祝福と答えの言葉を





あと30分で6月10日、峰津院大和の誕生日。 携帯のディスプレイに表示された時計を見つめて、俺は何度目になるか分からない溜息を零した。 大和に誕生日のお祝いをしてもらってから3日、ずっと大和のことを考えている。 予想もしなかった大和からの告白が頭から離れない、大学の講義の時間も集中出来ない有り様だ。 昨日会った大地にも心配されてしまった。 『ヤマトに好きだって言われたんだ、俺』 情、と口にしていただけで、はっきり告げられたわけではないけど、俺の勘違いではないと思う。 『キスも……しちゃったし』 そして思い出すのは大和の唇の感触。その度、頬が熱くなる。 大和とのキスで、俺も同じ気持ちだと気付いた。だから問題は別にあって。 俺と情を交わしたい、と言った大和。 その意味は―――肉体関係を結ぶということ。 念のために調べてみたけど、言い方は色々あっても意味が違うということは無かった。 あの時の大和の様子から、間違って言ったという可能性も無いだろう。 大和と両想いなのは嬉しい、でも大和と――要するにセックスしたいかと言われると、 良く分からないというのが現在の気持ちだ。 男同士でもそういったことが出来るということは聞いたことがある。 少しだけネットで検索もしてみた。準備という項目を読んだ時点でそっと閉じてしまったけど。 女の子役は自分なんだろうな、とは思う。もし逆だったら今以上に困ってしまう。 そこまで考えて、良く分からないというだけで嫌ではないという結論に至ってしまった。 自覚してしまえば簡単な事で。 大和が望むならそれでもいいと思えてしまうぐらい、好きになっていたんだと。 落ち着かない気持ちで携帯に目を落とすと、あと数秒に迫っていた。 緊張しながらも大和のアドレスを呼び出す。 かち、と壁時計の針が12時を示したところで発信ボタンを押し込み、携帯を耳に当てた。 コールは3度、相手と繋がる。 『ヒビキか』 大和の低音に、じん、と身体の芯が震えた。 「ヤマト、誕生日おめでとう。ごめん、一番に伝えたかったんだ」 大和はこの時間まだ仕事をしていることも多いので、簡潔にそれだけ言った。 『そうか。フフ…不思議なものだな、お前からその言葉を聞くのは悪くない』 機嫌良さそうな声が返ってきてほっとする。少しは話す余裕があるのかもしれない。 意を決して、俺は本題に入ることにした。 「そう言ってもらえると、俺も嬉しいよ。  ……ヤマト、今日は夜空いてるって言っていたけど…何かリクエスト、ある?」 『そうだな…お前の返答次第なのだが』 「――っ、ちゃんと会って、言いたいんだ」 『期待しても?』 「………うん、大丈夫」 『では、メールで地図を送っておく。午後7時にエントランスで』 「分かった。それじゃ、ヤマト、おやすみ」 『ああ、おやすみ、ヒビキ』 短いやり取りの後、挨拶を交わして通話を終えて、大きく息を吐き出した。 心臓がドキドキとうるさい。エントランスと言っていたけど、もしかしてホテルだろうか。 妙な考えが過ぎってしまい、頭を振って俺は携帯を充電器に繋いで布団に潜り込んだ。 目を閉じても暫くの間、眠れなかった。 夕方、電車を乗り継いで指定された場所へと向かう。 今日は1日ずっとそわそわして、どうしようもなかった。 夕食は食べてくるように言われたので軽くお腹に入れて。 色々な前準備も念の為にしてきた。 『とりあえず、予定通りにプレゼントとケーキを渡そう』 ネクタイピン、気に入ってくれるといいな。 ケーキも食べてくれるだろうか、そんな事を考えながら歩くうちに目的地へ到着する。 そこは高級そうなマンションだった。 ホテルでは無かったことに少しだけ緊張が解ける。 時刻を確認すると約束の15分前だった。 エントランスまでは普通に入ることが出来たので、そこで大和を待つことにする。 「…もしかして、今日って本当は忙しいんじゃ…」 ジプスの局長ともなれば、誕生日パーティーぐらいありそうだ。 大和自身はくだらないと思っていても、それこそ政治的な意味で。 もしそうなら、俺と過ごす為の時間をつくってくれた大和の気持ちに胸が熱くなる。 携帯へ連絡等は無かったので、時間通りに大和は来てくれるんだろう。 たった15分、それは俺にとって物凄く長く感じた。 「ヒビキ」 待っていた声に名前を呼ばれて入口へと振り向く。 「ヤマ…ト」 こちらへと歩いてくる大和の姿に驚いて声が詰まった。 大和は見慣れたジプスのコートではなく、黒いスーツを着ていて。 どうしよう、素直にかっこいいと見惚れてしまう。 「どうした?」 「な、なんでもない!電話でも言ったけど…誕生日おめでとう、ヤマト」 「ああ、ありがとう、ヒビキ」 部屋へ行くぞと歩き出すヤマトの後ろを慌てて追いかける。 いくつかのセキュリティを抜けて、最上階のフロアの一室に辿り着いた。 「ここ、ヤマトの家…なのか?」 「滅多に使用することはないがな」 大和の言葉通り、モデルルームのようにそこは人の生活の匂いがしなかった。 それでも手入れは行き届いていて、埃1つ落ちていない。 「そうだヤマト、ケーキ買ってきたんだ。  一緒に食べようと思って…甘いもの大丈夫だった?」 居間に入って、手に持っていたケーキを思い出して大和に問いかける。 先に聞いておけば良かったと、そんな気持ちが出てしまったのか、声に不安が滲んでしまった。 大和は僅かに笑みを浮かべて頷く。 「お前からの贈物だ、後でいただこう」 「じゃあ、冷蔵庫に入れておくね」 良かったと思いながら、断りをいれてキッチンに向かう。 冷蔵庫を見つけて、電源が入っているのを確認してケーキが入った箱ごと入れた。 居間に戻ると大和がソファーに座り、煩わしげに首元のネクタイを引き抜いていた。 「疲れてるみたいだね、ヤマト」 傍まで近付いて声をかける。大きく溜息を吐いて大和が口を開いた。 「誕生日のパーティーなど毎年不要だと言っているのだがな…」 「じゃあ今日は?」 「最低限の義理は果たした。お前が案じることは無い」 「それならいいけど…」 大和がそう言うのならと納得して、俺は話題を変えることにした。 「ヤマト、高いものじゃないけど…」 プレゼント、と俺は用意していた小箱を大和に差し出した。 大和は何度かゆっくりと瞬いた後、俺の手から受け取る。 開けても?という言葉に頷きで返す。 大和は丁寧に包装を解いてから小箱の蓋を開けた。 そこには悩みぬいた末に選んだ、小さなアメジストが嵌まったシルバーのネクタイピン。 「良い趣味をしているな」 大和の口角が上がるのを見て、俺も嬉しくなる。 「気に入ってくれた?」 「ああ、大切に使おう」 喜んでもらえたようだ、プレゼントの第一弾は成功したと胸を撫で下ろす。 でも、大和が一番望んでいるものが何かは分かってる。 俺は深呼吸して、大和の正面に立った。 ソファーに座る大和を見下ろす。いつも少し見上げる感じなので新鮮だな、と思う。 「……ヤマト」 両手を大和の肩に置いて、身を屈めた。 大和は黙って俺の行動を見詰めている。 心臓が爆発しそうだ、それでも。言葉だけじゃなく、今俺に出来る精一杯を大和に伝えたい。 ゆっくりと顔を近付ける。頬の傷跡を間近で見て、小さく胸が痛んだ。 目を閉じて、顔を傾けて。上手くいくよう祈りながら、距離を縮めた。 ふ、と吐息が唇を擽る。それに背中を押されて、柔く大和の唇に自分の唇を重ねた。 3秒数えてから唇を離して目を開ける。大和の紫水晶のような瞳が熱を孕んで揺れている。 「…これが、俺の答えだよ。ヤマトが…好きだ。  だから、ヤマトが俺と、その…したいんだったら、――――……いい、よ」 最後の方は恥ずかしさに声が小さくなってしまったけど、ちゃんと大和の目を見ながら、告白した。 ふっと大和の目元が緩む、その優しげな表情に胸が高鳴る。 「本当に構わないと?私がお前をどうしたいのか、理解しているんだな?」 大和が俺の頬に手を伸ばして、撫でながらそう問いかけてくる。 指先が耳の裏を擽って、びくりと身体が揺れた。 ここで無理だと言えば――そんな誘惑をきつく瞼を閉じることで払いのけた。 大和と新しい関係を築いていきたい、その想いが、未知の行為への恐怖を和らげる。 頷くことで返答すると、大和に腕を掴まれて、ソファーへと押し倒された。 驚く間もなく再び重ねられた唇。3度目のキスは、優しいものじゃなかった。 顎を掴まれて口を開かされて、大和の舌が入り込んできて、口内をまさぐられる。 「んっ、ふ、ぅ、ぁ、あふ」 濡れた音を響かせながら、角度を変えて何度も貪られる。 舌と舌が絡んで、時折噛まれて。経験したことが無いような感覚に身体の奥が熱くなる。 耳を塞ぎたくなるような甘い声が自分の口から零れて堪らない。 大和の胸元のシャツを縋るように両手で握りしめる。 どれぐらいの時間そうしていたのか、ようやく唇が離れた時には息も絶え絶えになっていて。 「フ……この程度ではないぞ」 大和のその言葉も、既に遠かった。 寝室に運ばれて、シャワーは浴びてきたと答えた俺を置いて大和が部屋を出ていく。 漸く落ち着いた頃に、先程よりもラフな姿の大和が戻ってきた。 覆い被さってきた大和にキスをされながら服を脱がされていく。 身体のあらゆる所を大和の指が、唇が、触れて。 丁寧に繋がる場所を解されて、何度も吐精させられて。 恐れを抱く暇は無かった、気付けばゆっくりと大和の熱が俺の内へと挿入ってきていた。 「っ、ぁあ、あ…っっ」 痛みはある。限界まで拡げられた入口が苦しい。 ベッドに仰向けの状態で、腰の下に枕を置いて、両脚は大和の肩に掛けられて。 大和の背に腕を回して爪を立てて喘いでいる俺を、気遣いながらも大和の動きは止まらない。 「―――はっ、ヒビキ…分かるか…?」 全て、お前のなかだ。そう言って大和が俺のお腹を撫でる。 「ぅあ…っ、は、ァ、ぜん、ぶ」 大和の言葉を繰り返して、ぱちりと瞬くと目尻に溜まっていた涙が零れ落ちた。 あつい、くるしい。 でも。 「や、まと…、きもち、いい?」 「ああ…、心地、好い…」 初めて見る大和の表情、ずっとこんな顔が見たかった。 いつも難しい顔をして、笑っても微かで。 きっと欲目じゃない、幸せそうな顔の大和に、俺自身も幸せだと感じる。 男同士で不自然な行為だけど、俺と大和には必要なことなんだ、そう思える。 「ヤマト…うごいて、いいよ…」 「…辛ければ、爪でも歯でも、立てろ」 「う、ん―――っっぃ、あ、あっ、あぁっ…っ」 遠慮のない大和の突き上げに声が堪えられない。 痛みよりも苦しさが勝って、時々痺れるような感覚に頭を振る。 「あっ、や、さわら、ない、で…っ」 「ここは、悦いだろう…っ、」 大和の手が前を弄ってきて、確かな快楽にぞくぞくする。 「あぅ……んっっ、も、もう…っ」 「ああ…っ、私も…っく」 「――――――ァあっ!!」 背を丸めて抱き付いて、大和の手に精を吐き出す。 その瞬間、大和も息を呑んで、内にある大和の熱が跳ねた。 お互いに忙しない呼吸を繰り返す。 先に落ち着いたのは大和で、ゆっくりと俺との繋がりを解いていく。 抜かれても、まだ挿入っているような感覚に喉を鳴らした。 大和は手早く後処理を始める。そこで漸く、ちゃんとゴムをつけてくれていたことに気付く。 下肢の汚れを拭われる感触を最後に、俺の意識は遠ざかっていった。 「ん……あ、れ」 甘い香りがする。意識がゆっくりと浮上した。 身体を起こそうとして、腰から下の疼痛に呻いてまたベッドに突っ伏す。 「気付いたか、ヒビキ」 「……ヤマト」 ベッドに腰掛けた大和が俺の顔を覗き込んでくる。 答えた自分の声の掠れに先程までの行為を思い出して、一気に顔が熱くなった。 大和はすっかり身形を整えていたが、俺は裸のまま。掛け布団が辛うじて下半身を隠してくれていた。 「帰りは車で送らせよう」 泊まっても構わないが、大和が意味ありげな顔で言うのに、帰りますと何故か敬語で答えてしまった。 くく、と大和が楽しげに喉を鳴らす。 複雑な気持ちで視線を動かすと、サイドテーブルにケーキと紅茶が置かれていた。 「ああ、先に着替えるか?」 「…そうする」 大和が俺の視線に気付いて服を手渡してくれる。 受け取って、腰の痛みに眉を寄せながらもなんとか服を身に着けた。 「では、いただこう」 「いただきます」 食事前の挨拶を交わしてから、俺はケーキをフォークで一口サイズに切ってから口に運んだ。 生クリームの甘さが疲れた身体に染み渡る。上に乗ったイチゴも甘くて美味しい。 紅茶で喉を潤しながら、あっという間に食べ終わって、向かいの椅子に座った大和を見た。 大和もフォークを置いて、紅茶を飲んでいる。 ソーサーにカップを置く音が静かな部屋に響いた。 「結構甘かったね」 俺は基本的に甘党なので気にならないけど、大和はどうだろうか、 そんな意味を込めての感想に、大和はそうだなと頷いてから、意味深に笑った。 「だが、お前の方が、甘かった」 癖になりそうだ、そう囁いて、指先が俺の唇をなぞる。 ―――今日は、大和の言動や表情に驚かされてばかりだ。 「……ヤマトが満足したなら、良かった」 俺は疲れたけど、と照れ隠しのように小さな不満を零すぐらいはいいよね。 席を立つ音がして、大和が俺の傍に立つ。 「次は、お前も満足できるよう、努めよう」 俺の顎を大和の指先がすくって、甘い言葉が落ちてくる。 そして近付く大和の唇を受け入れる為に、俺は瞼を閉じた。 大和の18歳の誕生日。 俺は望むものをあげられただろうか。 「ん…ヤマト、改めて、これからもよろしく」 今までよりも、もっと近い場所で、君の隣で、生きていきたい。 想いを込めて拙いキスを返す。 「ヒビキ……共に、」 大和の言葉は最後まで聞けなかったけれど。 言葉以上に伝わる大和の温もりを感じて、心に確かな熱が生まれる。 来年も、2人で誕生日を祝えますように。 そっと祈りながら、大和と熱を分け合った。 END 大和、誕生日おめでとう…!!貴方がこの世に生まれた奇跡…どうか幸せに!