「ユキトくん、最近色っぽくなったねぇ」 へらりと笑いながら落としたジョーの爆弾は、隣のダイチの喉を詰まらせ ジョーの隣のジュンゴをきょとんとさせた。 「ちょ、ちょっと何言っちゃってんのよジョーさんんんん!!!!」 「いいからダイチ、落ち着けって。ほら、お茶」 「ジュンゴ、良く判らないけど、ユキトは良い男だね」 「あ〜、うん、良い男でもあるかぁ。フェロモン出てるよね、フェロモン」 「フェロモン?」 「ジョーさん!ジュンゴに変な事吹き込まないで!!」 「えーっと、俺ってそんなにフェロモン出てる?」 「ユキトも悪ノリすんなっての!!!」 一頻り騒いだ後(主にダイチが1人で喚いていたが)ここがジプスの食堂で、 周りにジプスの局員がぱらぱらいる事に気付いて、ひとまず落ち着こうと皆でお茶を飲んだ。 ダイチとはわりと頻繁に会っていて、今日も大阪本局に来ていたダイチとジプスの食堂で昼食をとっていると、 悪魔に関するあれこれでジョーとジュンゴも珍しく大阪本局に来ていて食堂で鉢合わせたので、 4人で一緒に御飯を食べつつ雑談していたのだが、どこからそんな流れになったのか、 ジョーがぽろっと零した言葉が先ほどの騒ぎに繋がったのだった。 何故ダイチがこれ程までに過剰に反応するのか。 それは俺がヤマトとの関係をダイチにだけはきちんと説明しているせいであり、 ジョーはダイチに対して出会った当初からその手の話でからかい続けているせいでもあるのだろう。 その手の話というのは、所謂男同士のソレだ。 大げさに反応するからジョーが面白がるのだということをダイチは気付いてもいいと思う。 横で見ている分には楽しいので、助言はしないが。 そもそも親友である俺がそっちの道に行ってしまったので、そろそろダイチも慣れてもいいのにな、 そんなことを考えながらお茶を飲んでいると、 「………ユキト、ヤマトの匂いがするね。色っぽいってそういうこと?」 今度はジュンゴが爆弾を落としてきた。 これには俺も驚いて目を瞬かせる。 隣のダイチを見ると顔を真っ赤にしていた。一体何を想像しているのか。 「……ヤマトの匂いがする…って?」 「ん、ジュンゴ、板前。鼻は良い。ユキトとヤマト、仲良しだから匂い移った?」 俺の問いかけにジュンゴはそう言って首を傾げる。 ジョーは腹を抱えて笑いを噛み殺していた。他人事だったら俺も笑っただろう。 そうかも、と適当に答えて俺はお茶を飲もうとして、空になっていたので隣のダイチの分を奪った。 薄々思っていたが、ジョーには俺とヤマトの関係は見抜かれているのだろう。 因みに俺とヤマトの関係を知るのは一応ダイチだけだ。 ヤマトの俺に対する執着だとか、俺も大抵ヤマト贔屓な事だとか、その程度のことは周知の事実であるが、 男女の関係に近いということは、気付いている人間は気付いているだろうが、はっきりと名言したことは無い。 別に言い触らすような事でもないからだ。知らないほうが良いことも世の中には沢山ある。 知られたら知られたで俺もヤマトも気にはしないだろうが。 ジョーは気付いている人間で、ジュンゴは普通に仲が良いと思ってくれている人間だということが良く判った。 「や〜あはは、なるほどねぇ。ユキトくんが色っぽいのは峰津院の匂いのせいかもね〜」 「だからジョーさん、そういう言い方ヤメロっての!ヤマトに聞かれでもしたら」 「私に聞かれたら、何だというのだ、志島?」 ジョーとダイチがまた不毛な会話を始めるかという所へ、地を這うような低音が2人の会話に割って入ってきた。 「お〜、峰津院、さっきぶりだねぇ」 「ひっ」 「ヤマトも御飯、食べる?」 「ヤマト、顔、怖いって」 いつの間にか俺達の座るテーブルの傍で仁王立ちしていたヤマトが腕を組みながら、 ヤマトが現れたことで反応を返すジョー、ジュンゴ、俺のことは無視してダイチを睨む。 ダイチはすっかり蛇に見込まれた蛙状態だ。 「志島」 「べっ、べべべべつにっ、俺が話してたんじゃなくて」 「そうそう。ユキトくん、最近色っぽいね〜って話してたんだよ。峰津院もそう思わない?」 「……何?」 「あと、ユキトくんから峰津院の匂いがするね〜とかジュンボが」 「うん、ユキトと仲良しだね、ヤマト」 「って何話しちゃってんの!!」 ヤマトに睨まれて口籠るダイチを助けるためか単に楽しんでいるだけか(恐らく後者だろう) ジョーが口を挟んで、その上ジュンゴまで巻き込み、ダイチは青褪め慌てふためいている。 ヤマトはというと眉間に深く皺を刻んで黙って佇んでいた。 怒っているというわけではなく、ただ不可解だというだけなのだろう。 そろそろお開きかな、と俺が立ち上がる前に、ダイチが飛び跳ねるように立ち上がって、 「ユキト、後は任せた」 真剣な顔つきでそう呟くと、ヤマトが声をかける間もないぐらいに素早い行動で食堂から走り去った。 「ダイチ、お手洗い?ジュンゴもそろそろ行くね。またね、ユキト、ヤマト」 ジュンゴもいつも通りのマイペースさで俺とヤマトに別れの挨拶を告げて、のんびり食堂を出て行った。 「なんかバタバタしちゃったね〜、じゃ、おじさんもそろそろ」 ジョーも立ち上がり、ふと思いついたように俺の傍まで寄ってきて、耳元に顔を寄せてきた。 ヤマトの眉間の皺が深くなるのが見えて、後のフォローに頭を痛めつつジョーに意識を向けると、 ジョーは俺の項を指先でとんとん、と突きながら、俺だけに聞こえるように囁いた。 「ここ、キスマーク」 言われて思わずジョーを凝視した。ジョーはしてやったりな顔で笑いながら、 「髪の毛で隠れてるけど、気をつけないと見えちゃうよ〜俺は目聡いからね」 そんな言葉を残して、ひらりと片手を振って食堂の出入り口へと歩いていった。 ヤマトが渋面でジョーを見送った後、俺に視線を向けてくるが、俺はそれどころではなかった。 何度も言うが、俺はヤマトとの関係をひけらかす気は全く無い。 いつ付けられたのか記憶に無い。昨夜は何もせずただ一緒に眠っただけだ。その時か? そこまで考えて、俺はヤマトにニッコリ笑いかけた。 「ヤマト、部屋で話そうか」 それだけ言って俺はヤマトの返事を聞く前に先に歩き出した。 最上階への直通エレベーターに乗り込む。ヤマトが乗ったのを確認して、エレベーターのドアを閉じた。 エレベーターの中、俺は無言で佇んでいた。ヤマトも俺のただならぬ気配を察したのか同じ様に無言だ。 ポーンと到着音が鳴ってエレベーターは最上階のフロアに止まった。 迷わず俺はヤマトの部屋に向かう。 ヤマトに目だけで促して、ドアのロックを解除したヤマトを押し込むようにして一緒に部屋に入った。 「ヤマト、ソファーに座って」 俺の言葉にヤマトは黙ってそれに従った。ソファーに腰掛けたヤマトの背後に回る。 そして項にかかる髪を払い、躊躇い無く俺は剥き出しになったヤマトの項に顔を寄せて思い切り噛み付いた。 「―――っ」 堪えきれなかったヤマトの呻き声が耳に届いて、少しやりすぎたかとゆっくり顔を離すと、 白い項にくっきりと俺の歯形が刻み込まれていた。うっすらと紅く染まっている。 それを指でなぞりながら、俺はヤマトに聞かれる前にこの行動の意味を伝えた。 「さっきのジョーの話、あれ、俺の記憶に無い、項のキスマークが原因だからな」 しっかり心当たりがあるのだろう、ヤマトは苦笑を零したようで、 「秋江か。分からぬように付けたのだがな」 そう呟いてから振り返って俺と視線を合わせた。 「別に付けるなとは言わない。もう黙って付けるなよ。  ヤマトが付けた痕を自分が知らないのに他人に指摘されるの、かなり複雑な気持ちになる」 「解かった。悪戯心だったのだが、君の報復が怖ろしいことが身に沁みた」 「よろしい。ごめん、やりすぎた」 とりあえず自分の気持ちはヤマトに伝わったと見て、俺は満足気に頷いた後、素直に謝った。 謝罪の意を込めて優しくヤマトの項を手のひらで撫でて口付ける。 「気にするな。君に付けられるならば、傷痕も悪くはない」 ヤマトが嬉しげに呟くので、俺も嬉しくなって歯形の隣に強く吸い付いてキスマークも残してやった。 やらかしちゃった後は主人公の雰囲気が微妙に変わるだろうな〜とか。