今日は鏡開きの日だ。 先日ヤマトに振舞った七草粥は中々好評だったので、今回も気合が入る。 俺の手作り料理を大抵の場合ヤマトは喜んでくれるので、やっぱり嬉しい。 実際の料理の出来は、ヤマトの表情を注意深く見ているとなんとなく判る。 何度も試行錯誤し味見をしてから出しているので、酷い顔をされたことは今の所無い。 ヤマトの口に合った時は言葉が少なくなり、あっという間に平らげてしまうので判りやすい。 ヤマトの部屋の台所にお邪魔して、前日に水に漬けておいた小豆を鍋に入れる。 水を入れて火に掛け、沸騰したら一度ざるにあけ茹で汁を捨てる。 それを3回ほど繰り返してから、改めて水を入れて火に掛ける。 火加減は弱、様子を見ながら時々水を差す。 豆がいい具合に煮上がったら少しだけ水分を減らして砂糖を加える。 砂糖は白ザラメ。弱火のままくつくつと煮て、砂糖が溶けたら塩を少量加え、更に煮る。 これで完成。本当は一晩置いた方が味が馴染むようだが、 今のままでも充分美味しいので良しとする。 後は餅を焼いて、栗の甘露煮を入れるだけ。 「善哉か?」 突然声を掛けられて驚いて振り返ると、いつの間にかヤマトが後ろに立っていた。 作業に集中していて気付かなかった。 「関西ではそう言うんだっけ。今日鏡開きだったから、作ってみたんだ」 「そうか…なるほど、この為に休暇を取ったのだな」 「手間と時間がそこそこかかるって分かってたしね。ヤマトはこれから休憩?」 「ああ」 「食べる?」 「君が私の為に用意してくれたのだろう?勿論」 「じゃあ座って待ってて、用意する」 色好い返事に上機嫌さを隠さず言えば、 ヤマトは頷いてソファーの置いてある部屋へと戻っていった。 俺は手早く鏡餅を分解する。 鏡餅が重なった姿を型取ったプラスチックの容器に、 小さな丸餅がいくつか入っているタイプのものなので、餅の用意は楽だ。 オーブントースターで餅を焼いて、先程作った汁を椀によそって焼餅と栗の甘露煮を入れる。 塩昆布も小皿に盛り緑茶も用意して、それらを2人分お盆にのせてヤマトが待つ部屋へと足を運んだ。 「ヤマト、お待たせ」 ソファーで書類に目を通していたヤマトに声を掛けて、ヤマトの前のテーブルに椀と箸を置く。 ヤマトはすぐに書類を片付けて、向かいに腰を下ろした俺と向き合った。 「では、頂こう」 「どうぞ」 ヤマトは手を合わせてから、まず椀を持ち上げて汁を口に含んだ。 俺の作ったものをヤマトが口にする瞬間はいつも少し緊張する。 味わうようにヤマトの口元が動くのを俺はじっと見つめる。 「甘すぎない?」 問い掛けた俺にヤマトは軽く頭を縦に揺らした。 「程よい甘さだ」 そう言って口元に自然な笑みを浮かべたヤマトを見て、俺は安堵に溜息を漏らした。 「良かった。まだ残ってるし、後でマコト達にも食べてもらおうかな」 そんなことを呟きつつ、俺も椀と箸を手に取った。 あっさりとした甘さは俺好みで、我ながら上出来だと自分自身を褒めつつ御汁粉を食べる。 ヤマトも箸を手に取り餅を口に運んでいた。 数分でお互いの椀は空になり、塩昆布を摘みつつ緑茶を飲んで一服する。 「君は料理が趣味なのか?」 「ん?」 ふと気になったという風にヤマトが問い掛けてくる。 「最近、手料理を振舞ってくれるだろう、趣味なのかと思ったのだが、違うのか?」 続けてそう言われて、確かにそう思われても可笑しくないと感じながら俺は口を開いた。 「最近目覚めたっていうのが正解かも」 「どういうことだ?」 「簡単な料理ぐらいなら前からしてたけど、  凝り始めたのはヤマトに食べてもらうようになってからだよ。  ヤマトが美味しそうに食事する姿を見るのが好きなんだ。  自分が作った物だったら尚更。その事に気付いてから、なんかハマった。  殆ど独学だけど、たまにジュンゴにアドバイス貰ったりもしてる」 「ほう…では、君が手料理を振舞うのは私に対してだけだと?」 「目的としてはヤマトに食べてもらいたくて作ってるから、そういうことになるかな」 俺の返答に、ヤマトが確認するように問い掛けてくる。 頷きながらも改めて考えると少しだけ気恥ずかしくなった。 ヤマトの方は満足気にそうか、などと頷いている。 「君が振舞う料理は素朴ながらも、いつも美味しいと感じる。  それは他でもない君が、私の為に作っているからなのだな」 そして、幸せそうな顔でそんなことを呟くヤマトに、俺は手を上げて降参する気分で項垂れた。 その顔は反則だと思う。俺はヤマトの心からの笑顔に弱い。 顔が赤くなっているだろうと思いつつ、俺もヤマトに笑いかけながら言った。 「何かリクエストがあれば、もっと作り甲斐があるけど」 「考えておこう。君が好むものも、食してみたいが」 「俺が好きな料理か…分かった、色々作ってみる」 「楽しみにしている」 会話を終えて、ヤマトが立ち上がる。業務に戻るのだろう。 部屋を出て行くヤマトを見送った後、汚れた食器等を手早く片付けた。 残った御汁粉は3人分、ここ本局で居場所がハッキリしている女性陣に届けることにする。 マコトとオトメは普通に甘いものは大丈夫そうに思えるが、フミはどうだろうか。 まあいらないと言われたらその時に考えようと、椀によそって零れないようにラップを上に被せる。 そうして準備しながらも頭の中では、次にヤマトに振舞う料理のことを考えていた。 どうせなら、たこ焼きを食べる時のような表情が見たいと思う。 あまり口にすることが無いだろう家庭料理のようなものがいいのかもしれない。 こんな風に料理をする時間が取れるようになったのも国内の情勢が落ち着いてきたからで、 平和って良いなとしみじみ思う。勿論気は抜けないが。 折角休暇を取ったのだから、今日は残りの時間も料理に費やそうと決めて、 一先ず御汁粉を届けるために椀をお盆に載せて部屋を出た。 因みに、御汁粉は女性陣にも好評だった。 オトメとフミには意味深な笑みを浮かべられてしまったが。 ヤマトへの餌付けにハマった主人公。