6月6日、今日は俺の誕生日だ。 人類最後の7日間を経て新しく再編された世界で迎える初めての誕生日。 今日は大和と食事に行くことになっている。 数日前に珍しく大和から電話で予定を空けておけと言われたのだ。 「でも、別に俺の誕生日だから…ってわけでもないよね」 理由が何であっても大和が自分の為に時間をとってくれるという事実が 嬉しいのでかまわないと思いながらも、やっぱり少しだけ残念な気持ちもある。 大和とは世界がポラリスの手で復元された直後に再会して、 お互いに記憶があることを確認して、改めて友達になることができた――と、思っている。 何度かジプス東京支局の大和の私室に通してもらったこともあるし、 月に1度、多いときに2度、夕食を共にと品のいいお店へ連れて行ってもらったりもしている。 初めの内はごちそうになることに抵抗があったけど、 大学生で現在1人暮らしをしている自分にとって、食事代としては結構な出費になる、 最近は大和の好意を素直に受け入れられるようになった。 大和はこの世界でもジプスという秘密組織の局長なので、 俺が普段利用するような、お手軽な値段の飲食店では都合が悪いんだろう。 外食に誘ってくれるのは、いつも会うのがジプスでは気詰まりだろうという理由だった。 大和が気遣ってくれることに、正直初めは驚いた。 あの7日間の時に抱いた大和への感情は決して良いものでは無かったから。 それも最期には分かり合えたから、こうして今がある。 雑談のようなものも出来るようになって、その中で俺は大和の誕生日を知った。 大和は俺の誕生日を既に知っていたようだ。 多分、ジプスへの出入りを許可された時点で、俺の身辺調査は済んでいたんだろう。 相手は国家組織だ、そういうものだと気にしないことにしている。 大和の誕生日は俺の4日後、俺は勿論祝いたいと思ったけど、大和は違うようだ。 誕生日を祝うという事が理解できないとはっきり口にしていた。 それを哀しいと感じるのは俺の勝手なんだろう、 だからその時はそうなんだと言って話を終わりにして。 たとえ大和に興味が無くても構わない。 俺は大和の誕生日を祝いたいという気持ちのままに行動することを決めた。 プレゼントはもう用意した。色々考えて、シンプルなネクタイピンを選んだ。 ジプスのコート姿の時にも使ってもらえたらいいなと。 そんなことを思い出しながら家を出て、指定された場所まで歩いた。 時刻は夕方、人通りが少ない道路の脇に普通の乗用車が止まっている。 運転手の人が傍に立って俺を待っていた。 ドアを開けてもらったのでお辞儀して後部座席に乗り込むと、隣には大和の姿。 俺がシートベルトを着けたのを確認して、すぐに車は発車した。 目的地に着いて、店で2人きりになるまでお互い余計な口は開かない。 俺自身は他の人がいる時は大和と話しにくいという理由だったけど、 大和にはまた別の理由があるのかもしれない。 今日は何度か連れて来てもらったことがある料亭だった。 「会って話すのは久しぶりになるか」 「そうだね、最近忙しそうだったけど、落ち着いた?」 「そんなところだ」 言葉通り、前回ジプスに顔を出したのが3週間ほど前になる。 電話では時々話すこともあったが、それも声を聞く程度で。 「今日はこの後予定は?」 「必要な処理は済ませてきた、問題ない」 大和の言葉に少しだけ吃驚する。 今までは大抵夜にも予定が入っていて、大和とは慌しく別れることが多かったから。 大和とゆっくり話せる、その事実に自然と口元が緩んでしまうのに気づいて、 俺は誤魔化すように片手で口を覆って一つだけ咳をした。 ごちそうさまでした、と手を合わす。 今日はいつもよりも豪華だったな、と首を傾げながらお茶を飲む。 大和は俺よりも少し先に食べ終わって、足を崩して寛いでいた。 いつもはお互い食べ終わるとすぐに席を立っていたので、 大和のそんな姿を見るのはなんだか新鮮だ。 「ヒビキ、甘味を用意してあるが、食べられるか?」 人心地がついた俺に、大和が問い掛けてくる。 まるで大和が用意したみたいだなと思いながらも頷くと、大和は立って部屋を出て行った。 流石にいつもとは色々と違うことに気づく。 もしかして、と思いながら待っていると、盆に何かをのせた大和が戻ってきた。 「さて、答え合わせだ」 そうして俺の目の前に置かれた皿に目を見張った。 皿の上にのっていたのは和菓子。 何の変哲も無い、どちらかと言えば庶民的な、豆大福とみたらし団子。 ―――――どちらも俺の、好きなお菓子だった。 「正解だったようだな」 大和の楽しそうな声に顔を上げる。 「…えっ、だって俺、ヤマトにこれが好きだって言ったこと、ない…」 俺の疑問に大和は笑う。 「お前がジプスに来たときには茶菓子を出していただろう。 和洋問わず様々なものを振る舞ったが、お前は存外顔に出る。 何を好んでいるのか、大体の見当はついた。 昔ながらの比較的安価で手に入る和菓子、とな。 調べてみた限りでは、それはどちらも評判の店の菓子だ、遠慮せず食べるといい」 そんなに顔に出ていたのだろうか、気恥ずかしい。 でも何故今日こんな風に俺の好きなものを出してくれるのか、 その答えをまだ聞いていない、そう思っていると、 俺の内心を全て見通しているかのように、大和が続けて言った。 「今日はお前の誕生日だろう」 高額なものは受け取らないだろうからな、目を細めて大和が口にする。 昨日、今日は予定があると謝罪と共に断った俺の為に、 大地と新田さんがサプライズパーティーだとお祝いしてくれたけど、 その時以上に吃驚して、嬉しがっている自分に気付いてしまった。 「……あり、がと…でもヤマトって、こういうことしないと思ってた」 なんとか正直な気持ちを零した俺に、そうだなと大和が答える。 「実際に生まれ落ちたその日を祝うならともかく、 ただ歳を重ねたという結果を祝う事に意義は感じない。 だが…仮に私が今日、お前との約束を取り付けていなければ、 お前は他の友人と共にいたのだろう、そう、志島あたりとな。 それを私は面白くないと感じた。 お前が生まれたという日、共にいるのは私でありたいと」 大和が俺のすぐ隣に膝を着いて、手を伸ばしてくる。 その手が頬をなぞってきて、擽ったい。 なんだろう、今、物凄い告白を聞いている気がする。 「ヒビキ、私はお前の誕生日であるなら祝いたい。 どうやらこれは、情であるようだ。私はお前と情を……交わしたい」 大和の顔が近づいてくる。 混乱した頭では拒むことも出来ず、思わず目を閉じた俺の唇に軽く大和の唇が重なる。 すぐにその柔らかい感触は離れて何度か瞬くと、今度は深く食まれた。 両手は自由だったから嫌なら突き飛ばすことも出来たのに、俺はしなかった。 嫌じゃ、なかった。ああ、俺も大和と同じ気持ちだったんだと納得してしまった。 初めは確かに友達として、この1つ年下の不器用な少年が気になっていた。 いつからだろう、もっと傍にいたいと思い始めたのは。 そして大和もいつから俺の事を…? 唇を合わせるだけのキスが終わって、俺は呆然と大和を見つめた。 名を呼ばれてハッとする、そこで漸く先ほどの大和の言葉の意味を正しく理解して。 一気に顔が熱くなった。情を交わす、その意味は―――。 「……ヒビキ、答えは4日後まで待ってやろう。 元々、勝手に祝うつもりだったのだろう、私の誕生日を」 その日も夜は空いている、そう言う大和は意地の悪い笑みを浮かべていた。 逃げ道なんてない、俺の気持ちなんてもう気付いているくせに、俺自身に答えさせる気だ。 誕生日が近くて嬉しいなんて思っていたのに、今は近すぎる誕生日が複雑だった。 「う……わか、った」 なんとかそう答えて俺は大和から視線を外して目の前の和菓子を見つめる。 大和も向かいの席に戻ったので、豆大福を手にとって口に運んだ。 上品な甘さがじわりと口の中に広がって、凄く美味しい。 「誕生日おめでとう、ヒビキ」 大和の甘い声が耳を擽って俺の体温を上げる。 甘いお菓子と甘い言葉。 きっと忘れることは無い、19歳の誕生日。 END 大和の誕生日は大変だね響希くん誕生日おめでとう!