その日、白手袋が宙に舞った





「遠路遙々ようこそ」 「あ〜、いつ来ても緊張する…お邪魔しまーす」 言葉通り落ち着かない様子のダイチに小さく笑いながら、 俺はジプス大阪本局タワービルの最上階にある自分の私室へと親友を迎え入れた。 ダイチとは大阪と東京、住む場所が離れていることと、社会人と大学生という立場の差から、 連絡はまめに取り合いつつも、会って話す時間は中々取れずにいて、 漸くお互いの休日が重なったので、久しぶりに会おうということになった。 私室に招待することにしたのは、休日を取ったものの現在の立場を考えて、 本局である自分の部屋なら緊急時でも対応しやすいし、ゆっくりできると思ったからだ。 ダイチは一般協力者として時々ジプスに出入りしているので、 今日はジプスの専用車両を利用して大阪に来たようだ。 ターミナルの使用許可も下りているが、ターミナルは電力の消費が激しいことを知っているので、 ジプスの局員ではないダイチは、許可が下りているとはいえ仕事以外では使用しにくいと言う。 その気持ちは解らないでもない。専用車両でも一般的な交通手段を使うより、 移動時間は充分短縮されるので、それを使えるだけでもありがたいとダイチは笑った。 折角の大阪だし、とダイチが手土産に持参したのは、たこ焼きとイカ焼き。 イカ焼きと言っても大阪のイカ焼きで、イカを入れたクレープ状のやつだ。 あとはスナック菓子等大量に。ダイチはソファーに腰を下ろして、 持ってきた食べ物を目の前のテーブルの上に置いた。 俺は予め買っておいた炭酸飲料とお茶をペットボトルごと、それからコップを2つ持ってくる。 とりあえずコップに炭酸飲料の方を注いで、ソファーにダイチと隣り合って座った。 お互いにコップを持ち、乾杯と声を上げる。 ダイチからの差し入れを摘みつつ、まずは近況報告をし合った。 ダイチは大学生活の事を、俺は仕事、といってもジプスの仕事は機密事項が多いので、 話しても特に問題の無い既に完了した悪魔の討伐任務の事を愚痴混じりに話した。 お互いに一通り話し終えて、俺は常々気になっていた事をダイチに聞くことにした。 「ダイチ、イオとはまだ友達なの?」 「ぶっ!!な、ななな、なに」 「……友達なんだ」 飲んでいた炭酸飲料を噴き出して慌てた様子のダイチを見て俺は全てを悟った。 ダイチがイオに対して淡い恋心を抱いていることは知っている。 ジプスの協力者としてダイチとイオは2人で行動する事も多いようで、仲も実際良いだろう。 どうもダイチは現在の関係、友達で満足しているようだ。 発破を掛けるように俺はダイチに言ってやる。 「勢いで告白すればいいのに」 「こっ、告白とかムリっ!!だってさ、もしダメだったら今の関係も崩れるじゃん…。  俺はさ、今みたいに気軽に話せて遊べるだけで充分っつーか……」 「ダイチ…ヤマトとロナウド相手に啖呵切った時の威勢はどうした」 「そっそれとこれとは全然違うっしょ!?」 「それとなくイオに聞いてやろうか?」 「うぇええぇぇ…!?き、気になるけど…やっぱいいっ!余計な事言うなよっ!  つーか、新田さんって、絶対お前のこと好きだと思うけど…」 「そうかな?」 「そうだって!………あ、でも…」 「うん、嬉しいけど、俺には応えられないし」 「………はー……もったいねぇ…。そういや俺のことばっかじゃなくて!  ユキトの方は今どうなんだよ、惚気以外なら聞くぞ」 「ダイチの恋愛相談はもう終わり?」 「おっ、終わり!終わって!!」 ダイチが自分の恋愛話から逃れる為か、俺自身のことを聞いてきた。 俺がヤマトとの関係を色々話しているのはダイチに対してだけだ。 男同士のあれこれな話題はいつも全力で避けるダイチがわざわざ話を振ってくるとは、 イオとのことはダイチにとってデリケートな問題なのかもしれない。 何か進展があれば、その時は報告してくれるだろうと思いつつ、 望みどおり話を変えてやることにした。 …と言っても、惚気以外に話すことはあっただろうか。 たこ焼きを口に放り込んで咀嚼しつつ考える。 ダイチはイカ焼きを食べながら俺の言葉を待っていた。 「ヤマトとの関係は至って良好だけど……ああ、そういえば、  未だにダイチのこと話題にすると不機嫌になるな」 「……何の話してんだよ!」 何を話そうかと考えながら、ふと思い出して漏らした俺の言葉にダイチが直ぐにつっこんでくる。 「別に大した話じゃないけど。最近だと、ほら、俺1回寝るとなかなか起きないだろ?  無防備すぎるとか言われて、そういえばダイチにも言われたことあるって話したら、  一気に機嫌が悪くなった。俺とダイチって幼馴染の上に親友だろ?  ヤマトが知らない俺のあれこれをダイチは全部知ってるわけだ。  過ごした年月だけはダイチに勝てないって、悔しそうに言ってた。  あと物騒な事も言ってたけど聞きたい?」 「聞きたくないっ!怖いよヤマト!!」 「ダイチは親友でヤマトとは違うって何回も言ってるんだけどな、なんか心配みたい」 「…何が?」 「俺とダイチがそういう関係になるかもしれないって」 「あ、ありえねーだろっ!」 「うん。でもほら、俺とヤマトも一応友達の時があったわけで、  そこから今の関係になったから、友達よりも上位である親友なら可能性は皆無じゃないって」 「か、勘弁しろよ〜」 ヤマトのダイチへの敵意の理由を説明すると、ダイチはぐったりと項垂れた。 憔悴した親友の姿を見て、俺はその疑いが向けられているのがダイチだけだという事実は、 胸に秘めておくことにした。ヤマトは俺の気持ちは疑っていないのだ。 「でも、実際なんで、お前とヤマトってそーいう関係になっちゃったんだよ?  さっき、ちらっと言ってたけど、友達だったんだろ?」 項垂れていたダイチだったが気を取り直したのか俺にそんなことを訊いてきた。 俺は空になったコップにお茶を注ぎながら、今では随分と昔に感じる、 俺とヤマトの関係が変わる切っ掛けになった出来事を思い出しながら口を開いた。 「そうだな…ヤマトに迫られなかったら今でも友達だったんだろうな。  もし、俺がヤマトのこと親友だって言えてたら、今みたいな関係にはなってないかも。  でも親友は既にいて、ダイチに対する気持ちとヤマトに対する気持ちは違ってたから、  やっぱりヤマトを親友とは呼べなかった。だから友達だって言うしかなくて、  それがヤマトにとっては不満だったみたいでさ」 「何で?」 「友達は何人もいるものだろ?俺も多くはないけど友達は1人じゃない。  でも俺がヤマトを友達だっていうのとヤマトが言うのとでは違ったんだ。  ヤマトには友達と呼べる人間は今まで1人もいなかった。  でもヤマトが俺を認めたことで、俺はヤマトにとってただ1人の対等な友達になったわけだ。  俺とヤマトはそれで食い違った。はっきり伝えなかった俺が悪いんだけど、  ヤマトは俺を特別だって思ってるのに、俺はヤマトのことを大勢いる友達の1人でしかない、  って言ったようなもので、まあ、それでなんか色々拗らせたみたい。  ほら、友達の特別枠である親友は、既にダイチがいたわけだしさ。  ダイチと同じ親友になるっていう選択肢は消えて、結果、こういう関係を求めた、と」 「…なんか聞いてると、お前が道踏み外したのって、俺が原因みたいじゃん!?」 「………そうかも」 「っ!!!!」 「……冗談だ」 「―――ユキト〜……」 俺の話を聞いて妙な罪悪感を抱いたダイチをからかうと、ダイチは恨みがましい目つきで俺を見てきた。 軽く笑いながら俺は続ける。 「人を好きになるのって理屈じゃないだろ?俺もヤマトも、男だから好きになったんじゃないよ。  だからなんでって言われたら、俺としてはヤマトだったから、としか言えないな。  友達で満足できなかったのはヤマトだけじゃなかったってことかな」 「は〜…結局惚気聞かされてんじゃん、俺」 「ダイチの惚気も聞くから、早く男になれよ」 「おっ、俺はまだいいんだよっ!クッソ〜これでもくらえっ!!」 「うわっ、ダイチっギブギブ!!」 再びからかった俺にお返しとばかりにダイチがヘッドロックをかけてくる。 勿論ダイチは本気でかけているわけじゃなくて、ただのお遊びだ。 暫くじゃれあって気付けば俺はソファーに背中から倒れこんで、 ダイチが俺の腹の上に腰を落として座り込むような体勢になっていた。 お互い息が荒い。童心に返ったような気分で笑い合っていると――――、 「随分楽しそうだな」 ――――そんな、絶対零度の声が耳に届いた。 「……あれ、ヤマト、休憩?」 「――――ひっ」 声の出所を探るように顔を動かすと、ソファーの近くに黒いコートの裾が見えた。 視線を上に移動させると、腕を組み笑みを浮かべたヤマトの姿が俺の目に映る。 口元は笑っているが、目が全然笑っていない。 俺の腹の上に座っているダイチは完全に固まって動けないようだ。 ヤマトが迷いの無い足取りで近付いてくる。 そして俺とダイチの傍までくると、いつもはめている白手袋を優雅に外した。 「―――――志島」 ヤマトがダイチの名を呼ぶ。たったそれだけのことで体感温度が下がったような気がした。 ダイチを見ると脂汗を浮かべながら息を呑んでいた。 ヤマトは無表情になって外した手袋を右手に持ちなおし――ダイチの顔に無造作に叩き付けた。 ぶっとくぐもったダイチの声が聞こえる。 「………拾え」 感情を滲ませない声でヤマトがダイチに命じる。 ダイチは何事か理解できないまま、慌てて床に落ちた手袋を拾うために俺の腹から腰を浮かせた。 ……白手袋、を、ダイチに向かって投げつけたヤマト。 浮かんだ答えに俺は、静かにダイチに忠告してやった。 「ダイチ、それ拾うとヤマトと決闘することになるよ」 「へっ?…………っっ!!あっぶねぇ……!!!」 「――――ちっ」 もう少しで手袋に触れるところだったダイチは跳び退るようにヤマトから離れて、 ヤマトはそんなダイチに小さく舌打ちした。 「志島、貴様、ユキトを親友だと言いながら不埒な真似を……」 「ふっ不埒って、何もしてねーって!!」 「ユキトに馬乗りになっていただろう!!」 「ちょっとふざけて遊んでただけだろ!」 「遊びだと…!?フ……フフフ…遊びでユキトを嬲るつもりだったと?」 「ちょっ!何妙なこと言ってんだよっ!!  俺とユキトは親友だって言ってんだろっ!ヤマトが考えてるようなことは何も無いって!」 「フン…ユキトのことは信じているが、貴様の言を私が信じるとでも?  …そうだな、貴様が身を弁え、親友の座を私に譲るのであれば信じてやらんでもない」 「っ!!そういうのは譲るもんじゃねーだろ!  俺とユキトは親友だ、お前に何て言われても、それだけは絶対変わんないからな!」 「――ほぅ、良く言った」 なんだかよく分からない内にヤマトとダイチが睨み合いながら火花を散らしている。 俺は溜息1つ落として、ソファーから起き上がり、 「ちょっと落ち着け、2人とも」 そう声を掛けた。我に返った2人はバツが悪そうに視線を逸らす。 床に落ちたままの白手袋を拾いながら俺は、そんな2人に言ってやった。 「1回俺抜きで話し合ってみたら?俺はヤマトにダイチとも仲良くして欲しいし、  ヤマトのダイチに対する不信は、ダイチ自身がどうにかするしかないんだし」 俺の提案にヤマトは苦虫を噛み潰したような表情で腕を組み、考える素振りを見せる。 「ゆ、ユキト…何言ってんだよ…!」 小声でダイチが俺に抗議してきたが、名案だと思うけど、と言い返せばすぐに押し黙った。 「……よかろう」 暫くして、落ち着いたヤマトの低音が部屋に響いた。 ダイチはへ、と間の抜けた声を出して呆然とヤマトを見ている。 「ユキトの言う事には一理ある。志島、近い内に貴様の為に時間を空ける、いいな」 「お、おぅ…」 思わぬヤマトからの歩み寄りにダイチは戸惑いながらも首を縦に振って頷いた。 どうなることかと思ったが、一応この場は無事収まったようだ。 俺は笑みを浮かべながらヤマトに拾った手袋を差し出した。 済まない、とヤマトも柔らかく笑って受け取り、元通り手袋をはめた。 「では、また夜に」 「もう休憩終わり?」 「ああ、様子を見に来ただけだ」 「そっか」 軽く言葉を交わし、部屋を出て行くヤマトの背中を見送る。 振り返ると、ソファーに深く沈むダイチの姿があった。 隣に座ってぽんと肩を叩いてやる。 「お疲れ、ダイチ」 「……すっげー疲れた」 「いい機会だと思って、腹括って話してみろよ。ちゃんと話せば伝わるから」 「そーだな…確かに一対一なら、なんとかなるかもしれねーよな!」 「そうそう。でも本当にヤマトが心配する様な事、無いのにな」 「だよなぁ…」 大きな溜息を吐きながら、2人でしみじみと呟く。 この後、ヤマトのダイチに対する態度が悪化するか軟化するかは、ダイチ次第だ。 頑張れと俺はダイチの背中を叩いてやった。 後日。 結論から言うと、ヤマトとダイチはそれなりに仲良くなったようだ。 2人の間に取り引きがあったことを俺が知るのは、更に数日経ってから。 色々複雑ではあったが、その結果、ヤマトもダイチも心穏やかでいられるなら、 俺はそれを黙認するしかなかった。 END ヤマトとダイチの話し合いに続く。 白手袋投げつける部分が書きたかっただけ。 あとはヤマトとダイチを和解させようかと。