4日目。 目の下の隈は更に酷くなった。昨夜もあまり眠れなかった。 着替えながらマコトからの電話の内容を思い出す。 時刻は午前7時前、そろそろ戻ってくるかもしれない。 俺は司令室に向かった。 司令室へ足を踏み入れると、目的の2人の後ろ姿が見えた。 「お帰り、フミ、マコト。お疲れ」 声を掛ける。いつも通りの声がちゃんと出せてほっとする。 俺の声に2人は振り返り、マコトは息を呑んで、フミは目を瞬かせた。 「…宇内、酷い顔色だが体調が優れないのか…?」 マコトが近付いてきて心配そうに問い掛けてくる。 「うん、まぁ、そんなところ。でも大丈夫」 完全に強がりだったが俺はマコトにそう言った。 マコトは眉を顰めたままだ、俺も信じてもらえるとは思っていない。 フミは黙ったまま俺をじっと観察していた。 「……フミ?」 どうにも居心地が悪くて呼びかけた俺に、フミがなるほどと呟いた。 「とうとうユキトにも局長の病気がうつったわけだ」 「局長が病気とは初耳だぞ…どういうことだ、フミ!?」 フミの台詞に俺がつっこむよりも先にマコトが真剣な口調で問い掛けた。 「え〜と、簡単に言うと欠乏症? アンタがそんな感じなら今頃局長の方もタイヘンだろうね。 ま、局長はアンタと違って顔には出てないだろうけど」 フミは所詮他人事とでもいうように愉しげにマコトの問いに答えた。 「欠乏症…」 「欠乏症、だと…?」 俺とマコトの声が重なる。 マコトは何の事か分からない様子だが、俺は分かってしまった。 確かにその通りすぎて言い返せない。 寧ろ上手いこと言うなぁなどと思ってしまった。そうか、欠乏症か。 「あら、重症」 俺の反応の薄さにフミが呟き、腰に手を当てて軽く笑って続けた。 「アタシら戻ってきたし、行ってくれば? どうせ局長はアンタには甘いんだから問題ないでしょ」 「………え」 フミの言葉は天啓のようだった。 俺はフミを凝視した後、勢い良く両手をとって握りしめた。 「フミ。俺のデータ取りたいって言ってたよな、後で協力する」 「お、海老で鯛が釣れた」 「は、早まるんじゃない宇内っ!」 確かにちょっと早まったかもしれないが、フミの言葉はそれだけの価値があった。 俺は感謝の気持ちを告げて、フミとマコトに後を頼んでターミナルへと駆け出した。 現状が理解出来ていないだろうマコトには、少しだけ悪いと思いながら。 ターミナルを使って札幌支局に移動する。 司令室に行くと、そこには数名の局員がいた。 俺は初対面だったが、局員は俺の事を知っていた。 一応ジプスのナンバー2なので、東京・大阪・名古屋以外の支局にも俺の事は伝わっているんだろう。 司令室にヤマトとケイタの姿は無い。既に悪魔討伐に出ているようだ。 処理の済んだ区域と手付かずの区域の情報に目を通す。 今日ヤマトとケイタが向かう予定の場所も確認して、残っている未処理地点に行くことにした。 上位の悪魔はいないようなので、多分俺1人でもどうにかなる。 デスクワークで溜まったストレスを発散させるには丁度いい。 俺が来たことをヤマト達にはまだ伝えないようにと局員に頼んでから支局を出た。 今から向かう地点はここからは随分離れている。 人影が無いことを確認して携帯で霊鳥タイホウを召喚し、その背に飛び乗った。 指示を出すとすぐにタイホウは滑るように空を駆けた。 目的の地点に到着し、八つ当たりのような掃討を終えてふぅと1つ息を吐いた。 暴走携帯も見つけて破壊、回収する。 司令室に連絡を入れて現況の確認とヤマトの現在地を聞く。 未処理地点はあと1つあったが、ここからよりヤマトがいる地点からの方が近い。 悪魔討伐で意識せずに済んでいた空虚感が蘇り、もうすぐ会えるのだという期待が胸の鼓動を速くした。 何度か深呼吸した後、意を決して俺は再びタイホウに乗って飛び立った。 暫く空を飛んで行くと眼下に夥しい数の悪魔が見えてきた。 どうやら交戦中のようだ、数名のジプス局員が確認できた。 そこから少し外れた場所に求めていた姿を視認する。 黒いコート、銀白色の髪。 「ヤマト……っ」 居ても立ってもいられなかった。タイホウに降下指示を出す。 地上に辿り着く前に飛び降りて目前にいた悪魔を万魔の乱舞で蹴散らす。 着地した場所はヤマトの背後、その背中目掛けて俺は駆けた。 最悪反撃される可能性は高かったが構うものかと地を蹴る。 迎撃体勢をとったヤマトが振り返り、俺の姿を認めて硬直した。 結果、俺は正面からヤマトの首に腕を回して抱きつく形になった。 「――――っ、ユキ、ト…!?」 危うげなく抱きとめたヤマトが俺の名を呼ぶ。 ヤマトの声、抱きついた身体の感触。 コートの襟と髪に隠された首筋に鼻先をあてて、変態くさいと思いつつも存分にヤマトの匂いをかいだ。 乾いた土地が水をあっという間に吸収するように、俺の中がヤマトで満たされていく。 黙ったままヤマトで充電していると、俺の腰が物凄い力で締め上げられた。 いつの間にかヤマトの腕が俺の腰に回っている。ヤマトは俺の髪に顔を埋めているようだ。 自分でやっておいてなんだが、人にやられると途端に恥ずかしくなってきた。 身体の力を抜いて少し離れようとしたがヤマトの腕から力は抜けない。 仕方ないと諦めて俺はもう一度ヤマトに身体をすり寄せた。 「……ごめん、もう限界でした」 僅かにヤマトの腕が緩んだのを感じて、俺はそう呟いた。 「限界、とは?」 「うん。………ヤマト不足で。本局はフミとマコトに任せてきた」 会いたかった、隠さずにそう伝えると、ヤマトが身体を離して俺の顔を覗きこんできた。 驚きに目が見開かれて、手袋に包まれた親指が俺の目の下をなぞる。 「……酷い顔だ」 ヤマトがそう囁く。声には心配そうな響きがあったが、口元は笑っていた。 「自分でも信じられない。1日もたないとか…」 もうお前のこと笑えない、しみじみと呟いた俺に可笑しそうにヤマトが喉を鳴らした。 「フフ…私は嬉しいが。君が人目も気にせず求めてくる事は無かったからな」 そう言われて俺は我に返ってヤマトを引き剥がし周囲を確認した。 幸いまだ局員達は戦闘中のようだ、はぁっと大きく息を吐く。顔が熱い。 ぱちんと自分の両頬を手のひらで叩いて、改めてヤマトに向き直る。 「ここに来る前に1つ、未処理地点の悪魔片付けてきた」 回収した携帯を見せて報告すると、ヤマトは満足気に頷く。 「流石だな。そろそろ向こうも戦闘終了するだろう、君のおかげで今日中に方が付きそうだ」 「そのつもりで手伝いに来た。……正直言うと、悪魔討伐はついでだったけど」 「ハハッ、そちらがついでとは。本来なら咎めるべき所だが……、 予定よりも早く君に会えたことを喜んでいる私に、その資格は無いな」 「…一方通行じゃなくて良かった」 心底ほっとしながら俺は笑った。 睡眠不足だけはどうにもならないが、俺はすっかりいつもの調子を取り戻していた。 「では、行くぞ」 促すヤマトに頷いて、戦闘が終わりつつある局員の下へ俺はヤマトと並んで足を踏み出した。 悪魔討伐を終えて札幌支局に戻ってくる。 時刻は昼の3時を過ぎていた。 同行していた局員達を解散させて司令室に向かうヤマトについていく。 「なんや、来とったんか宇内」 司令室にはケイタが待機していた。少し前に戻ってきていたようだ。 「デスクワークに嫌気がさして」 嘘ではない当たり障りの無い答えを返すと、ケイタは鼻で笑った。 「フン、雑魚が群れとるだけやったが、数だけはおったからな。 面倒になってきとった所やし、礼は言うといたる」 「確かに数だけは多かったな、お疲れケイタ」 ケイタは無駄話が好きではないので、これで会話は終わった。 「さて、暫くは北海道も落ち着くだろう、ご苦労だった。本局へ戻るぞ」 ヤマトが労いの言葉の後そう言ってターミナルへと足を向けた。 ケイタは肩を回しながらそれに続く。俺も足取り軽く2人の背中を追った。 本局へ戻って司令室に顔を出した後、俺はヤマトだけでなく、 そこに居合わせたフミ、マコト、オトメにも部屋で休むように言われた。 自分ではもうそれ程体調不良を感じていなかったので首を傾げたが、 「鏡を見てから言え」 「いっそ面白いぐらい酷いよアンタの顔」 「そうだぞ宇内、オトメに聞いた。眠れていないのだろう?」 「医師として言わせてもらうわ。これからしっかり眠ること、いいわね?」 4人から言われてしまえば俺も反論できず、大人しく自室に戻ることにした。 戻ってすぐに重いコートを脱いでシャワーを浴びて、楽な服装に着替える。 そしてベッドに横になると、今まで感じなかった眠気が物凄い勢いで押し寄せてきた。 それで漸く俺は、身体が休息を求めていたことを知る。 空虚感はもう無い、久しぶりにゆっくり眠れそうだ。 そう思っているうちに瞼は落ちて、俺の意識は温かい闇に包まれた。 息苦しい。唇が塞がれているような気がする。 呼吸する為に口を開くと更に温かいもので塞がれる。 ぬるぬると口内で濡れた何かが蠢く。その感触を俺は良く知っていた。 反射的にそれに舌を絡めれば、ぢゅ、ときつく吸われた。 「ん、んぅ…」 喉を鳴らす。身を捩ろうとすると、素肌に何かが這わされる感覚。 どこか急ぐように、胸、腰、と撫でられる。 ズボンを引きずりおろされたのが分かった所で、俺の意識は覚醒した。 「っ……!?やま、と?」 唇が合わさったまま俺が相手の名前を口にすると、圧し掛かっていた身体が僅かに離れる。 「やっと起きたか」 待ちわびたぞとヤマトが熱っぽく囁いて、俺の脚を持ち上げた。 下半身は既に何も身につけていない状態だった。 ヤマトはいつも使っている潤滑剤で俺の後ろの窄まりとヤマト自身を濡らしていく。 ヤマトの中心は硬く張り詰めていた。 俺の後孔に指を入れて軽く抜き差しした後、直ぐにその熱を宛がわれて流石に焦った。 「や、ヤマト…っ、無理…っあ、あ…っ!!」 「っ…、力を、抜け」 「ひ、ぅ…、っ、ん、んっ」 「ゆっくり、挿入れる……息を吐け、ユキト」 俺の制止は届かず、ヤマトは言葉通りゆっくりとした動きで俺の狭いそこに自身の熱を沈めてくる。 酷い圧迫感に喘ぎながらも、少しでも楽になるために俺は大きく息を吐いて出来る限り力を抜いた。 少しずつ、少しずつ、自分の内に他人の、ヤマトの熱が入り込んでくる。 あるのは苦しさだけじゃない、だから俺は脚を開いてヤマトを受け入れるように手を伸ばした。 ヤマトが身体を倒して俺の腰を抱いて、最後にぐっと強く突き上げて、身体の動きを止めた。 ヤマトを抱き締めながら、目を閉じて呼吸を繰り返す俺の唇に、柔らかく重ねられる唇。 「……落ち着いた?」 髪を撫でながら目の前の男に静かに問い掛ける。 「ああ…君とこうしたくて、ずっと耐えていた」 そう言って怖いぐらいに綺麗な笑みを浮かべるヤマトに息を呑んだ。 俺が会いにいった時も、本局に戻ってきた時も、そんな様子は少しも見せなかったのに。 「…3日が、限界ラインだなー……」 溜息混じりに呟く俺に、ヤマトが同意する。 歳を重ねれば慣れてくるのかもしれないが、今のところは無理そうだと思う、お互いに。 「留守番はこりごりだ、局長職はヤマトにしか務まらないよ」 「そう言うな、君にも慣れてもらわねば困るぞ」 笑い混じりに言い合った後、ヤマトが緩やかに身体を揺らし始めた。 身体と心がヤマトが与える快楽に溺れていく。 「っ、やくそく、どおり…ん、甘やかして、やる」 「そうか…では、その言葉に、甘えよう」 俺を満たすのはヤマトだけ。 俺がヤマトに溺れるように、ヤマトが俺に溺れるこの時間が何よりも好きだ。 熱を帯びていく思考の中、俺は改めて自分の中のヤマトが占める割合を自覚して笑った。 END 6006リクエスト、ありがとうございました! ヤマ主・明るい・実力主義ED後、という事でした。 他キャラも頑張って出してみたけど大変だった…。 やっぱり基本は2人の世界の方が書きやすいなと思ったり。 大阪弁は難しいです。