「君も充分に、月の魔力に中てられていたようだ」 口をついて出た、その声が果たしてユキトに届いたかどうか。 腕の中、今は少し憔悴した様子の彼の頬を撫でる。 汗で額に張り付いている前髪をかき上げてやって、そこへ唇を落とす。 今日は普段よりも良く啼いていた。自身も堪えられない衝動があった。 今宵の月はどこか妖しく、互いに何らかの影響を受けていても可笑しくないかもしれん、 先程の言葉はそう感じてのことだった。 いや、ユキトも指摘した通り、それはただの言い訳か。 正直に言ってしまえば妬んだのだ。 赤い月に魅入られるユキトの眼に自分だけを映したかった。 私のシャツを身に纏い、素足を晒したユキトの姿にも情欲を煽られた。 つい先刻、思うが儘にその身を貪ったばかりだというのにだ。 私との交合で乱れるユキトの、その様を思い起こすだけで、この身は容易く熱に支配される。 ふ、と自嘲気味に笑みを零し、ベッドサイドに置いてあったハンドタオルを手に取った。 眠るユキトの脚を開かせ、今は慎ましく閉じた後孔へと指を滑らせる。 尻の下にタオルを敷き、慎重に人差し指と中指を挿し入れ、内部でぐ、と折り曲げると、 先ほど自らが注いだ欲望の証がどろりと流れ落ちた。 機械的な動きで大量のそれを掻き出す。 起こしてしまうかとも思ったが、ユキトが目覚めることは無かった。 時折ひくひくと身体が痙攣していたが、それだけだ。 何度か繰り返した後、指を引き抜きタオルで下肢を拭ってやる。 自分の指も拭き取り、使用済みのタオルは、汚れた部分が内側になるよう畳んでベッドサイドに置いた。 洗面所へ行くことも考えたが、ユキトに強く言われ、それを了承したのは自分だ。 大人しく隣へ身体を横たえ、ユキトの身体を抱き寄せて目を閉じた。 そもそも、自分の限界は自分自身が良く解っている。 仮眠も適度に取っていた、あと数日は問題なかっただろう。 周りの人間の、自分を案じているだろう言葉に耳を傾けたことは無かった。 だが何故か、ユキトの言葉だけは無視できない。 今回は言葉の前に実力行使だったが、ユキトの部屋へと足を運ぶ間、 繋がれた手を振り払わなかったのは私の意思だ。 その温もりを、手放し難かった。 共にベッドへと倒れこみ、間近に彼の体温を感じてしまえば、もう自身を偽れない。 睡眠欲よりも性欲が勝った。彼と交わるのも久方ぶりだ。 誘ったのは君だと彼のせいにして、組み敷いて唇を奪った。お互い身も清めぬまま。 初めは抵抗していたユキトも、一度吐精させた後は私を大人しく受け入れた。 彼の意思を確認せず強引にその身体を犯すことが、これまでにも何度かあったが、 ユキトは最後には必ず私を受け入れる。 そんな時、自分はこの男に赦されているのだと深く感じる。 確かに愛されているのだと、感じる。 日に日に彼に堕ちていくようだ。 彼と出会い、存在を認め、非凡なその才と力を欲し、 それだけでなく、人としての感情――欲情、もしくは愛情と呼ぶものを抱くようになった。 ユキトによって私は変えられた、と言ってもいい。 以前、私はその変化を堕落のようだとユキトに零したことがある。 ユキトは愉しげに笑って言った。 『それが人間らしいってことだよ、ヤマト』 彼がそう言うならば、決して悪い変化では無いのだろうと思えるのが不思議だった。 彼と出会わなければ私は人として決定的に何かが足りぬままだったのだろう。 生ある限り彼と共に。願わくば死が訪れる瞬間まで。 それは私が抱く初めての、人間らしい確かな欲望だ。 思索にふけっていると、次第に眠気を催してきた。 適度な運動による心地よい疲労感も相まって、十分な睡眠が取れそうだ。 腕の中に抱き込んだユキトの頭頂に鼻先を埋める。 ゆっくりと押し寄せる波に抗わず、私は眠りに身を委ねた。 END 局長視点。惚気てもらいました。