「ヤマト、口、開けて」 唐突な俺の言葉にヤマトは1つ瞬きしてから素直に小さく口を開いた。 親鳥が雛に餌を遣るのと似てるな、と思いながら 俺はヤマトの口内に小さな黄色の球体をそっと含ませた。 「……これは?」 「ヒナコからの御裾分け。『これ、ヤマトの分な』って貰ったやつだからちゃんと食べて」 「………九条は相変わらずのようだな」 球体――飴玉をからりと口内で転がしながら俺の説明を聞いたヤマトは、 少し眉間に皺を寄せたが納得したようだ。大人しく口内の飴玉を味わっている。 先ほどのヤマトの反応からすると、ヒナコに食べ物を貰うのは初めてでは無さそうだ。 ヒナコは物怖じしないタイプだ。出会った時からヤマトに対しても遠慮がなかった。 ヤマトもたこ焼きに魅せられてからは市井の食べ物にも関心を抱いているので ヒナコからの好意をそれなりには受け入れてきたのかもしれない。 その様子を想像して、微笑ましいなと感じながら俺も自分の分の飴玉を含んだ。 黄色の飴玉はレモンの味がした。 本物のレモンと違い甘みが強いので、レモン風味というのが正解かもしれない。 「ファーストキスはレモン味って言うけど、あの時寝惚けてたし味は判らなかったな…」 「何だ、それは」 無意識に呟いた俺にヤマトが疑問の声を投げかけてきた。 「ヤマトは知らない…よなぁ。俺も理由は知らないけど、そう言われてるんだよ。  俺のファーストキスは、記憶にない小さい頃を除いたら、  間違いなくお前に寝込みを襲われたあの時だから、ちゃんと味わえなくて残念だったと思って。  ヤマトは憶えてる?ファーストキスの味」 俺はさらっと答えて、気になったのでヤマトにも質問してみた。 途端にヤマトの表情は険しくなる。不快感を隠さずに一言、 「不味かったな」 腕を組んで、そう吐き捨てた。 俺との関係以前に性行為の経験があることは聞いていたので、 キスも俺が初めてじゃないんだろうなとは思っていた。 ヤマトは俺にベタ惚れしているので、この感想は俺に向けたものでないことは確かだ。 ヤマトが言っていた『寝所を共にした女』と交わしたキスへの感想なのだろう。 ほんの少しだけ顔も名前も知らないその人達に同情する。 そしてほんの少しの優越感がじわりと心を満たす。 「酷いな」 それでも少し咎めるようにヤマトに告げるが、頬がだらしなく緩んでいることは自覚している。 フンと鼻を鳴らしてヤマトは、思い出したのか苛立たしげにがりっと音を立てて 口内で転がしていた飴玉を噛み砕いた。 「最低限の接触しか許していなかったが、時々思い違いをするクズがいたのだ。  アレは紅でもさしていたのか、不快でしかなかった」 顰め面でそこまで言ったヤマトは、黙って聞いていた俺をじっと見つめてきた。 なんとなくこの後の言動が予想できて、俺は少し身構える。 ヤマトは今までの不機嫌な顔が嘘のようにふわりと微笑む。そして、 「君との口付けは、初めも今も変わらず甘く、心地良い」 恥ずかしげもなく言い切った。 何度となく言われてきているが、何度聞いても照れる。 いつの間にか雰囲気も甘いものになってきている。 『…ま、いいか』 自分自身もその気になってしまったので、俺は自然にヤマトとの距離を詰めて、 「ファーストキスじゃないけど、今なら確実にレモン味だな」 口内の飴玉はそのままに、ヤマトの唇に自分の唇を押し付ける。 俺の身体を受け止めて、ヤマトは直ぐに唇を割って舌を挿し入れてきた。 ヤマトの舌が俺の口内にある飴玉を転がす。 俺も同じ様に舌で飴玉を転がしながら、ヤマトの舌先にも触れる。 飴玉が小さくなって砕いて飲み込むまでキスを続けて、唇を離した時にはお互いの唾液でべたべたになっていた。 ヤマトは俺の顎を伝う唾液を指先で拭って、ぺろりと直接顎に舌を這わす。 「…早く忘れられるといいな、ファーストキス」 割と本気で俺が言えば、 「では、君が忘れさせてくれ」 ヤマトはにやりと笑って再び顔を近付けてくる。 「いいよ」 簡潔に一言だけ口にして、俺は近付くヤマトの唇を受け入れるため目を閉じた。 重なった唇はまだレモンの味がした。 ちゃんと私室で2人きりです。