「……へぇ、ここがそうなのか」 興味深げに辺りを見回しながら呟くその声も、人のそれと変わらない。 随分長い間呆然としていたような気がしたが、実際にはそれ程時間は経っていなかったようだ。 周囲に野良悪魔がいたことを思い出し慌てて意識を切り替える。 悪魔達は一様に静まり返っていた。まるで目の前にいるソレを畏れているかのように。 俺も気付いている。どんなに人と変わらないように見えても、ソレが発している膨大な魔力を。 ただ立っているだけだというのに、その圧力は確かに魔王クラスのものだ。 一通り確認し終えたのか、ソレが俺と視線を合わせてくる。 無意識に俺は口内に溜まった唾液をごくりと呑み込んだ。 「色々聞きたいことはあるだろうけど、とりあえず片付ければいいのかな」 「え、…ああ」 問い掛けに頷くと、目の前の魔王は無造作に手を振った。 瞬間、周囲の悪魔達が炎に包まれる。万能属性の光。 その場に静寂が訪れる。周囲の悪魔は完全に消失した。 驚く俺の前で、魔王は首を傾げている。 「ふぅん…なるほど、本来の力は封じられてる、制御されてるってことか。 召喚者の霊力次第でリミッターは外せるんだろうけど」 そんな独り言の後、魔王は俺を見て、気さくに手を差し伸べてきた。 「とりあえず、初めましてとよろしく」 そう言って笑った魔王の顔は、俺よりも幼く見えた。 「……よろしく」 俺は考えることを放棄して、差し出された手を握り返す。 その手は人と同じ温もりを持っていて。 召喚事故だとしても危険はなさそうだと結論づけて、俺も笑顔を浮かべてみる。 この場にヤマトがいたら、無防備すぎると怒られただろうなと思いながら。 2. 質問に答えてくれるということで立ち話もなんだしと、 俺は魔王を連れてジプス大阪本局タワービルの最上階、自分の私室へと戻ってきた。 「そういえば自己紹介がまだだった。 その携帯が召喚媒体みたいだけど、オレのデータって表示されてる?」 部屋に入り、向かい合わせのソファーに向き合って座った後、魔王がそう聞いてきた。 「魔王・ベルって名前だけ、後はunknown。もしかして名前、違ってたりするのか?」 俺はデータが表示された画面を呼び出して、目の前の魔王に見えるように携帯を差し出した。 魔王は面白そうに画面を覗き込みながら口を開く。 「間違ってはいないな。でもオレ自身の名前は別にあるからそっちの名は未だに呼ばれなれない。 あんまり名乗るなって言われてるけど、ま、いいか。ユキヤって呼んで。 その代わりってわけじゃないけど、キミの名前、聞いていい?」 「俺はユキト。偶然だろうけど名前似てるんだな」 「ユキト、か。確かに似てる。じゃあ改めて、よろしくユキト」 「こちらこそ、ユキヤ」 名乗られたので俺もするっと名乗り返した。 俺はすっかり普通の友人に相対するような気分になっていた。 魔王、ユキヤの雰囲気のせいだろう。とにかく邪気が無い。 お互い自己紹介も終わったしと俺はまず、一番気になっていたことを聞いてみた。 「早速だけど、聞いていいか」 「どうぞ」 「俺は別の悪魔を……邪鬼・じゃあくフロストを召喚する予定だった。 なのに召喚されたのは別の悪魔、ユキヤだった。 今までこういう事は無かったから原因が分からない。もしかして、お前の力によるものなのか?」 「勘が良いんだな、ユキト。そう、原因はオレだよ。 詳しくはオレも知らないから、オレが実際に何をしたのかだけ話すよ。 ジャア君…オレの世界のジャアクフロストは側近でね、 この世界での召喚はどうやら他の世界から情報だけを受け取って再現するものみたいだ。 その際に届く波を感知して、ジャア君の情報の代わりにオレの情報を乗せたんだ。 精神も一緒にね。オレの知ってるジャア君とユキトが喚ぼうとした悪魔とは 厳密に言えば別物になるんだけど、全く繋がっていないというわけでもなくて、 大本の情報源であるジャア君自身にも他の世界の情報が多少は手に入るらしい。 それでジャア君からこの世界の話を聞いて、最近神との戦いも膠着状態で暇だったから、 遊びに来てみたかったんだ。精神を乗せたから本来のオレは眠ってる状態だし長居は出来ないけど」 どうやらとんでもない事をした、ということだけは理解できた。 神との戦いなどとさらっと言っていたが、流石魔王というべきなのか。 そしてユキヤは想像以上の力を持っているのだという事も。 3. 「他に質問は?」 「そっちの世界って、人間みたいな悪魔が多かったりするのか?」 もう1つの疑問をユキヤに投げかけてみる。 目の前にいる悪魔、ユキヤが人間と変わりないように見えるからだ。 「そうでもない。人間っぽい悪魔もいるけど…ああ、オレは元人間だったから、 見た目は殆ど変わってないんだ。角とか生やそうと思えば生やせるし、 サイズも変えられるだろうけど、今のままでオレは困ってないからね。 ……貫禄が無いからどうにかしろとは言われるけど、どうでもいいし」 またしても凄いことを聞いてしまった。 「……人間、だった?」 「ああ。色々あったんだけど簡単に説明すると、ベルと呼ばれる王たる力ってのがあって、 そのベルを冠する悪魔達が王位争いっていうのをやっていたんだ。 で、後から知ったことだけど、オレの中に『ア・ベル』っていう因子があって、 成り行きでオレはベルを冠する悪魔を倒した。それが原因でその因子に目覚めてしまって、 生き残るために他のベルの悪魔達とも戦う羽目になって、勝ち抜いた結果、魔王になったんだ」 「…………ハードな人生、送ってるんだな……」 「人のままでいる選択もあったとは思うけどね。後悔はしてないよ」 ユキヤはそう言い切ると晴れやかに笑う。 なんとなく親近感が湧いてしまった。 俺もいくつかあった選択肢から今の道を選んで、そのことに後悔は無いから。 ユキヤに比べれば、自分の選んだ道など大したことが無いように思える。 「じゃあ今度はオレから質問してもいい?」 ユキヤは身体を少し乗り出して俺に問い掛けてきた。 「いいよ、答えられることなら」 「この世界に、『神』はいる?」 俺が頷いた後、異世界の魔王は挨拶を交わすような気軽さで、そう訊いてきた。 4. 「…やっぱり魔王だから、そういう事が気になるのか?」 問いに答える前に、素朴な疑問を投げてみる。 「オレの参謀が神を目の敵にしてるから、その関係でちょっと気になっただけ。 オレ自身はそんなに意識してないよ」 ユキヤは口元に笑みを浮かべて楽しげに語る。 参謀という人物の事が気になったが、それはまた後にして、俺は先程の質問に答えた。 「一応いる……ってことになるのかな。 並行世界全ての管理・運営を行う存在、天の玉座に座するポラリス。 アカシック・レコードの管理者とも言ってたか。 俺の中にある神様のイメージとは全然違ってて、そういう意味でも驚いたけど」 「へぇ。じゃあ完全にオレの世界とは別なんだな。 ちなみにオレの世界で言う神は旧約聖書に書かれてる、あの神だよ。 土地神とかもいるみたいだけど、うちの参謀が毛嫌いしてる神は聖書の方の神で、 オレが現在敵対してるのも、その神の軍勢なんだ。 ユキトって、ポラリスと会ったことがあるのか?」 「ああ、会った。ユキヤ程じゃないけど俺もそれなりに色々あってさ。 少し前にポラリスが粛清とか言ってこの世界を消そうとしたんだ。 人間がポラリスによる秩序から外れた存在だから、とかふざけた理由で。 それで悪魔とは違う化け物が現れたりして、それを倒していくうちに ポラリスと謁見することが叶って、人間の力と意思を認めさせて、 新たな秩序…実力主義の世界になったところ」 「ポラリスを倒したわけじゃないのか。元凶だったんだろ?」 「…俺としては、正直倒したい気持ちが無かったわけじゃないけど、 世界が殆ど無くなってるような状態だったし、考え無しに殴れる状況じゃなかったというか。 元凶だからこそ、世界を元に戻すことも出来たんだよ。 だから俺は単純に、世界のことをちゃんと考えてて、一番手を貸してやりたい奴がいたから、 そいつの希望を叶えてやりたかったんだ」 「……オレ達って、似てるね。 オレが魔王になったのも、手を取りたい相手の望みだったから、っていうのが一番の理由なんだ。 本当に性格悪いヤツでさ、おかげで手に入れたモノも大きいけど失ったモノも大きかった。 ……それでも、後悔してないんだから、オレって薄情だって思うよ」 色々と話していくうちに分かってきた。俺達は確かに似ている。 細かい部分は違うが、お互いに大切な誰かに向ける感情で、進む道を選んだという所が。 「…手を取った相手って、さっき話に出てきた参謀だったりする?」 直感を信じて聞いてみると、ユキヤは少し照れくさそうに笑った。 「当たり。ユキトが手を貸した相手っていうのも気になるな」 「もうすぐ会えると思うよ」 ユキヤの興味に俺は軽く答えた。本局へ戻ったことはきっと伝わっている。 俺から連絡しなくても、そろそろ部屋のドアがノックされるだろう。 反応が楽しみだと笑みを浮かべた時、コンコンと軽くドアを叩く音が耳に届いた。 【2】へ続く