ジプスでの残務処理が全て片付く。 時刻は22時を過ぎたところだ。 パソコンの電源を落とし、椅子の背凭れに体重を預け、目を閉じ1つ息を吐いた。 最後のセプテントリオン・ベネトナシュを倒し、後はポラリスとの謁見のみ。 そこへ辿り着く前にまだいくつかの障害がありそうだが、 明日には全てが終わるだろう。 そして、世界は彼の望みどおりに復元される。 ――我が野望は、断たれたのだ。 彼、司 皓稀の手によって。 自分を形作るもの、その大部分が世界変革への野望で占められていたのだと、 今、強く実感している。今生ではもう叶わぬ悲願。 身体に大穴が穿たれたような喪失感。 そしてジプスという組織も既に意味を成さない。先程、解体した。 ここに在るのは峰津院大和という、ただの無力な人間だ。 頭を振って椅子から立ち上がる。 携帯を所持し、部屋を出た。 少し頭を冷やしたかった。 人気の途絶えた新世界、通天閣を見上げる。 ここで彼と、コウキと戦った。 振り返ってみれば、あの時私は冷静ではなかった。 実力者であるコウキの足枷となるクズども。 首を掻き切ると宣言した、その言葉に偽りはない。 だが、私の前に立ち塞がり続けたのは他でもないコウキだった。 コウキ以外の人間は全て殺す。そこにコウキは含まれない。 攻撃に躊躇いが生じる。その隙をコウキは見逃さなかった。 指示を飛ばし、確実にこちらの戦力を削いでくる。 私の敗因は、コウキという人間に執心したことだったのだろう。 全ての敵を排除する、その覚悟があれば、私は勝利していた筈だ。 ふ、と自嘲する。 純粋な力で敗北したのではないが、人を率いる才も大きな力だ。 コウキ自身は志島達を守ることに徹し、見事に守りきり、 最後は私の懐に踏み込んで強烈な吸魔を発動。 膝を着いた私の前で、緊張が解けたのか彼自身も力なく腰を落としていた。 志島達が彼を案じ、周囲への意識が逸れている間に、私はその場を立ち去った。 どんな形であれ敗者は退場するだけだ。 特に当てもなく歩き、辿り着いたのは戎橋。 立ち止まり、空を見上げながら回復を待った。 そこで再びコウキと相対することとなる。 常と変わらぬ様子で話しかけてくるコウキに、自らの胸の内を吐露した。 言葉にせずともそれが彼の望みであるのだと理解し、敗者の義務として私は語った。 …ただ、彼に話したかっただけなのだと、今は思う。 コウキは敗者である私を見下すことも、憐れむことも無く、協力を望んだ。 私の心情は受け止め、手段は咎めた。 他の人間が口にしたならば、夢物語だと断じ、立ち去っただろう。 コウキの言葉だからこそ、可能性を信じ、その手を取った。 彼は私を降した。自身の唱えた実力至上主義、その理に従うまでのことだ。 妙な心地で自分の手のひらを見つめる。 差し出した手は拒まれ、差し出された手を取った。 その瞬間から今に至るまで、私の脳裏を支配するのは彼、司 皓稀という人間の存在。 敗北するまでは、実力主義社会を実現する為に共に歩む者として、彼を求めた。 では、現在はどうなのか。彼への想いは今だこの胸にある。 コウキという人間をもっと知りたいという欲求。 今までに他人に対してこうした感情を抱いたことは無い。 説明できない自身の変化に眉を寄せる。 その時、じゃり、という音が耳に届いた。 通天閣を背に少しずつ近付いてくる人影。 「ヤマト」 こちらの名を呼び、ゆっくりと歩み寄ってくる。 「…コウキか。こんな夜更けに何の用だ」 目前に現れたコウキに、普段と変わらぬ風に問い掛けた。 「うん、ちょっとヤマトと話したいなと思って来てみた。会えて良かった」 コウキはそう言って微笑む。 今さら話など何を、そう口にしようとした瞬間、空気の変化に気付いた。 コートから携帯電話を取り出し周囲を警戒する。 言わずとも、コウキも同じように臨戦態勢を整えていた。 口の端が上がる。やはり私の認めた男だと。 「囲まれてる…よな」 呟きながらコウキは油断無く暗闇に目を凝らす。 その声に焦燥や恐怖は感じられない。 私は相槌を打ち、彼と背中合わせに立つ。 暫くすると、殺気を纏った悪魔が現れた。 邪鬼ラクシャーサ、霊鳥アンズー、闘鬼ラームジェルグがそれぞれ複数体。 敵を視認後、コウキは邪龍クエレプレと幻魔カンギテンを、 私も天使レミエルと邪神アリオクを召喚した。 「殲滅する。そちらは任せて構わないな?」 敵を見据えたままコウキに声を掛ける。 「任された!」 応える声に満足し、私は喚び出した悪魔と共に地を蹴った。 最後の悪魔をメギドで屠り、振り返るとコウキも戦闘を終えていた。 力の行使による高揚を抱きながらも召喚していた悪魔を帰還させる。 コウキは自らの悪魔に礼を告げ、携帯を操作した。 その場から全ての悪魔が消え、辺りは静寂に包まれる。 「うわ、そろそろバッテリーやばいかも」 小さな悲鳴を上げた後、コウキは携帯を折り畳み、スラックスのポケットに押し込んだ。 その様子を黙って見つめる私の視線に気付いたのか、目が合ったコウキは笑みを浮かべる。 「…なんか不思議だな、ヤマトと一緒に戦うのって」 「……数時間前に、ベネトナシュに共に挑んだだろう?」 「うん。あとは…アリオトの調査の時だけど、あれは一緒に戦うっていうのとはちょっと違うか」 「…それで、何が言いたいのだ」 コウキの言わんとすることが解らず先を促すと、 「ベネトナシュの時も思ったけど、ヤマトと肩を並べて戦うのって安心する。 背中の心配をする必要が無いっていうか…心強いよ」 そう言って笑うコウキが眩しく、私は目を細めた。 それは自分も感じたことだ。彼は背を預けるに値すると、アリオトの調査の際に確信していた。 特に言葉にすることなくコウキと視線を合わせる。 コウキは僅かに逡巡を見せた後、口を開いた。 「これも思い出の1つとして、残るといいな」 その声は寂しげに夜に響く。 「……世界の復元、過去のデータの上書きによる記憶や経験の消滅、或いは存在の消滅、か。 フ…今になって怖気づいたのか?すでにそれは承知の上だろう」 「それは、そうだけどさ」 成る程、と納得する。コウキが私に会いに来た理由までは計り知れないが、 その件で何か思うところがあるのだろう。 記憶を失おうと、保持していようと、彼と2人で過ごすのは、恐らくこれが最後だ。 復元された世界では、お互いに交わることの無い立場。 私自身がどれ程コウキに執着していたとしても、会うことは無いだろう。 二度と交わらぬのなら、記憶など無い方が良いのかもしれない。 そんなことを考えていると、コウキが妙な事を言い出した。 「俺、全部忘れたくないよ。勿論ヤマトのことも。元通りになった世界でも、ヤマトにまた会いたい」 「…何を言っている。解せんな、お前は日常に戻りたいのではないのか?」 疑念が口を衝いて出る。私の言葉にコウキの顔色が変わった。 「確かに俺は、世界が元通りになるって知って、それが望みになった。 ヤマトの望みを否定した。だけど、ヤマト自身を否定する気はないよ。 元の世界に戻ればヤマトはまた、今まで通りこの国を護っていくんだろ、陰で、命懸けで。 俺は自分の望みの為にお前の願いを踏みにじった。 だからこそ、お前だけに世界を押し付けない、自分に出来る事でお前の力になりたい。 俺に出来る事なんて限られてるんだろうけど、それでも…。 だから、全部憶えていたい。勿論ヤマトにも、俺の事、憶えていて欲しい。 これって俺の独り善がりでしかないのか…?」 コウキの真摯な眼差しに言葉を失う。 私と、ジプスと関わること、それがどのような意味を持つのか。 理解してなお、私に会いたいと。 「お前のそれは、私の境遇に対する憐れみか?ならば不要だと言ったはずだが…」 「同情…もあるかもしれないけど、でも絶対にそれだけじゃない。 俺だってまだ良く分からないけど…ヤマトのこと、もっと知りたいって思うんだ」 「……酔狂な、男だな」 コウキの口から零れた言葉。知りたいという欲求が自分だけでなく彼にもある。 その事実に充足を感じた。それならば、記憶を保持する意味もある、と。 「コウキ。私はお前を忘却することはないだろう。我が野望を挫いた男だ、憶えているさ、必ずな」 それだけ告げて大阪本局へ戻る為に歩き出した。僅かに遅れてコウキが駆け寄り、隣へと並ぶ。 「相変わらず自信満々だけど、根拠は?」 「さてな」 問い掛けてくるコウキの声は明るい。先ほどの私の言葉を良いように解釈したのだろう。 本局に辿り着くまでの僅かな時間、特に会話も無く静かに並んで歩く。 明日どのような結末が待っていようと、この世界での彼との2人だけの時間は間もなく終わりを告げる。 それを認識した瞬間、自然と足が止まった。 「…ヤマト?」 訝しげに彼が私の名を呼ぶ。 コウキは私に癒えぬ深い傷を刻んだ。それを恨んではいない。 その傷が、コウキの存在そのものでもあるからだ。 傷を道標に、私はコウキを思い出す。 ならば、私の存在も、コウキの身に刻みたい。 その手段を考える。肉体ではなく精神へ刻む傷を。 ――戦闘による高揚、それが平常ならば忌避すべき行為を是とした。 近付いてきたコウキの腕を取り、乱暴に引く。 足早に本局へと繋がるエレベーターの扉の前まで来ると、 その横の壁に彼の身体を向かい合わせた状態で背後から押さえ込んだ。 両手を頭上に、手首を纏めて右手で壁に押し付け拘束する。 混乱しているのか、容易くコウキの自由を奪えた。 「っ、ヤマト、何…っ」 もがき始める彼の腰に左腕を回し、きつく抱き締める。 両脚の間に自身の片脚を割り込ませ、コウキの耳元に顔を寄せた。 囁く。睦言のように。 「お前に、消えることのない傷を刻みたい」 そして耳朶に舌を這わせ、甘く噛み付いた。 ひくりとコウキの身体が慄く。 実際に触れることで、自身の欲望が明確になった。 そうだ、私の彼への想いは既に――――。 「ヤマト…なに、言って…冗談、だろ?」 「私がこのような戯言を口にすると思うのか?」 「――っ、やめ…っ」 弱々しい抵抗を繰り返すコウキの下肢を衣服越しに撫でる。 まだ軟らかなそこを多少乱暴に揉み込めば、存外可愛らしい声を上げた。 「は…っぅ、や、いや、だ…っ、ヤマト…っ!」 もっと声を聞きたい、しどけなく喘ぐ姿を見たい。 彼のスラックスのボタンを外し、ファスナーを下ろす。そのまま下着ごと引き下ろした。 先ほどの刺激で微かに勃ち上がった性器が露わになる。 躊躇いなくそれを左手で握りこんだ。ゆっくりと扱く。 「っ、い、た…っ、いた、い…っん、ぁ…っあ…っ」 力無く訴えるその声に、宥めるように目尻に口付けた。 手袋を外していない為、滑りが足りないのだろう。 過敏な先端を重点的に刺激してやると、素直に腰が揺れ、密かに笑う。 「く…っ、ん、ぁっ、あ、あぅ…っ」 次第に声に甘さが混じってくる。先走りによって濡れてきたことを確認し、 再び根元から先端へと手のひらを上下に動かした。 「あっ、あ、も、で…っる…ぅ―――っっ!!」 声にならない声を上げてコウキは達した。 吐き出した精は全て手のひらで受け止めた。 荒い呼吸、肩が激しく上下し崩れ落ちそうになるその身体を支える。 抵抗はもう無いだろうと戒めていた手首を解放した。 壁に縋りつくように立つ姿を確認し、自由になった右手で彼の尻を撫で、割り開く。 「ひっ…、ヤマ、ト…っやだ…っ」 逃れようと彼が動く前に、精液でしとどに濡れた左手の人差し指を、 淡く色づいた後孔に突き入れた。 「――――っうあ……っ、や、ぁ…っ」 捻るように指を動かしながら奥へと含ませ、根元まで入った所で拡張するため指を折り曲げる。 やはり入口がきついようだ、何度か抜き差しした後、中指を添えて挿入し入口や内部を揉み解す。 コウキの口は次第に拒否の言葉を紡ぐのをやめ、ただ熱い吐息と唾液を零すだけになっていた。 彼の唇を貪りたい、その欲求は抑え込んだ。何も告げていない、今はまだ。 あまり時間をかけるわけにもいかないだろうと指を引き抜き、自身のスラックスに手をかける。 コウキの乱れる姿は、随分前から自身を昂らせていた。前立てを開いて取り出す。 改めて扱く必要も無い、両手でコウキの尻を左右に割り、 弄ったことで赤く染まった窄まりへ先端を押し付ければ、誘うようにそこが蠢いた。 「………ぁ」 微かなコウキの声が耳に届く。小刻みに震えるその身体を無視して、彼の内部へと強引に押し入った。 「―――――――っっ!!!っ、…っ…ぅっ」 「――く、っ」 熱く、狭い。締め付けてくるそこに馴染ませるように軽く腰を揺らす。 コウキが痛みによって喘いでいるのは気付いていたが、今さら止めるつもりは無い。 効果は薄いかもしれないが、痛みで縮こまっているコウキの性器に触れながら、 すぐに彼の内部を突き上げた。挿れる時も抜く時も、離すまいと絡みついてくる粘膜。 「はっ、ぁっ、あっ、ぅっ」 強張っていた身体が次第に弛緩し、彼の声から痛みが消えはじめる。 自身を包む後孔の締め付けも心地良いものに変化した。 コウキの性器も硬さを取り戻している。そのまま、終わりへと向けて穿つ。 指で弄っていた時に発見したしこりを先端で擦り上げると、コウキの身体が跳ねた。 「ぃっ、あ、あぁぁああっ……っ!!!」 コウキが声を上げ、吐精する。その瞬間、内部も激しく収縮する。 限界を感じ、後孔から引き抜いて、彼の尻へと熱を吐き出す。 互いの荒い呼吸音だけが暫くの間、場を支配した。 右の手袋を外し、濡れた自身の性器を拭った後、身形を整える。 コウキの下肢も一通り拭い下着とスラックスを引き上げたところで、彼の身体から完全に力が抜けた。 膝をつき抱きとめると、恨みがましい目が彼から向けられる。 「……痛い」 その言葉に問い返す必要も無い。先程彼の下肢を拭った手袋には僅かな血液が付着している。 精液に塗れた左の手袋も外し、両方の手袋を地面に落とす。 携帯電話を取り出して、スキルを選び実行すると、温かな光がコウキの身体を包んだ。 常世の祈り。肉体的な損傷はこれで回復したはずだ。 コウキはぱちりと瞬いた後、何事も無かったかのように立った。 それを見届け、ついでにと先程地面へと落とした手袋に向けて別のスキルを発動。 汚れた手袋は呆気なく燃えて炭となり、吹いた風に散らされた。 立ち上がり、改めて彼と向かい合う。 コウキの表情は凪いでいた。 「…怒りを感じてはいないのか?」 「そんなわけないだろ」 「そうか」 「ワケが分からないし、痛いし、痛いだけじゃないのも最悪だ。…何で、こんな真似、したんだよ」 「言ったはずだ。消えることのない傷を刻みたい、と」 「だから、何で!俺はそれが聞きたいんだ!!」 やっとコウキが感情を見せる。だがそれは、想像していたものとは違った。 ただ、理由を知りたいのだと言う。理由次第で、コウキは私の行為を赦すのだろうか。 彼の意思を確認することもなく、無理矢理犯した、この私を。 堪えきれず、笑みが零れた。眉を寄せ、私を見据えるコウキに告げてやる。 「理由か。知りたいならば、世界復元後に、私を問い詰めるといい。その時は、答えてやろう」 「な、何だよそれっ!」 「私はお前を忘れはしない。ならばお前も忘れるはずがない。何か問題があるか?」 「―――っ!!…………約束、破るなよ」 「ああ、約束しよう」 自分本位な私の言葉にコウキは息を呑んだ後、激情を静め、神妙に頷いた。 聡い彼のことだ、私の意図を読み取ったのかもしれない。 「では、そろそろ戻って休め。明日の為に」 会話を切り上げ彼を促し、エレベーターに乗り込む。 コウキも何も言わず、それに従った。 エレベーターが地下に到着する。 コウキは東京支局へ戻るため、ターミナルへ。 私は自室へと足を向けた。 「おやすみ、ヤマト。また明日」 背に掛けられた声に、振り返らずに私も告げる。 「ああ、おやすみ、コウキ」 通路に響く自身の足音を聞きながら思いを巡らせる。 脳裏を占めるのは、彼ただ1人。 世界の行く末も、今だけは他人事のようだ。 これは、この場だけの感情なのか、それは明日以降知れること。 この夜にコウキと共に在れたのは大きな収穫だった。 喪失感も既に無い。失った場所に埋められたもの。 「覚悟を決めておけ、コウキ。理由を問うなら答えてやる。 だが、私の胸中を知ったならば、逃がしはしない」 呟いた声は、誰に聞かれることもなく夜の静寂に消えた。 翌日。いくつかの戦闘を経て、ポラリスとの謁見が叶う。 戦い、力を示し、彼の望むままに世界は復元されることとなった。 自覚したコウキへの執心の正体は、下らぬと切り捨ててきた1つの情。 痛みと共に心に刻み込み、渦へと身を任せた。 ■■■■ 携帯電話を手に、淀みなく調べたばかりの番号を打ち込む。 耳元に押し当てコール音を聞く。 1回、2回、3回、4回、5回目で繋がった。 相手からの誰何の声は無い。こちらも黙ったまま暫く待っていると、 ぷつりと通話は切れた。 こみ上げる笑いを押し殺し、囁く。 「直接来いと、そういうことか。フフ……あの男らしいな」 確かな記憶を抱き、約束を交わした男と再び出会うまで、あと僅か。 END 以前書いた復元EDとはまた別の話。 このイベントが無かったのが、記憶無しの二人の話。 ビンゴ、強姦と野外クリア。本当は別の話でやる予定だったけど。 また主人公視点も書く予定(は未定) ちなみに、手袋燃やしたスキルはメギドのようです。