隣で静かに眠るユキトの髪をそっと梳く。 薄く開いた唇を指先でなぞると、食む様に何度か口元が動く。 不埒な思考を振り払いながら、再び優しく髪を撫でた。 ユキトの眠りはいつも深い。 共寝する時は自分よりも先に寝入り、後に目覚めることが多い。 普通に共寝する場合でも、情を交わした後でも、それは変わらない。 そして一度眠ると、余程の事が起きない限り目を覚まさない。 こうして軽く触れる程度ならば、彼の眠りを妨げる事は無い。 その事実にいつも不安を覚える。 それが自分に対してだけならば良いが、他の誰に対してもこうであるなら問題だ。 流石に悪意ある者が近付けば気付くのだろうか、 自分の目が届く限り、彼にそういった輩を近付けさせるつもりも無いが。 そこまで考えて、ユキトと関わりの深い男の存在を思い出して眉を寄せる。 彼が親友と呼ぶ人間、志島大地。 間違いなくあの男は、ユキトのこうした一面も知っているだろう。 出会った当初は多少は使える一般人、ユキトの力を認めてからは、 彼の才能を引きずり下ろそうとする愚民の1人という認識だった。 審判の日々の最中、主義主張により3つの陣営に分かれた夜、 ユキトが自分ではなくあの男を選んでいたら、殺意さえ抱いただろう。 今ならば理解できる、これは嫉妬と呼ばれる感情だ。 互いに親友と呼び合うあの2人の間に入り込むことは出来ない。 ユキトが自分に向ける確かな感情を疑うことは無い、 想いを数値化し比較する事に意味が無いことも理解している。 それでも、未だに彼の口からあの男の話を聞くのは不快だった。 我ながら情けないと自嘲を浮かべ、眠るユキトの頬を撫でると、彼の瞼が震えた。 ゆっくりと瞼が開いて何度か瞬き、顔を上向け私の顔を認識したのか、彼は目を細めて笑みを浮かべる。 手を伸ばし、隣に寝そべっている私の頬に触れてくる。 「…起こしてしまったか?」 「んー…?どうだろ、そうかな…それより、やまと、何か難しい事考えてた?」 まだ覚醒しきっていない様な声音でユキトに問い掛けられて、軽く首を傾げてみせる。 するとユキトは頬に触れていた手を動かし、私の眉間に人差し指を当てて撫でてきた。 「眉間に皺。俺に話せない事…?」 再びすぐにでも瞼が落ちそうな様子でありながら真剣な表情で言うユキトに、 誤魔化せないなと諦めて、彼を腕の中に抱き寄せてから重い口を開いた。 「君が無防備に眠る姿を見て、心配になったのだ。誰にでもこんな姿を見せるのではないか、とな…」 「…誰にでもってことは無いと思うけど…そういえば、ダイチにも言われた事があったような…」 「―――――やはり、志島か」 「……ヤマト、声怖いよ」 ユキトからの返答は予想通りだったが、つい声が低くなる。 それに対し、ユキトは胸元で肩を震わせながら小さく笑った。 「何度も言ってるけど、俺、ダイチとはこんなことしないよ?」 そう言った後、ユキトは私の腕の中から伸び上がって口付けてくる。 「……解っている」 「最近はダイチの事も認めてるくせに、俺が絡むと駄目だな。そんなに不安?」 「………確かに不安だ。君と過ごした年月だけは、奴に勝てんからな。時を止めんかぎり…」 「こら。不穏な事を考えるなよ」 ユキトは私の言葉を窘めながらも柔らかく笑う。 ああ、許されているなと感じながら、温かなその身体を掻き抱けば、 苦しいよとくぐもった声が腕の中から聞こえてきた。 「そういえば、今何時?」 その声に、腕の中の体温を名残惜しく思いながらも身体を起こし、壁時計を確認する。 「もう直ぐ7時になるな」 そうして時刻を告げると、まだ7時、と呟いた後、 「あと30分、寝る」 そう言ってユキトの瞼は落ちた。墜落睡眠とでも言うのか、すぐに彼の規則正しい寝息が耳に届く。 思わず小さく吹き出した後、掛け布団で彼の身体を包んでやる。 「全く……甘くなったものだ、私も」 囁く声にも甘さが滲んでいるのが解る。 安心しきった顔で眠るユキトの額へそっと唇を押し当てて、彼の癖の強い髪を指先に絡めた。 飽きることなく寝顔を見つめ、優しく触れる。 多くの人間に好かれる彼とこうした時間を過ごしているのは、今は自分だけだと実感しながら。 まだ可愛い嫉妬を見せる局長。 主人公とダイチが2人で仲良く眠る姿を見てしまったら大変でしょうが。 ダイチに白手袋を投げつけかねない。