ジプスで働くようになって六ヶ月。月日は瞬く間に過ぎていった。 俺は三ヶ月目で行動部隊長を任されるようになり、それから更に三ヵ月後、 側近局員として正式に認められた。大和との約束通りに。 そもそもジプスの局員は各支局ごとに20人程度しかいないらしい。 支局は札幌、東京、名古屋、大阪、博多、別府の六ヶ所。 人知れず日本を護ってきたという組織としては、この局員数は心許ない。 理由として大きいのが上からの圧力。 ジプスは日本の霊的守護の為に必要だが、一般の人間にとっては脅威になりうる組織だ。 権力者達にとって、あまり力をつけられても困るということなのだろう。 他には適性値の問題もあって、ジプスは常に人材不足な状態であるとの事だ。 俺が半年で側近局員として認められたのは、少人数の組織故なのかもしれない。 もちろん周りを納得させるだけの成果を上げることは出来たとも思っているが。 大和の側近としての仕事は真琴に教わった。 真琴は大和の側近局員を務めて長いらしい。 主な仕事はスケジュール管理、内容は政治家や要人達との会食、会議等。 あとはいざという時の護衛、大和ならば1人でも対処してしまいそうだが。 大和はそれはもう俺を扱き使い始めた。初めのうちは真琴と交代でという感じだったが、 慣れてきたと大和が判断してからは、殆ど俺を連れ歩くようになった。 勿論そのことに不満は無い。大和の力になれることは嬉しい。 ただ俺の性格上、行動部隊長をやっていた頃の方が気が楽だった。 政治家というものを理解しているつもりだったが、実際に相対すると なんというか、俺も大和のように眉間に皺を寄せるのが癖になりそうだった。 交わされる会話は保身、保身、保身。 何人かの政治家と出会ったが、本当の意味で国の事を考えている人間は1人もいない。 一般人には手の届かないような豪華な料理を食べ散らかしている姿には溜息しか出ない。 そして何よりも不快なのが、セクハラすれすれのボディタッチだ。 正直目を疑った。会食が終わり席を立つ政治家達が、大和へ声を掛けながら馴れ馴れしく触れる。 肩に、手に、背中に。ぞっとした。確かに大和は綺麗な人間だが間違いなく男だ。 だというのに、その触り方は気軽なものでは無い。 そういう趣味でもあるのではないかと勘繰ってしまうような、嫌な触り方だ。 俺は動きそうになる身体を必死に抑えた。大和が耐えているのだから余計な手は出せない。 驚くことに、そんな風に大和に触れた男は俺に対しても同じ様に触れてきた。 1人や2人の話ではない。我ながら良く耐えていると思う。 初めてそれを経験した時は、政治家達が退席した後、思わず力が抜けて蹲ってしまうぐらいには 俺にとってショッキングな出来事だった。大和は小さな溜息を1つ落としただけだったが。 そんなことが何回もあり、不快さは変わらないが流石に俺も流せるようになってきた。 男の俺でこうなのだから女性である真琴はさぞ苦労したことだろう。 もしかすると大和は、女性であるというだけで軽んじられる真琴を慮ったのかもしれない。 大和自身は年齢が若いというだけで甘く見られているわけだが。 日本は年功序列というものが浸透している国であり、基本的には男社会だ。 俺自身そうと教えられて生きてきた。そうした意識を変えるのは容易ではないのだろう。 だがジプスで働くようになって、俺は年功序列や男社会というものが いかに意味のないものだったのかを思い知った。 大和の掲げる実力主義は、能力のある人間にとっては良いものだということを実感する。 才能があり、努力を怠らず、成果を上げ、それに見合った評価を得る。 それは生き甲斐になるし自分を満たしてくれる。でもそれは一部の人間のみなんだろうなとも思う。 俺は幸運だったのだろう。生まれながらの才能があって、努力が苦にならない理由もあって、 結果も出せた、そしてそれを認めてくれる人間もいた。それだけの話なのだ。 俺と違って大和は最後の1つ、見合った評価を得たことが無いのだろうなとふと思った。 そうでなければ大和ほどの人間が、こんな地下深くに隠された組織の局長のままでいる筈が無いだろう。 世界は理不尽だなと、大和の側近を務め始めて俺はそんなことを考えるようになった。 大和と二人で食事することも増えた。 会食では大和は一口も食事に手をつけることは無く、 俺は傍に控えているので、その場で食事をすることは無い。 その会食が夜だった場合は、終わった後にジプスの大和の私室へ招かれた。 翌日のスケジュールに余裕がある日はアルコールを楽しむこともあった。 お互いアルコールにはそこそこ強くて、回数を重ねるごとに飲む量は少しずつ増えていき、 大和も俺に対しては気が緩むのか、お互いほろ酔い気分になるまで飲む事もあった。 そうして俺は、大和の本心をその日聞くこととなった。 恐らく誰に告げることも無かっただろう、大和の心に根付く想いを。 「私は、価値ある人間が正しく評価される世を望んでいる。 今のこの世界は私にとって無価値なゴミ同然だ…お前も実際に見て、知っただろう? この国を担う人間達の腐敗した姿を。守るに値せぬクズばかり。 そして何を知ろうともせぬゴミが犇く社会。…ああ、そうだな、 そんな社会からお前を救い出せたことだけは、僥倖だった。 …私は、峰津院の血族は、この国の為に命を捧げることを強要されて生きる。 そのことに対して不満は無いが…何故あんな下卑たクズどもの為に頭を垂れねばならないのか。 何故世界は、これほどまでに腐っているのか…… フフ……皓稀、こんな事を考える私が可笑しいのだと思うか?」 淡々と、だが時折激しい感情を滲ませて語っていた大和が俺に問いかけてきた。 グラスに残っていたワインを呷った後、1つ大きく息を吐き出した大和と視線を合わせる。 空になった大和のグラスにワインを注いでやってから、俺は自分のグラスに唇をつけて目を閉じて考えた。 大和はずっと不満を抱いてきたんだろう、おそらく幼い頃から。 特別な環境で生きてきた特別な人間である大和は、政治等に携わる大人達がいかに醜いかを見てきた。 そんな大人達に染まることなく自身の矜持を貫いてきた大和にとって、 この世界で生きるのは苦痛でしかないと、そう叫んでいる。 大和は俺を救い出せたと言ったが、俺は今まで暮らしてきた世界のことはそれなりに好きだった。 だから本当の意味で大和を理解することは、俺には出来ないのだろう。 「大和は、可笑しくは無いよ。ただ、生まれた時代が間違っていたんだと思う」 俺は正直な気持ちを告げた。大和のような優れた人間が抱く想いとしては何も可笑しいことは無いと。 寧ろ、今までよく耐えてきたと思う。 切っ掛けさえあれば世界を自らの手で変える、そんな危うさを今の大和からは感じられたが。 「生まれた時代、か」 どこか諦観の入り混じった眼差しを向けて大和はぽつりと呟く。 大和のそんな顔を見たくはないが、どう言えばいいのか俺には思い浮かばない。 結局、生きてきた世界が俺と大和では違いすぎるのだ。 大和が望む世界の在り方を考えてみる。実力主義社会、能力のある、力のある人間が満たされて生きられる世界。 その世界では、能力の無いもの、力の無い弱い人間が犠牲となるんだろう。 今の世の中が大和のような強者を犠牲に成り立っているように。 「…結局、何かを犠牲にしなければ世界は成り立たないんだな」 小さく零した俺の言葉に大和はまるで肯定するように微かに笑った。 大和は自分の望む世界が何を犠牲にするのか理解しているのだろう。 もし大和が実力行使で世界を本気で変えようとしたら、その時俺はどうするのか。 答えは考えるまでも無かった。きっと俺は敵として大和の前に立つんだろう。 大和のことは好きだ、気持ちも解らないことはない、それでも止めると思う。 大和にそんな真似をしてほしくないという俺のエゴで。 それが大和に犠牲になり続けろと言っているのと同じだということを理解した上で。 あの夢を思い出す。大切な存在が差し出した手を取らなかった自分自身を。 きっとこういうことなんだろうなと思った。だから今の俺に言える事は1つだけだ。 「未来のことは約束できないけど、今は俺が大和の傍にいるよ。 俺と大和は、確かに良い世界とは言えないけど、この世界で出逢うことができた。 ―――それでも大和はこの世界を無価値なゴミだと思ってる?」 俺の声は静かに部屋に響いた。大和は真剣な表情で俺を見つめてくる。 その視線がふっと緩んだ。目を細めて、柔らかな笑みを見せる。 「……ああ、そうだな。君と出逢えたのだ、君が、私の傍にいるのなら、 このゴミのような世界でも―――私は、生きていける」 大和の返答は、じわりと俺の胸に染み渡っていった。 鼓動が大きく、速くなっていく。まるで愛の告白のようだ、なんて。 酔っているから思考が可笑しい方向にいってしまうんだ。 何度か頭を振ってから俺はグラスに残っていたワインを一息に飲み干した。 「……ん、あれ?」 意識が浮上する。テーブルに突っ伏していた身体を起こして何度か瞬きして、 俺は部屋の壁にある時計を確認した。 時間は午前3時を過ぎたところ。どうやら飲んでいるうちに眠ってしまったらしい。 正面に目をやると、椅子に座ったままの大和がいた。 顔を俯けて腕を組んで、大和も眠っているようだ。 今からでもベッドで眠った方がいい、そう思って俺は立ち上がり大和に近寄った。 声を掛けようとしてハッとする。傍に寄れば大和の表情が判る。 閉じた瞼、睫毛は長くて。整った鼻梁、薄く開いた唇は紅い。 俺はまだ酔っているんだと思う。いや、酔っていなくても最近の俺は可笑しい。 大和の傍に居ると鼓動が速くなる。大和が俺を必要としてくれる事が嬉しい。 側近になってからは殆どの時間を大和と共に過ごすようになって、 大和の存在が俺の中で何よりも大切な存在になっていた。 この気持ちは、とっくに友情の範疇を超えている。 大和は俺と同じ男だから、良い友人になれたらと、そう考えていた筈なのに。 駄目だ、と勢いよく頭を左右に振った。 気を取り直して俺は大和の肩に手を置いて名前を呼んだ。 「大和」 少しだけ肩を揺すると、直ぐに大和の瞼は開いた。ぼんやりとした様子で俺を見上げる。 非常にレアだ。―――ではなくて。 「……皓稀、………ああ、眠って、いたのだな、私は」 「うん、俺も寝てた。ベッドで休んだ方がいい、立てる?」 俺が促すと、大和はゆっくりと立ち上がって奥へ歩いていこうとした。 ぐらりと身体が揺れて、素早く腕を掴んで大和の身体を支える。 すまない、と口にした大和に頷いて、大和を支えながら一緒にベッドへと向かう。 ベッドの端に腰を下ろさせて、俺は大和のブーツの紐を解いて靴を脱がせた。 流石に今日はお互い飲みすぎたらしい。俺も動くたびにくらくらする。 会話の内容もなかなか重いものだったし、大和も色々溜まっていたんだろうなと思う。 「明日…もう今日か、予定は午後からだから偶にはゆっくり休んで、大和。 それじゃ、俺は部屋に戻るよ」 ぼうっと座ったままの大和にそう告げて、俺は部屋を出ようとした。 そんな俺の背中に大和が声を掛けてきた。 「ここで、休めばいい」 え、と振り返った俺の腕を大和が掴んで、驚くほどの強さで引っ張られた。 勢いのままに俺の身体はベッドへと沈む。大和の身体を下敷きにして。 「っ、ごめんっ!」 慌てて身体を大和の隣へずらすと、喉奥で笑う大和の声が室内に響いた。 「フフ、君と眠るのは、初めてだな」 そう言って微笑む大和の顔が、近い。 大和の吐息が俺の唇に触れて、胸に熱いものがこみ上げてくる。 必死に抑えていた感情が理性の殻を破る音が、聞こえた気がした。 ほんの少し顔を寄せるだけでよかった。大和の唇に、自分の唇で触れた。 それは掠めるだけのものだったが、俺は間違いなく大和にキスしてしまった。 直後に我に返って、大和の反応を見るのが怖くて俺は起き上がろうとした。 そんな俺の行動よりも、大和の行動の方が速かった。 気付いた時には大和に組み敷かれて、そのまま唇を重ねられていた。 何が起こったのかすぐには理解できず、俺は少しパニック状態に陥って大和の下でもがいた。 先程の掠めるだけのキスでは無い。誤解しようのない、本格的なキスだ。 唇を押し付けて、舌でなぞられて。 息苦しさに開いた唇を割って大和の舌が口内に潜り込んできて、俺の舌を絡めとって強く吸われる。 ぞくんと腰が痺れた。気持ちがいい。熱い。いつの間にか俺も夢中で大和の舌に自分の舌を絡めた。 大和の手のひらが、俺の身体を弄る。 シャツのボタンをいくつか器用に外して、そこから手のひらが忍び込んでくる。 ひやりとしたのは一瞬で、すぐに俺の体温が大和の手を温めて馴染ませた。 大和の太腿が、膝が、俺の両脚の間を絶妙な力加減で刺激してくる。 そんな風にされたら駄目だ、忙しかったり疲れたりで最近はずっとご無沙汰だったせいか、 俺の中心は直ぐに熱を持って硬くなった。 自分の太腿に当たる感触で大和も兆していることが分かって、自分だけでないのがせめてもの救いだった。 流石に息苦しくなって大和の背中に回した手で爪を立てると、ようやく唇が解放された。 ぜいぜいと呼吸していると大和の唇が今度は首筋に下りて、きつく吸い付かれる。 ん、と甘ったるい声が聞こえた。あれ、と思ったがどうやら自分の喉から出た声らしい。 大和の動きに遠慮が無くなる。胸元を彷徨っていた手が下へと動いて、下着と一緒にズボンをずり下げられる。 そして露わになった俺の中心に大和の指が絡んできた。 「っ!…ぅ、あぁ…っ」 上がる声を抑えることは出来なかった。電流が走ったように身体が跳ねた。 ぞくぞくとせり上がってくる快感に可笑しくなりそうで、力なく頭を振る。 「あ、ぁ…っ、や、まとっ」 縋るように名前を呼べば、大和はまた俺に口付けてきた。口付けながら俺の名前を呼ぶ。 「こうき」 その声が甘くて堪らなくなる。乱れているのが自分だけのようでそれが悔しくて、 俺も手を伸ばして大和の下肢を撫でた。ひゅ、と大和が息を呑んだのが判って、 そのまま前を寛げて熱を持った大和自身を下着の中から取り出して柔らかく擦った。 「ふ、…っ、こう、き」 大和の声が気持ち良さそうで、それに安心して先端を擽ればじわりと湿ってきて、 それを全体に塗りこめるように手を動かせば、俺の熱を弄っていた大和の手の動きも激しくなる。 「あっ、ぁ、は、ぅあ」 ひっきりなしに上がる俺の声と、大和の荒い息遣いと、濡れた音が鼓膜を震わせる。 ぐり、と一際強く先端の窪みを抉られて、ひぁ、と悲鳴のような声を上げて俺は吐き出した。 その瞬間手に力が入ってしまって、それが刺激となって大和も切なげに眉を寄せながら俺の手を濡らした。 吐精したことで身体から一気に力が抜けて、俺は目を閉じてベッドに沈んだ。 大和もどさりと俺に覆い被さってくる。正直、重い。重いけど、大和の体温が気持ちいい。 大和の匂いに包まれながら、俺は抗うことなく意識を手放した。 <4>へ続く