時刻は午後3時。 一息入れようと強請った結果のお茶菓子を口に放り込みつつ、 俺は向かいのソファーに座るヤマトをちらちらと盗み見た。 ヤマトは紅茶を飲みながら行儀よくお茶菓子も口に運んでいる。 今日は4月1日。4月1日と言えばエイプリルフール。 世間では大小様々な嘘で賑わう日だ。 こういうお祭り騒ぎは嫌いじゃない。午前中にダイチへの攻撃は済ませてある。 『ヤマトと結婚することにしたから』 ベタベタな嘘だが、ダイチはそれはもう驚いてくれたので満足だ。 『嘘に聞こえねーんだよっ!!』という叫びはスルーしておく。 そんなわけでヤマトにも嘘を、と思ったまではいいが、 さてどんな嘘を吐こうかと考えた所で悩むことになってしまった。 普段から俺の冗談をすぐ鵜呑みにするヤマトなので、 嘘でしたと白状した時の反応を予想しておかなければ、自分の首を絞める結果になりかねない。 『ジプスを出ることにした』『ヤマトのことが嫌いになった』 この辺りの嘘は自分が吐きたくないので除外するとして。 目的はダイチのように驚かせること。 色々と考えた結果、俺はダイチを巻き込む嘘を吐くことにした。 乾いた唇を舌先で舐めて濡らしてから、俺は口を開いた。 「そうだ、この前ダイチとふざけてキスしてみたんだけど」 そこで一度言葉を止めてヤマトに視線を向ける。 ちょうどヤマトはティーカップに唇を付けていて、その状態のまま、固まっていた。 これは成功したかなと少し楽しくなりながら続けて言う。 「ダイチって意外とキス上手くて吃驚した。ヤマトより上手いかも」 さて、ヤマトはどう出るかと俺はソファーから気持ち身を乗り出して相手の反応を待つ。 かちりとヤマトがティーカップをソーサーに戻す音が部屋に響く。 ヤマトは手を口元へと当てて目を閉じる。何かを考えているような沈黙が落ちた。 あれ、と思う。最近はダイチに対しても寛容になったとはいえ、 俺とキスしたと聞けば、怒ってダイチに会いに行くか、 説明を求めてくるだろうというのが俺の予想だった。 ヤマトは俺の予想とは違い、やけに静かだ。その静けさに――――嫌な予感がした。 ヤマトが口元に当てていた手を外して俺を見つめる。 ―――まずい。 ゆっくりと口角が上がる、その貌は、思い出したくなかったが、 俺を性的に責め抜く時に見せるものだった。 ヤマトがソファーから立ち上がり、俺の傍へとやってくる。 片膝をソファーに乗せ、俺を囲うようにソファーの背もたれに手を着く。 蛇に睨まれた蛙、だ。動けずにいるとヤマトの顔が間近に迫っていた。 「志島へ問い質すのは後だ。さて…先程君は、志島の口吸が私よりも優れていると言ったが」 ああ、これはやっぱり怒ってるんだろうか。俺の事、『君』呼びになっているし。 公の場だったり機嫌が悪い時にヤマトは俺を君と呼ぶ。それに本人は気付いているだろうか。 布の感触、手袋をはめたヤマトの指が俺の頬をなぞった後、強引に親指を口に突っ込んでくる。 「―――訂正してもらうぞ?」 そして仕置きとばかりに噛み付かれた。文字通り、ヤマトの犬歯が俺の唇を薄く傷つける。 「っ!」 痛みに文句を言おうとした言葉ごと呑みこむように、深くヤマトの唇が重なってくる。 開かされた口内を無遠慮にヤマトの舌が這い回る。 口蓋を舌先で擽られると身体の芯に痺れが走る。歯列を丁寧に舐められて、舌を絡めとられる。 顔を上向かされてヤマトの唾液が送り込まれる。 俺自身の唾液と混ざり合ったそれが口端から零れて顎を伝い、首筋を流れていく感覚にぞくぞくする。 「ふ、ぁ…、ヤマ、ト…っ」 息苦しさに名を呼んで訴えても解放してもらえない。 舐めて、噛んで。どれぐらいの時間、ヤマトとのキスが続いたのか。 「はっ……、ぁ、れ」 解放された瞬間、ずるりと身体が傾ぐ。追い打ちのようにヤマトが軽く押してきて、 俺はソファーに倒れて目を見開いた。どうやら腰が抜けたらしい。 見上げると覆いかぶさってきたヤマトの姿が目に映り、瞬きを繰り返す。 「さて、感想を聞かせてもらおう」 「………ごめんなさい、俺が、悪かったです」 目を細めて意地悪く笑うヤマトに、俺は降参を示した。 よろしい、と偉そうに言ったヤマトの唇が俺の首筋へと落ちる。 「ちょっと待った!するならベッドすぐそこだろ…って言うかヤマト仕事は!?」 ヤマトの行動に身の危険を感じて俺は手足をばたつかせてみたが、あっさりと押さえこまれてしまう。 「構わん、すぐに終わらせる。君は大人しく寝ているといい」 「構うって……っぁ、だめ、だって…っ、ヤマト!!」 抵抗も空しく、すぐに終わらせるという言葉を証明するかのように手早く俺の服は剥ぎ取られていく。 中心を弄られてしまえば、ヤマトに慣らされた身体が落ちるのはあっという間だった―――。 「……酷い目にあった」 けほ、と喘ぎ疲れた喉が痛くて小さく咳き込む。 ソファーに無残な姿で寝そべる俺を横に座ったヤマトが撫でてくる。腰のあたりはやめてほしい。 上半身は完全に剥かれて、下半身は今は俺の上着が掛けられている。 「笑えぬ嘘で私をからかったお前の自業自得だ」 ヤマトの言葉に目を見張る。 「……もしかして、気付いてた?」 「エイプリルフール。市井では嘘を吐く祭りのようなものだと志島に聞いた」 志島に先手を打たれるとは不甲斐ないなとヤマトが笑うのを、俺は茫然と見つめた。 「自分を巻き込んで私に嘘を吐くはずだから絶対に信じるなと断言していた。 まさかヤツの言葉通りになるとはな。しかし、志島も随分賢しくなったものだ」 「………やられた」 流石幼馴染。俺の行動パターンはお見通しというわけか。 そのわりに俺の嘘には驚いてくれたわけだが。 ソファーに完全に身体を預けて俺は溜息を零した。 ヤマトが俺を押し倒してから時間はそれほど経っていない。 ちゅ、と音を立てて俺のこめかみにキスした後、ヤマトは立ち上がる。 このまま眠りたい気持ちはあれど、まだいくつか仕事は残っているので、 重い身体を起こそうとした俺の行動をヤマトは遮った。 「私が出れば事足りるだろう、休んでおけ」 「いいのか」 「今のお前の貌を、他の者に見せたくはないからな」 酷くそそられる貌をしているぞと囁くヤマトにかっと顔が熱くなる。 「……じゃあ、落ち着いたら戻る」 ヤマトの言葉に甘えるのは簡単だったが、その分の負担を誰が負う事になるのか分かっているので、 俺はそう返して少し休む為に目を閉じた。 「そうか。では、先に行く」 ヤマトも簡潔にそれだけ言って、寝室へと足を向けた。 多分服は俺が汚してしまったので着替えるんだろう。 ヤマトが立ち去ったのを確認して、俺は全身の力を抜いた。 俺にとっては些細な嘘だったが、随分と高くついた。 それでも、と思い返す。 ヤマトが仕掛けたキスはいつもよりもずっとしつこいぐらいに丁寧で。 嘘だと分かっていても、ダイチより劣っていると言われたことがショックだったんだろうなと、 そんな風に思えば可笑しくなって、俺はこっそり笑みを零した。 2015年エイプリルフール!! ヤマトとダイチも仲良くしてるよ!嘘じゃないよ! いつも通りの実力主義ヤマ主でした。