世界改変直後は慌しい日々が続いていたが、最近それも漸く落ち着いてきた。 そんなある日、ヤマトがタワーの視察の為に出掛けるという話をしてきた。 「タワーの視察?」 復唱した俺にヤマトはそうだと頷く。 「東京・大阪・名古屋のタワーは損傷はあったが修復に時間はそれ程かからなかった。 だが、札幌・博多・別府のタワーは再建の必要があったことを覚えているか?」 「覚えてる。完成したのか?」 「ああ。新たに完成したタワーを視察する、それと以前から報告を受けていた、 北海道、九州の悪魔による被害状況の確認及び討伐も目的の1つだ。 人員不足の為、本州以外の地域まで手が回っていなかったからな。 現地の局員だけでは対処しきれぬようだ。 視察の方は私と菅野が当たる。悪魔討伐の為の人員として、迫と和久井を同行させる予定だ」 「………俺は?」 ヤマトの説明を聞いて、そこに自分の名前が無い事に気付き訊ねると、 「君は局長代理として、本局に留まってもらいたい」 ヤマトはそう言って薄く笑みを浮かべた。 俺は思わず眉根を寄せる。 「フ…そんな顔をするな。意図は解るな?」 そう言われてしまうと頷くしかない。 「タワーの視察に関してはヤマトとフミが行くべきだし、 北海道と九州、二手に分かれた方が効率が良い。 更にマコトとケイタも同行するとなると本局が手薄になる。 それは望ましくないから、ナンバー2と世間に認識されてる俺が残るべきだ。 そういうことだろ?それは解ってるけどさ…」 ヤマトの意図は理解していても留守番なんて柄じゃない、しかもヤマトの代理で。 俺はじっとりとヤマトを見つめた。ヤマトは俺の答えに満足そうに目を細めている。 「その通りだ。札幌には私と和久井が出向く。 報告によると北海道は他の都市よりも悪魔の目撃や被害が多い。 アリオトを撃墜した地だ、それが原因かもしれん。 九州は菅野と迫に任せる。2ヶ所あるが札幌より手間取ることは無いだろう。 ターミナルも復旧している、移動にも時間はかからん。 被害状況にもよるが、予定では3日、長くとも1週間で一度戻るつもりだ。 その間ユキトは本局で待機を。何か問題があれば君の判断に任せる。…頼めるな?」 「……分かった、仕方ない」 ヤマトの話を最後まで聞いて、俺は溜息混じりに了承した。 そこでふと思ったことがそのまま口から零れた。 「少なくとも3日はヤマトの顔、見れないのか…」 俺の言葉にヤマトの表情が変わる。眉間に皺を寄せて、何かを耐えるような表情だ。 「……暫く会えないけど、寂しい?」 軽くからかう様な口調で言ってみるとヤマトは深々と溜息を吐いた。 「フム、そうだな…これから先の事も考え、慣れる必要があるか…」 難しい顔をしてそんな風に呟くヤマトに俺は両手を広げて言ってやった。 「帰ってきたら思いっきり甘やかしてやる」 「………それは、楽しみだ」 ヤマトは一瞬驚いたような顔をした後、意味深に微笑む。 不穏なモノを感じつつ、俺も笑い返した。 2日後、俺は視察に向かう4人をターミナルで見送った。 その時はまだ、その後に自分の身を襲う変調など知る由も無かった。 気付いたのはヤマト達を見送ったその日の夜。 それまでは普段通りに過ごせていた。 食事もとった、業務も何事も無くこなせた。 だというのにベッドに横になった瞬間、何かが足りない、そんな風に感じた。 かつてない空虚感、その原因に思い当たって、俺は愕然とした。 『……嘘だろ…?』 声に出さず呟く。気付いてしまえば眠気さえ遠ざかってしまう。 まさか自分がこんな状態になるとは思わなかった。それも1日持たないなんて。 峰津院大和の不在。 たったそれだけのことで、俺はどうしようもなく不安定になっていた。 どれぐらい時間が経っただろう。 ベッドに寝転んで暗闇をぼんやりと見つめる。 目を閉じても眠れなかったので、諦めて俺はここにいないヤマトのことを考え始めた。 初めてヤマトにキスされた、あの日のことを思い出す。 あの時は3日ぶりにヤマトの顔を見て、久しぶりだとか嬉しい気持ちはあったが、 会わなかった3日の間は特に何も感じていなかった。 ヤマトに対してあの時点で俺が抱いていた気持ちは、まだ友愛だったんだろう。 ヤマトからのキスで、それは簡単に変化したわけだが。 今こうして感じている苦しみ、それをあの時のヤマトは感じていたんだろうか。 無性に会いたい、会って触れたい、声を聞きたい、抱き締めたい。 我ながら末期だ。漸く俺はヤマトが抱く俺への想いに追いついた、ということなのか。 「……会いたいな」 静まり返った部屋に、思った以上に弱々しい自分の声が響いた。 俺は掛け布団を頭から被って目を閉じ、早く朝になるようにと祈った。 2日目。 明け方に少しだけ眠れたが、完全に睡眠不足でふらふらしながらもジプスの制服に着替える。 局長代理ということで昨日から着ているが、ヤマトと同じデザインの黒いコートを手に取り、 俺は溜息を落とした。ヤマトの不在を思い知って凹む。 食堂に行って軽く朝食をとった後、司令室に向かう。 局員からいくつかの報告を受けてそれぞれに指示を出した後、 自分の部屋に戻って提出された報告書に目を通す。 大きな問題が起きない限りは基本的にデスクワークだ。 俺の独断で処理出来ない案件は、内容だけ頭に叩き込んだ後、未処理のボックスに入れておく。 昼過ぎまでは一心不乱に書類と向き合っていたおかげで余計な事を考えずに済んだ。 普段あまり使わない頭を使ったせいか消耗が激しい。そこで漸く空腹に気付く。 時計を確認すると14時を過ぎている。俺は椅子に座ったまま伸びをして深呼吸した。 「……たこ焼き食べたい」 気付けば無意識に呟いていた。 声に出したことでその欲求は更に高まって俺は勢いよく椅子から立ち上がり部屋を出た。 直通エレベーターで1階まで降りる。エントランスでばったりオトメと会った。 「あら、ユキトくん、お出かけ?」 「たこ焼き食べたくなったから買ってこようかと思って」 「フフフ…♪まるでヤマトさんみたいね」 「…はは」 その名は今、俺の中で禁止ワードです。 オトメとの何気ない会話の中でヤマトの名を耳にして、 俺は挙動不審になりかけたのをどうにか笑って誤魔化した。 そんな俺の様子を不思議に思ったのか、じっとオトメが見つめてくる。 「…少し顔色が悪いけれど、食欲はあるのね?」 医者としての顔を見せて穏やかに問い掛けるオトメの声は温かい。 「昨日、ちょっと眠れなくて」 俺はオトメに頷き、それだけ言って肩を竦めてみせた。 そんな俺を見てオトメはにっこりと笑う。 「お薬が必要なら言ってね。 ユキトくんには元気でいてもらわないと、みんな困っちゃうから」 そう言ってオトメはぽんと俺の肩を軽く叩いた。 余計な詮索はせずに心配だけしてくれるオトメに感謝しつつ、 俺は手を上げてオトメと別れた。 たこ焼きを無事手に入れて部屋に戻る。 出来立てのそれを口に運んで味わっていると、脳裏に銀白色の髪が過ぎった。 食べたくなったので買ってきたものの、失敗だったかもしれない。 まるで連想ゲームのように次々と思い浮かぶのはどれもヤマトのことだ。 途中からたこ焼きの味は分からなくなった。 ヤマトが美味しそうにたこ焼きを食べる姿だけが俺の脳内を占領した。 最後の一個を食べ終えて、机の上に突っ伏す。 「………駄目すぎる」 ヤマトの顔だけでも見たかった。 3日目。 早ければ今日帰ってくるということで睡眠は昨日よりも取れた。 目の下の隈は酷かったが、体調はそれ程悪くはない。 何事もなく昼になる。いっそ何か起きてくれたほうが気が紛れるのに、 などと物騒な事を考えながら食堂に向かう。 廊下を歩いていると良く知る声に呼び止められて振り返った。 「おっ、いたいたユキト!調子どうよ……ってちょっ、顔色すげー悪いじゃん!」 「ユキトくん、大丈夫…?」 そこにはダイチとイオがいた。ダイチはともかくイオと会うのは久しぶりだ。 「イオ、久しぶり。元気だった?」 「あ…うん、久しぶり…だね」 「え?何この疎外感」 「ダイチとは結構会ってるだろ?」 「そーだけどさ!」 イオには柔らかく話しかけ、ダイチの事はいつも通りぞんざいに扱う。 俺とダイチの様子にイオが楽しそうに控えめに笑って、ダイチは不貞腐れた。 「…ちょっと寝不足なだけ、大丈夫」 心配してくれた2人にそう答えて俺は笑ってみせた。 「そういや今ヤマトいないって聞いたけど、お前が局長代理やってるって? もしかしてそれがスゲー大変とか」 ダイチの問い掛けに俺は肩を竦めた。 「ある意味大変。やっぱり俺、向いてない」 ちょっと泣き言を漏らしてみる。 「でもユキト成績良かったし、運動よりは勉強って感じだったじゃん。 結構こういう管理職っつーの向いてんじゃねーの?」 「うん、そうだよね。峰津院さんもユキトくんのこと、凄く頼りにしてるよ」 ダイチもイオも俺のことをそんな風に言ってくれるが、問題はそこじゃない。 俺は力無く笑う。 「デスクワーク自体は確かに嫌いじゃないけど、 その内容が国の行く末に直結してるとか、正直俺には重すぎる。 少し前までただの一般人だったし、今だって俺自身は大して変わってないんだから。 ……とは言っても、逃げてもいられないけどさ」 はぁと溜息を吐く。そう、俺が憔悴しているのは何もヤマトに会えない寂しさだけでは無かった。 様々な案件を目にして、それについて色々考えるのは中々に骨が折れる。 こんなことをヤマトは普通にこなしているのだと思うと感心する。 「あ〜、ま、まぁ頑張れユキト」 「何か力になれる事があったら、言ってね」 ダイチとイオの言葉にありがとうと俺は素直に礼を口にした。 「そういえば、何か用があって来たんじゃないのか?」 訊ねた俺に、そうだったとダイチが書類の束を渡してきた。 「一般人の目から見た復興状況とか悪魔による被害とか、そういうのをまとめた報告書? マコトさんに頼まれてたやつだけど、渡すのはお前でもいいよな」 「ああ、聞いてる。……これ、ダイチが1人で?」 「……新田しゃんにまとめてもらいました…」 「やっぱり」 「あ、志島くんもちゃんと手伝ってくれたよ…?」 「そそ、そーだよ!俺だって本気出したらこれくらいっ!」 「分かってる、お疲れ」 書類を受け取って喚くダイチを宥める。 それから俺は2人を昼食に誘った。 もう少し話したいし、いい息抜きになると思ったからだ。 2人は今の俺にとって癒しそのものだった。 普段とは違う俺の状態に気付いてくれたのか、2人は快く付き合ってくれた。 持つべきものは友達だ。 昼食後、2人と別れて業務に戻る。 黙々と書類に向き合っていると、携帯が着信を告げた。画面にはヤマトの名前。 逸る気持ちを抑えて深呼吸し、通話ボタンを押して耳に当てる。嫌な予感がした。 『ユキト、私だ』 久しぶりに聞くヤマトの声に、ぞくんと身体が震えた。 平常心、平常心、と心の中で呟きながら、お疲れと言葉を返した。 『ああ。そちらは問題無いか?』 「何も無さ過ぎて暇だ」 『フフ…それは何よりだ』 「そっちは手こずってる?」 『察しがいいな。視察は問題なく終わったが、悪魔への対処に時間がかかっている。 小物ばかりだが数が多い。わざわざ出向いたのだ、可能な限り始末して帰るつもりだ』 「応援は要らない?」 『フム……必要なのは駒よりも将だな。 君がいれば話が早いが、そういうわけにもいくまい。 かといって一般の協力者に助けを乞うほどでもない、あと2日もあれば片付くだろう。 それまで本局を頼んだぞ、ユキト』 「分かった」 では、そう言ってヤマトからの通話は切れた。 俺は携帯を耳に押し当てたまま暫く固まっていた。 我に返って、のろのろと通話ボタンを切る。 あと2日、俺は正気でいられるだろうか。口から出るのは溜息ばかりだった。 気付けば深夜になっていた。今まで何をしていたのか思い出せない。 夕食を食べたかどうかも分からない。 特に空腹ではなかったのでシャワーを浴びて寝ることにする。 手早くシャワーを済ませてベッドに俯せに倒れこんだ。身体は疲れているのに眠くは無い。 目を閉じると先程聞いたばかりのヤマトの声が脳内に響く。堪らなかった。 その時携帯が鳴り響く。緩慢な動きで携帯を手に取り確認せずに通話ボタンを押した。 『すまない、もう休んでいたか?』 申し訳なさそうな声が耳に届く。マコトだ。 大丈夫と告げると安心した様子が零した吐息から伝わってきた。 『任務は無事完了した、本局へは明日の朝戻る』 「お疲れ様」 『本来ならすぐに戻るべきだが…フミが慣れない討伐任務のせいか眠ってしまってな』 「フミって元々は研究局員だっけ、なら疲れただろうな」 『ああ。ところで、局長はもう戻られているのか?』 「連絡はあった。結構手こずってるみたいだ、あと2日ぐらいかかるって」 『そうか…ああ、長々とすまない、ではまた明日』 「おやすみ」 『お、おやすみ…』 マコトからの報告を聞き終えて、最後に挨拶を交わして通話を切った。 九州はそれ程深刻な問題は無かったようだ。 ぼんやりと携帯画面を見つめた後、再び俺はベッドのシーツに顔を埋めた。 マコトからの電話で少しは気が紛れたが、またじわじわと胸が苦しくなってくる。 早く満たされたい、声だけじゃ足りない。 「……やまと」 名前を呼ぶだけで視界が滲んだ。 <2>に続く