「ふ…ぁ、あっ…!?」 どろりと体内から何かが溢れ出す、その排泄感に目が覚めた。 身体は意識を失う前の状態、俯せたまま。 「んっ!」 再び過敏になっている後孔に何かが入れられて喉を鳴らす。 恐る恐る後ろを見ると、ヤマトが俺の中に指を入れているのが確認できた。 「気がついたか、コウキ」 「…っ、ヤマト、なに」 「大人しくしていろ、掻き出しているだけだ。お前の中に出してしまったからな」 「――――――っっ!!!」 ヤマトの言葉に色々と思い出してしまって、恥ずかしさに俺はシーツに顔を埋めて唸った。 そうだ、思いっきり中で出された。 その時に感じた、感じてしまった快楽がまた蘇ってきて、 無意識に中にあるヤマトの指を締めてしまう。 フ、とヤマトが微かに笑ったのが分かって、 穴掘って埋まりたい気持ちになりながらも、俺はこの行為を耐える為、きつく目を閉じた。 掻き出すと言ったヤマトの言葉通り、機械的に動く指は性感を煽るものではなくて、 指を奥まで挿入れて、内部で拡げながら引き抜く、それを何度か繰り返した後、 最後はタオルで下肢を丁寧に拭われて漸く終わった。 もそもそと身体を起こすとヤマトに服を差し出されたので、ありがたく受け取る。 正面からヤマトの顔を見るのはまだ気恥ずかしいので微妙に視線を逸らしたまま。 下着を穿いて、ズボン、シャツまで身につけて、やっと落ち着いた。 はぁっと大きく息を吐き出す。全身、関節がぎしぎしいっている気がする。 倦怠感と、やはり下肢、座っていると少し辛い。痛いというほどではないが、じんじんする。 顔を上げるとベッドの端に腰掛けたヤマトと目があった。 ヤマトも既にシャツは身につけている。 ズボンは結局脱いでいなかったと思うが、汚れてはいないんだろうか。 現実逃避のようにそんな事を考えていると、 ふいにヤマトの手が俺の頬に伸びてきて、身体がびくりと跳ねた。 ゆっくりと頬を撫でられる。 「……また、震えているな。傷の方は、どうだ?」 ヤマトが訊ねてくる。何を訊かれているのか分かって、俺は心の中で自問自答してみた。 こうしてヤマトとセックスすることになった切っ掛け。 世界復元前の、あの夜の記憶。ヤマトに刻まれた目には見えない傷。 その傷を癒すとヤマトが言って、俺はそれを受け入れたわけだけど。 「…なんか、傷口をさらに抉られた気がする……」 思わず本音のようなものが零れてしまった。 そうか、と答えるヤマトの顔は薄く笑っている。 俺が本気で口にしたわけではないという事が、ちゃんと伝わっているんだろう。 ただの愚痴のようなものだったので俺も小さく笑ってみた。 何もかもあの時とは違う、今回は合意の上での行為だから。 「もしかしたら、ずっとこうかもしれない。 お前とこういうことするたび思い出して、身体は勝手に震えるかもしれない。 でも……もういいよ、それでも。怖くても、嫌じゃなかった、だからいい」 まるでマゾみたいだ、とは言わないでおいた。一生知りたくなかった性癖だ。 相手がヤマトだからという前提があったとしても。 ヤマトは何となくサドっぽい所があるので丁度良いのかもしれない、 などと思ったことも秘密だ。 俺の頬に当てたままのヤマトの手の甲の上から自分の手を重ねて目を細める。 「…そうだな、それだけの傷を私はお前に刻んだ。 だがコウキ、その上でお前が私を拒まないというなら…感謝せねばならんな。 その傷が、傷跡に変わるまで、何度でも試そう。 言っただろう、お前の傷は必ず癒すと。覚悟しておけ」 ヤマトは強くそう言って、俺の額に額を合わせてきた。 熱烈な告白を受けて、顔が熱くなる。鼻先も擦りあってくすぐったい。 「……お手柔らかに」 それだけ言うのが精一杯だった。 後は行動で示せと言わんばかりに俺は顔を傾けてヤマトの唇に啄むようなキスをした。 すぐに離れようとする俺を許さず、お返しとばかりにヤマトが深く唇を合わせてくる。 ヤマトの唇から解放されたのは、それから5分後のことだった。 ヤマトが先にブーツを履いて立ち上がり、ネクタイ、コート、手袋と身につけていく。 俺ものろのろと動き始めた。靴下、靴を履いて、ネクタイをしてジャケットを羽織る。 壁にある時計を確認すると結構時間が経っていた。 そろそろ帰らないとまずいな、と思いつつベッドから立ち上がろうとして―――、 がくんとそのままベッドに崩れ落ちた。思っていたよりもダメージは大きかった。 腰が酷く重い。そんな俺に気付いたのかヤマトがベッドに膝を付いて蹲る俺を覗き込んでくる。 「立てないのか」 そう言いながらヤマトの手が俺の腰に触れ、優しく撫でられる。 ぞわ、と妙な痺れが走ったのを無視して俺は情けないと思いながらも頷いた。 少しだけ恨めしげにヤマトを見つめながら。 「私の所為だということは分かっている」 ヤマトは苦笑を零した後、真剣な表情で口を閉じた。 何が起きるのかと黙ってその様子を見ていると、じわりとヤマトが触れた部分が熱を持ってきた。 ヤマトの手のひらから何かが流れ込んで、それに促されて自分の身体が変化していくような。 「龍脈の力は人に対して使えば、人体を巡る力を活性化させることが出来る。 今はお前が持つ治癒力を高めている……どうだ、少しは楽になったか」 ヤマトの説明に、通天閣で対峙した時そういう事を言っていたのを思い出した。 ヤマトが触れている場所から全身へと力が巡っているのを感じる。 酷い痛みを訴えていた腰だけでなく、下肢、関節、全てが癒されていく。 ふう、と溜息を吐いて、もう大丈夫とヤマトに告げた。 ヤマトは頷いて俺の腰から手を離す。 悪魔召喚アプリにあった回復スキルを使った後に似ているようで微妙に違う感覚。 ヤマトの手が離れた後もまだ身体の中に何かが在るような気がする。 それは自分の中に初めからあって、少しずつ自分の中から溢れ出しているような。 「…ヤマト、これって……」 俺は確信を持ってヤマトに視線を向ける。ヤマトは満足そうに微笑んだ。 「龍脈の力によって一時的に感覚も鋭くなっているはずだ、今ならば分かるだろう、 私が脅威と言ったお前の力の一端がな。 訓練によって制御できるようになるまでは、この後渡す護符を身につけているといい。 一度自らの力を認識したのだ、お前ならすぐにコツを掴むだろう。 言っておくがこれは、龍脈の力に耐えられるだけの霊力を保持するお前だからこそ可能な方法だ。 並みの霊力ならば龍脈の力に触れた時点で気が狂れるか意識を失っていただろうな」 「………さらっと怖いこと言うよな、ヤマト」 「事実だ」 ヤマトが嬉しそうに語るのを俺は苦笑混じりに受け止めた。 俺の力を自分のことのように喜ぶのは出会った当初から何も変わらない。 熱を持った身体、右手のひらをなんとなく眺めながら、ふと思ったことを零した。 「ヤマトって、私情でこういう力使うとは思ってなかったから驚いた」 そう、あのヤマトに襲われた夜も、わざわざ最上級の回復スキルを使ってくれた。 ヤマトが使わなくても自分で使っていたかもしれないが、今考えると意外に思える。 ヤマトは何を今更、という風に鼻で笑って、 「憶えていないのか、お前たちを阻むために龍脈の力を使って私が立ち塞がったことを。 フフ…我ながら、頭に血が上っていたとしか思えんな。 お前が自らの力を自覚せず私の手を拒んだ事実を、認めたくなかったのだろう。 あれは完全な私情だった」 獰猛な貌で言い切った。そういえばそうだった、あの時のヤマトは本気で怖かった。 「…改めて言っておく。お前と戦うのはもうお断りだ」 ポラリスを倒し、世界が復元される直前の別れの際に口にした台詞をもう一度言うと、 「私もそう願うさ」 ヤマトもあの時と同じ言葉を返してくれて、ほっと肩の力を抜いて俺は笑みを浮かべた。 「そろそろ帰るよ、あ、そうだ。訓練って時間かかるのか?」 今度こそベッドから立ち上がりながら、俺は少し気になっていたことをヤマトに聞いた。 寝室から出る為に先に足を踏み出したヤマトが立ち止まり、振り返って答える。 「1時間程度で済むだろう。何か不都合でもあるのか」 「ん、まあね。学校帰りに寄るとして…頻繁に帰りが遅くなると親がうるさい」 「行動を管理されているのか?」 「そこまでじゃないけど。普通の親で、普通に口煩いっていうか。 一応受験生だし、帰りが遅いと遊んでるって思われる」 「ほう。先程進学の話が出たが、親の体裁の為、というわけではあるまいな」 「……正直に言えば、そうだった、かな」 痛い所を突かれて、鋭いなと思いながらも俺は正直に告白した。 ヤマトは眉を寄せて不可解そうな表情を見せる。 強い目的を持ちながらも、自身を殺して生きなければいけないヤマトにとって、 自由がありながら目的もなく、なんとなく生きる人間は嫌悪の対象なんだろう。 以前、ヤマトを説得する時にそういった内容のことを話していたのを思い出す。 俺もヤマトが嫌悪するような人間の1人だったということだ。 視線を逸らさずヤマトと向き合って俺は口を開いた。今は違うと告げるために。 「お前と会うまでは夢とか目標って特に無かったし、親の言うことも一理あると思ったし。 親はさ、一流大学に入って一流企業に勤めろってのが口癖で、 素直に従ってれば楽だったし、逆らってまでしたい事って無かったんだ。 そう思ってたのは過去の話だけど。さっきも言った通り、今は目的がある。 胸を張って、お前の隣に立ちたいと思ってるから」 ヤマトの表情が変わる。瞼を閉じ、満足そうに口角を上げた。 「そうか、安心したぞ。それでこそ、私の認めた男だ。 ジプスの存在を公にすることはできんが、口添えが必要ならばいつでも言え」 「…ちょっと怖いけど、頼もしいな。いざって時はよろしく」 多分、善意で言ってくれているんだろうが、ヤマトの言葉に穏やかでないものを感じて、 なるべく自力で解決しようと思いながらも頷いた。 ヤマトは最終的に俺がジプスに入ることを確信しているようで、 その為の努力は惜しまないと言っている。 よっぽどのことが無い限り、俺自身もその可能性が高いことは解っているのでそれは否定しない。 ヤマトに必要とされる価値が俺にあるのかは半信半疑でも、必要とされること自体は嬉しい。 だからその時の為に出来る限りの事をしようと改めて思った。 寝室から出て、ソファーのある部屋に戻ってきた。 ヤマトは内線でマコトさんに何かを指示している。 俺は鞄を手にとって、ポケットから携帯を取り出した。 「帰りは迫に送らせる、少し待っていろ」 申し訳ないような気もしたが、結構遅くなったのでその言葉に甘えることにして、 頷きながらヤマト、と声を掛けた。 「何だ?」 「ヤマトのプライベートの番号、知りたい」 自分の携帯を差し出して、真っ直ぐにヤマトの目を見る。 「普通の友達っていうのはもう無理だって分かってる、今日みたいなことは…たまにならいい。 でも俺はヤマトと、普通の友達同士がする当たり前な事もしたい。 忙しいだろうし無理にとは言わないけど、お前ともっと色んな話がしたいし、遊びたいとも思う。 だから、あるならプライベートの携帯番号、教えて」 一息に言ってヤマトの反応を待った。 ヤマトは俺の携帯を手にとって、慣れた手つきで操作し始める。 「……たまに、か。私は毎日でも、と言いたいところだがな」 操作を終えたヤマトが俺の携帯を差し出しながらとんでもないことを言う。 「…キスならいいけど、それ以上は俺の身体がもたない」 「何度も繰り返せば身体は慣れるだろう」 「………言い直す、精神がもたない!」 「そちらも、お前ならば問題ない……そんな顔をするな、無理強いはしないさ」 「しっかり聞いたからな、その言葉」 そんな言い合いをしながら携帯を受け取り、中のデータを確認すると、 アドレス帳の画面で見知らぬ番号が表示されていて、名前を入力するだけになっていた。 メールアドレスも記されている。名前は少し迷った後、『ヤマト』と入力して保存した。 「私個人が所有する番号だ。掛けてくるのは構わんが、あまり期待はするな。 …そうだな、私もお前の事は知りたいと思う。 会う時間が取れないならば、電話というのも悪くはないな」 ヤマトの言葉に顔を上げる。それは歩み寄りだ。 俺は携帯を鞄に仕舞って、右手を差し出す。 「ヤマト、これからよろしく」 「―――ああ、コウキ」 その手はしっかりと握り返された。 嬉しさに自然と俺は笑っていて、ヤマトも笑みを浮かべていた。 規則正しいノック音が部屋に響く。 迫です、という声が後に続き、ヤマトが許可の声を上げるとドアが開いた。 「例のものは用意してきたな」 「は。こちらに」 ヤマトに促されてマコトさんが俺に書類と小さな箱を差し出す。 「封印地のリストと護符だ。護符はここで付けていくといい」 俺が受け取ったのを確認して、ヤマトが声を掛けてくる。小さな箱を開けてみた。 中に入っていたのはシルバーのチェーンに何かの石が付いたアクセサリー。 「常に身に付ける必要があるのでな、アンクレットだが別の物が良ければ言ってくれ」 マコトさんが説明してくれる。護符と言っていたのでもっと怪しいものを想像していた。 成る程、足首なら靴下を履いてしまえば誰かに気付かれることもないし、 気付かれてもアクセサリーなら変に思われることはない。 俺は早速屈んで左足の靴と靴下を脱いで、そのアンクレットを付けてみた。 一瞬、妙な感じがして動きを止める。気のせいではなく、何かの力が働いたんだろうか。 それ以上は気にしない事にして、脱いでいた靴下と靴を履いて立ち上がった。 書類の方は持っていた鞄にしまう。 「それからこれは訓練の日程になる、都合が悪ければこの番号に連絡を。 私の携帯に繋がるようになっている。こちらも渡しておこう、君のIDカードだ」 続けてマコトさんに一枚の紙とカードを渡された。 カードの方には多分検査の時に撮られていたんだろう、自分の顔写真が入っていた。 礼を言って、それも鞄に入れたところでヤマトの声が聞こえた。 「さて、今日はご苦労だった。迫、後は任せる。では…」 ヤマトの言葉を合図にマコトさんが一礼してドアを開ける。 俺はドアを潜る直前に振り返って、 「ヤマト、またな」 友達に向ける気軽さでそう言って手を振った。 マコトさんが驚いているのが分かる。ヤマトはフッと笑ってすぐにこちらに背を向けた。 もう一度、マコトさんが驚いていた。 帰りは普通の乗用車だった。 マコトさんの運転で家の近くまで送ってもらう。 「今日は色々と、その、驚いただろう」 助手席に座る俺にマコトさんが声を掛けてきた。 「確かに色々驚きました。でも、必要なことだったので、マ…迫さんも気にしないで下さい」 気を抜くと『マコトさん』と呼びそうになるのを堪えて答えると、 そうか、とマコトさんは優しげに微笑む。 「…こちらも驚かされた。局長のあのような表情は初めて見たよ。 歳が近いからだろうか…局長が君には気を許されているように感じた。 能力が高いというだけではない何かが、君にはあるのだろうか。 局長は、孤独な方だ。私が口を挟むようなことではないが… 君のような人間が局長の傍に……いや、忘れてくれ」 頭を振ってマコトさんが言葉を切る。 俺は気負わずに小さく笑って答える。 「まだ知り合ったばかりですけど、これから長く付き合えればいいって思ってます」 ヤマトとの関係は正直に言えない部分が多かったが、長く付き合いたいというのは本心だ。 マコトさんのありがとうという言葉が耳に届いた。 マコトさんは俺よりもずっと長くヤマトを傍で見てきている。 上司として尊敬しているのとは別に、1人の人間として、 ヤマトの事をずっと案じていたんだろうか。 普通の友達としては無理だけど、と心中で呟いて。 マコトさんの望みは既に自分の望みでもある。 やっぱり大学卒業後の進路はジプスかなと思いながら、俺はシートに身を沈めた。 自宅から少し離れた大通りで停車してもらい、マコトさんに礼を告げて車から降りる。 辺りはすっかり暗くなっていた。 家に戻れば母親の小言が待っているんだろうなと思いながらも足取りは軽かった。 今日の出来事を振り返る。 寝室でのことはあまり思い出さないようにしながら。 濃い時間だった。まだ知らない面はあるかもしれない、それでもヤマトを色々と知る事が出来た。 心に刻まれた傷は癒えても跡として残る。永遠に残っても、今は構わないと思える。 その時にはきっと、それは確かな証になっているだろうから。 END 難産でした。終わった……!! たまにと言いながらも流されて色々やっちゃうんだと思いますちょろい。 身体の震えが恐怖ではなく期待なんだと自覚したら最後かな。 ヤマトも昔は性欲とか自制出来たんだろうけど、もう無理っぽい。 そんなヤマ主でした。