赤い月が齎すもの





空腹で目が覚めた。 数度瞬いて、少しずつ思い出す。 隣に人の気配、静かな寝息。つい先程まで俺を貪っていた男、ヤマトだ。 ゆっくりと身体を起こしてベッドから抜け出す。 服は下着は辛うじて足にひっかかっていたので、下肢はまだ濡れていたが、 まあいいかと諦めてそのまま身につけた。 上着とズボンは見当たらない、恐らく掛け布団の中だろう。 探そうとすると、漸く寝かしつけた隣の男を起こしてしまいかねない。 ベッドの下に、黒いシャツを発見する。ヤマトの服だ。 これでいいかと拾い上げて着た。俺には少し大きくて、ちょっと悔しい。 物音を立てないように慎重に歩いて、俺は寝室を後にした。 ヤマトは仕事が忙しくなると平気で何日も睡眠をとらない。 流石に仮眠はとっているようだが、それで身体が休まるはずもない。 なので、俺は強攻策に出た。 俺の部屋に連れ込んで、一緒にベッドにダイブした。 これで添い寝で済むなら良かったが、勿論そういうわけにはいかない。 誘ったのは君だ、そんな言葉と共にヤマトは俺を押し倒した。 行為自体も暫くお預けだったこともあって、俺も拒めないまま付き合って、 いつものように先に意識を飛ばしてしまったが、ヤマトも大人しく寝ることにしてくれたようだ。 セックスで最後の体力を使い果たしただけかもしれないが。 仕掛けたのは俺自身の仕事が片付いてから。時刻は午後5時頃だった。 そして現在の時刻は午後8時過ぎ。多分行為に1時間はかからなかったと思うので、 2時間ぐらいはヤマトも眠れているといいなと思う。 キッチンに行って冷蔵庫を開ける。開封済みの板チョコがあったので、 二口分ぐらい折り取って、口の中に放り込んだ。 とりあえずこれで多少は空腹を誤魔化せた。 ミネラルウォーターのペットボトルを取り出して冷蔵庫を閉める。 蓋を開けて水で喉の渇きを潤しつつ、俺は窓際へと向かった。 カーテンを開けるとそこには全面の窓ガラス。 ここ、タワービル最上階の部屋の大きな窓は安全面を考えて基本的に開閉不可能だ。 色々特殊な加工もされている。例えば防弾加工だとか、 内側から外側は見えるが、外側から内側は見えないような加工だとか。 外側から見えないならカーテンは不要だとも思うが、そこは気持ちの問題だ。 丸見えのような気がして落ち着かない。 この高さの建物は周囲には存在しないので、覗き見るものの可能性としては悪魔ぐらいのものだろうが。 窓越しに外の景色を見る。日も落ち、暗闇の中、眼下には人々の営みの明かりが遠く。 空を見上げるとまばらに星が見えて、そこで見慣れないものを発見する。 赤銅色に輝くそれ。 「…皆既月食」 ぽつりと声が零れた。今日、ジプス局員の誰かが話していたのを思い出す。 食は大分進んでいるようだ。妖しく輝くその赤色から目が離せなくなる。 なんとなく、ヤマトに似合うなと思った。 この国を裏側から支え続けてきたヤマトには、こうして世の表側に出てきた今でも、 太陽の光よりも月の光の方が似合う気がする。それも今日のような赤銅色の月の光は神秘的で。 完全に月に魅入っていた俺は、背後から近付く人物に全く気付かなかった。 「シャツが見当たらないと思ったが、やはり君が着ていたのだな」 「!!」 耳元で囁かれる声、背中に感じる他人の体温。 「びっ……くりした…」 思わずそう呟いて俺は振り返った。ヤマトが機嫌良さそうに喉の奥で笑っている。 どうやら俺を驚かすつもりだったらしい。成功したというわけだ。 ヤマトは上だけ服を身につけた俺とは逆に、上半身は裸のままズボンだけ穿いている。 囲うように俺の顔の両側についていた腕を移動させて、ヤマトは俺の腰を抱いてきた。 「何を見ていた?」 問う声は甘い。くすぐったく思いながらも答える。 「月、見てた。皆既月食なんだよ、今日」 そうして再び空に視線を移す。変わらず赤い月はそこにあった。 ほぅ、と答えたヤマトが身じろぐ気配を感じる。俺と同じように見上げているんだろう。 「なんで月が赤く見えるのか、ヤマト知ってる?」 多分知っているだろうと思って俺は話題をヤマトに振ってみた。 「知識ならばあるが、知りたいのか?」 「うん。簡単に、簡潔に教えて欲しいな」 予想通りのヤマトの答えに俺は注文をつけて頼んでみる。 フム、と頷いて、ヤマトは口を開いた。 「地球の周りには大気があり、太陽光が大気の中を通過する際、  波長の短い青い光は空気の分子により散乱し、  波長の長い赤い光は散乱されにくく、光が弱められながらも大気を通過する。  朝日や夕日が赤く見えるのはその為だ。ここまではいいか?」 「うん」 「大気はレンズの役割も果たし、太陽光が屈折されて、本影の内側に入り込み、  微かな赤い光が皆既食中の月面を照らし、赤黒く見えるのだ。理解できたか?」 「んー……なんとなく解った、ような」 言葉通りぼんやりと理解した俺がそう答えると、ヤマトは笑う。 「全く、君らしいな」 そこに俺を馬鹿にする響きは無い。俺を過剰評価するのは相変わらずだ。 俺も小さく笑い返して再び月を見つめる。 暫く静かな時が流れる。それを破ったのはヤマトのこんな問い掛けだった。 「Lunaticの語源を知っているか」 ルナティック、聞いた事のある単語だ。意味は確か、狂気の、だったか。 ルナは月を意味する言葉というのは知っているが、語源までは知らない。 首を振った俺にヤマトは俺の耳に唇を寄せてくる。 「ラテン語の『月に影響された』という意味で、  昔は月から発する霊気に当たると気が狂うとされたことから、  精神異常を指す語句となっている。もしくは狂人、変人、愚人、  狂気じみた、ばかげた、などの意もあるな」 ヤマトはそう言いながら、俺の腰に回していた手をゆっくりと下ろしてきた。 下腹部を撫で、片方の手は前から内腿を、逆の手は尻を撫でてくる。 「っ、ヤマト、何して…っ」 「古来より人は、月には魔力があると信じてきた。  実際にそんなものが存在するのか、しないのか、それは問題ではない。  月には人々を狂わせる何かがあるからこそ、現に月の光によって、  精神に異常を来す人間も数多くいたのだろうな」 まるで何かに酔っている様にヤマトはそんなことを口にしながら、俺の首筋に舌を這わせてくる。 ―――解った。解ってしまった。 「……なんで、かたくなってるんだ」 「無防備な姿を晒している君が悪い」 「―――っ、月のせいになんかしないで、ハッキリ言えよ!」 「君を、犯したい…ユキト」 「っ!」 背後から抱き締められて、密着している為に気付いてしまったヤマトの昂り。 それを指摘した俺にヤマトは普段あまり口にしない言葉を伝えてきて。 ああ、あながち、月の魔力云々はただの迷信ではないのかもしれない、なんて。 徹夜続きでテンションがハイになっているだけかもしれないが。 勢いのまま事に及びそうだったヤマトを引っ張って寝室に戻る。 俺が優位に立てたのはそこまでだった。 「ヤ、マト…っ、ベッドまで、すぐ、そこだろ…っんぅ…っ」 寝室に入って直ぐのドアに押さえつけられて、唇を奪われる。 吸って、舐って、歯を立てられて。 あっという間に俺の口の周りはヤマトの唾液でべたべたになる。 「っふ、ぅ…っん、は…っぁ」 俺の唇を貪りながら、ヤマトは俺の身体を撫でまわす。 胸をシャツ越しに撫でて、腰、尻を円を描くように。 下着の中にヤマトの手が潜り込んで、直に触れてくる。 僅かに反応している前には触れず、数時間前にヤマトの熱を受け入れていた後ろへ。 ぐるりと指の腹で後孔の入口をなぞられて、そのまま躊躇わずにずぶりと指が一本そこに埋められた。 「ぃ、っ、ふ…っ」 すぐに二本目が潜り込んできて、二本の指で内部が広げられる。 奥からヤマトが放っていたものが流れ出る感覚に唇を噛み締めて耐える。排泄感に顔が熱くなる。 「問題ないようだな」 呟いたヤマトが内から指を引き抜いて、俺の身体を反転させた。 立ったままドアに縋って、腰を突き出す格好を強制される。 下着を引き下ろされて、衣擦れの音が聞こえて、腰を掴まれた。 尻の割れ目に熱く濡れた感触、何度か行き来して、擦られるたびにひくつく入口にぴたりと宛がわれる。 「あ、っう、あぁあ……―――っ!!」 そのまま、太く硬く昂ったヤマトの熱が、俺の内に挿入りこんできた。 一度も止まることなく一息に埋められたそれは、すぐに引き出され、また押し込まれる。 入口に引きつるような痛みはあるものの、内部はヤマトの形を覚えているようで、 出て行くときには名残惜しげに締め付けて、押し込まれる時には受け入れるように緩むのが自分でも解る。 解って、堪らなくなる。 「あっ、あ、あぅっ、はっ、あ、あ」 乱暴に揺さぶられても、もう快楽しか感じない。声を堪えることも忘れて与えられる刺激に喘ぐ。 「はっ、は、ぁ、はぁっ」 ヤマトの息遣いが耳に届く。熱い息が首筋にかかって、時折汗が滴り落ちてくるのも解る。 ぬる、と項にぬめりと痛み。噛み付かれている。その瞬間、電流が流れたようにびくんと身体が跳ねた。 「あ、や、ぁっ、あっ!」 内にあるヤマト自身を締め付けてしまう。狭くなったそこを、ヤマトはお構いなしに突き上げてきた。 「あぁ…っ、も、や…っ」 脚が震える。立っているのが辛い。ドアに爪をたてて必死に耐える。 浅い部分にある内部のしこりを何度も抉られた後、最奥まで貫かれて、そのまま揺さぶられる。 動きを変えてヤマトは俺を責め立てて来る。 直接触られてもいないのに俺の中心は痛い程に硬く勃ちあがって、透明な体液を零し続けている。 「ふ、あぁ、あ、も、だめ…っ、やまとっ…!」 精一杯の想いを込めて背後の男の名前を呼ぶと、 ヤマトが嬉しそうに笑って、やっと俺の昂りに触れてくれた。 根元から先端へ扱きながら内部もヤマトの昂りで擦られて、そこから昇りつめるのは早かった。 「あ、あぁああっっ……っ!!!」 「――――っ、く、ぅ…っ」 ぼたり、とドアに俺が吐き出した白濁が散る。 ヤマトも俺の内の奥深くに熱を注ぎ込んだ。 すべて吐き出すように何度か前後に動いてから、ゆっくりと柔らかくなったヤマトの熱が引き抜かれた。 支えを失って俺はそのままぺたりと床に崩れ落ちる。 完全に倒れる前にヤマトが後ろから上体を支えてくれた。 お互いの荒い呼吸音だけが部屋を満たす。回復はヤマトが早かった。 俺の身体を両腕に抱え上げて、所謂お姫様抱っこで運ばれる。 ベッドに下ろされてホッとしたのもつかの間、ヤマトが覆い被さってきた。 見つめ合い、額を擦りつけ合って、思わず笑った。ヤマトも小さく笑いながら俺の唇に唇を重ねてくる。 「これだけ運動したんだ、朝までぐっすり眠れるよな、ヤマト。  …というか、寝ろよ、絶対。その為に身体張ったんだから」 「シャワーも浴びず、このままか?」 「べたべたで気持ち悪いのはお互い様だろ。いいからつべこべ言わずに寝ろっ!  シャワー浴びたらさっぱりしてまたお前仕事に戻りそうだし」 俺は逃がさないようにヤマトの身体に腕と脚を回してしがみついてやった。 「解ったから、脚は外せ。寝苦しくてかなわん」 くつくつと笑いながらヤマトが身体の力を抜いて、俺を抱き締めてくる。 言われた通り脚での拘束は解いて、目を閉じる。 「おやすみ、ヤマト」 「ああ、おやすみ、ユキト」 最後にお決まりの挨拶を交わして、俺は空腹も忘れて泥のような眠りに落ちていった。 「君も充分に、月の魔力に中てられていたようだ」 そんなヤマトの声が、聞こえたような聞こえなかったような。 END EROビンゴ、立ちバック、クリア! 先日の皆既月食で赤い月を見れたので、それをネタに。 一応ヤマトは眠る前に自分が内に出したものは掻き出してあげたんじゃないかな。 あとはまぁ、心地良い疲労感にぐっすり眠れたことでしょう。