『私はお前を、もっと早くに探さねばならなかったのかもしれんな』 それは峰津院大和が抱いた、人間らしい感情であり。 『きっとまた、会える』 それは久世響希が抱いた、切なる願い。 その想いの果てに、2人は7日間の記憶を保持したまま復元された世界で再び出逢った。 7日間の記憶が蘇った時、響希が何よりも真っ先に確認したかったのは大和の存在だった。 抱きとめた命の重さ。失われていく体温を思い出す。 『俺がヤマトを……殺した』 止まってほしいという響希の懇願は大和には届かなかった。 大和は殺せと響希に言った。『友達』ならば、殺せと。 酷い話だ。けれど響希は結局、大和の言葉通り彼を力で捻じ伏せた。 本当は自分を止めてほしいのだと、そんな大和の心の叫びを聞いた気がしたから。 響希の止まってほしいという懇願が届いたからこその大和の決断だったのだと今なら解る。 大和に会わなければいけない、強い想いに突き動かされるように響希は駆ける。 大和の命は強化ターミナル上という異質な場所で尽きた。不安だった。 復元された世界に峰津院大和は確かに生きているのだろうか、と。 無我夢中で走り続け辿り着いた国会議事堂で、その不安は喜びと切なさに塗り潰された。 国会議事堂の門からリムジンが滑り出てくる。 門前で警備員と揉めていた響希の目の前でゆっくり停車する。 後部座席に腰をおろす青年が、響希を見た。 息が、詰まる。ヤマト、と青年の名を呟いた響希に、 「いや、私に、友達などいないさ」 そう言って柔らかに微笑んだ。 その左頬には傷痕。 響希は全てを理解した。 意地の悪い返答、だがそれは、青年が響希を憶えているからこそなのだと。 響希の知る青年――大和は、きっと、知らない相手にあんな風には微笑まない。 走り去っていくリムジンを見送って、こみ上げる感情のままに響希は泣いた。 「良かった、ヤマト……っ」 大和は生きていた。そして自分と同じ様に憶えていた。 喜びだけではない、様々な感情が入り混じった涙を零しながら響希は思った。 また出逢うことは出来た。大和が憶えているのなら、自分たちは今も友達だ。 最期の時、大和1人が背負わなくていいのだと告げた。 自分は友達として、大和の為に何が出来るのだろうと。 落ち着いてくると自分と大和の立場の差を痛感する。 普通の友達になりたいと思った。だが、それは本当に可能なのだろうか。 大和の声を思い出す。『友達などいない』その言葉を選んだ大和の立場を思う。 それでも響希は、考えようと思った。 7日間の記憶を持つ意味を。大和を独りにしない為に。 差し伸べた手を、嘘にしない為に。 こんな日を迎えることが出来るとは思いもしなかった。 大和は静かに走るリムジンの中、左頬に刻まれた傷痕をなぞりながら口元を緩ませる。 7日間の記憶が蘇ったのはつい先程。 国会議事堂を出る前に、側近である迫真琴に頬に残る傷痕を指摘された。 痛みは無く、怪訝な顔をした大和に真琴は手鏡を差し出した。 受け取り確認すると、大和の頬には一筋の紅い傷痕。 記憶に無いその傷痕を眺めているうちに、強い眩暈に襲われ膝を着いた。 心配する真琴を手で制し、すぐに立ち上がる。 手鏡を返し何事も無かったかのように歩き出した大和に真琴も黙って付き従った。 『そうか、ヒビキの願った通り、世界は復元されたか』 心中で大和は呟く。眩暈の直後、大和の中に7日間の記憶は蘇っていた。 初めに脳裏をよぎったのは頬への傷を受けた瞬間。 そこから時間は前後しながらも、7日間の出来事を大和は全て思い出した。 絶命の記憶も生々しく大和の中に存在していて不思議な感覚だと思う。 自分の今までの生き様を顧みれば相応しくない、安らかな死だった。 独りで生きて独りで死ぬのだと決めていた自分が、誰かの腕の中で死ねるのだとは思わなかった。 それを幸福に思える自分がまた不可解であり、だが不快ではない。 『探さねばならんな…』 久世響希。たとえ彼に記憶が無くともその存在を確かめなければ、 そう大和は心に決めて、リムジンに乗り込んだ。 そして先程、再会は果たされた。 自分の名を呟いた響希の姿を見た。自分に会う為にここまで足を運んだのだと解った。 響希も同じ様に全てを憶えている。そう理解した瞬間、温かいものが大和の心を満たした。 だが大和は自分の立場を忘れてはいない。 自分は秘匿されるべき存在であり、響希は一般人。 他者の目があるこの場では、大和は知らぬふりをするべきなのだと解っていたが、 感情を隠すことは出来なかった。響希が気付くように言葉を選ぶ。 口元を緩めて微笑むと、響希ははっとしたように目を見開いた。 それで伝わったのだと充分に分かって大和は満足した。 今度は自分の方から響希に歩み寄ろうと大和は考える。 響希の言う『友達』というものがどんなものなのか大和にはまだ解らないが、 きっと響希がそういった大和に足りないものを教えてくれるのだろう、 そう思うと、いままで不要と切り捨ててきた物も悪くはないのかもしれない、 そんな風に感じられることが今の大和には心地良かった。 夕闇が迫る中、国会議事堂から駅へと向かいながら響希は物思いに耽っていた。 これからどうやって大和と関わっていくのか。 そういえば連絡手段も無い。響希に出来ることと言えば、 こうして国会議事堂まで足を運ぶことぐらいしか無く、 かといって会えるかどうかも分からないまま通っていては 不審がられることは目に見えている。 帰宅して、就寝時間になってもそれは響希の頭を悩ませ、 なかなか寝付けないまま翌日の朝を迎えていた。 いつも通り学校へ行って授業を受ける。 授業中はずっと上の空で、気付いた時には放課後になっていた。 親友の志島大地と、すっかり仲良くなった新田維緒、 3人で会話しながら帰宅する為、校門へと歩く。 「あれ、なんか騒がしくない?」 大地がそう言って校門の方を見る。 維緒も本当だねと相槌を打って同じ様に視線を向けた。 響希も顔をそちらへ向けると、昨日からずっと頭の中を占めている人物がそこにいた。 間違いなく大和だ。響希は信じられない思いで数回瞬いた。 流石に目立つと思ったのか、ジプスのコート姿では無かった。 黒いシャツ、黒いズボン、上に羽織る淡い色のジャケットはカジュアルなものだ。 だがそうした格好でも大和は目立っていた。仕方が無いのかもしれない。 大和の容貌は整っているし、一般の人間には持ち得ない風格がある。 大和は眉を寄せて佇んでいたが、ふと、視線が動いた。 響希と目が合う。ヤマト、と名を呼びかけた響希に大和は僅かに首を振って、 そうして踵を返した。背中を向けて去っていく大和を見て響希は意図を察した。 「ごめん、今日は先に帰るよ!」 大地と維緒に謝る。維緒は吃驚した様子だったが大地は付き合いが長い分、 「おう!後でちゃんと説明しろよなー!」 それだけ言って響希の背中を押してくれた。 手を振って答えて響希は駆け出した。校門を出ると大和の背中が見えて、急いで追いかける。 角を曲がった所で、その先にリムジンが止まっているのが見えた。 大和はリムジンの傍で立ち止まって振り返った。響希に真っ直ぐな視線を向ける。 そして後部座席へと姿を消した大和に続くように、迷わず響希も身体を滑り込ませた。 リムジンの中には運転手と大和しかいなかった。 大和は運転手に行き先を告げた後は口を閉ざしたまま、隣に座った響希も倣うように黙っていた。 程なくして目的地に着いたのか、リムジンが停車する。 大和に促されて降り立った響希は、また目を瞬かせた。 大和は運転手に何事か告げると、リムジンは音も無く去っていった。 「何をしている、入るぞ」 大和は躊躇い無くそこへ足を踏み入れる。 辿り着いたそこは、いかにも高級そうな、上品な料亭だった。 個室に通されて、テーブルに所狭しと美味しそうな料理が並んでいくのを視界に入れながら、 響希は大和に一言断りを入れて家に電話して、親に外食してくるとだけ告げた。 電話の向こうから小言のようなものが聞こえてきたが適当に返して通話を終える。 「そうか、先に伝えておくべきだったな」 大和の言葉に、気にしなくていいと小さく笑って、改めて響希は大和と向き合った。 食事の支度は済んだらしい、ごゆっくり、と仲居が声をかけて個室の戸を閉める。 2人きりになったところで、 「昨日ぶり、だね。ヤマト」 響希は噛み締めるように大和に語りかけた。 大和は答えるように口元に笑みを浮かべて、 「まずは食事を。口に合えばいいが」 そう言って席に着いた。響希も向かいに腰を下ろす。 「……ここ、高いよね…?」 ずっと気になっていたことを恐る恐る聞いた響希に大和は笑う。 「心配せずとも私が支払う」 何も問題はないと言った大和に響希は安堵の息を零したのだった。 食事を終えて、食後のお茶を飲んで。 「ヤマト。君とまた会えて、良かった」 響希はずっと伝えたかった気持ちを大和の目を見ながら告げた。 大和の目がまるで眩しいものを見るように細められる。 ヒビキ、と大和の声が部屋に響いた。 「…お前は私に、普通の友達になろう、と言ったな。 だが私はお前が言う『普通』の人間ではない。 峰津院であるかぎり、生き方を変えることはない。 こうして、ただ会って話す、 それだけのことに、これほどの手間がかかる。 常に私の都合に合わせてもらうことになる。 ヒビキ、お前はそれでも私と友達になろう、と言えるのか?」 大和が告げた言葉は最後の確認のようだった。 響希が少しでも躊躇う素振りを見せれば、大和はまた独りを選ぶのだろう。 だから響希は力強く答える。 「何度でも言うよ、ヤマト。 君が会いたいと思ってくれるなら、俺の方から会いにいってもいいんだ。 俺が心配なのは、それがヤマトの負担にならないかってことだけだよ」 今日のように多忙であろう大和が響希と会う為の時間を作ってくれたことは 響希にとっては嬉しいことだが、それが大和の負担になっていては意味が無いと思う。 響希の答えに大和はそうか、と呟くと、ふっと笑った。 「ならば、何も言うまい。 煩わしければ、そもそもお前とこうして会おうとも思わない」 大和の表情は穏やかで、その言葉に嘘は無いと信じられて、 響希はやっと肩の力が抜けたように感じた。 「良かった。じゃあさっそくだけど、ヤマトの連絡先、聞いてもいい?」 響希は携帯を手にして大和に聞いてみた。 もしかすると無理かもしれないと思っていたので、 構わないという返答と共にあっさりと個人で使う携帯番号を告げられて、 響希は驚きつつもその番号を自分の携帯に登録した。 同じ様に響希は自分の携帯番号を大和に告げる。 「もしかして、もう知ってる?」 大和ならそれぐらい調べるのは簡単だろう、と軽い気持ちで聞いてみると、 「調べることもできたが、お前は嫌がるだろう」 そんな答えが返ってきて、だから今日のような学校訪問に至ったのか、 と思うと響希は嬉しくなった。 大和も色々考えてくれたのかもしれない。自分が思い悩んだように。 少しずつ心を開いてくれているようで、くすぐったくも温かい気持ちになれた。 「そういえば、憶えているのってやっぱり俺達だけなのかな? ダイチと新田さんは憶えていないみたいだったけど」 7日間の記憶を持っているのは自分達だけかもしれない、 響希は漠然とそう感じていたが、念のため大和にも聞いてみた。 大和は思案するように顎に手を添えて、口を開いた。 「確認したわけではないが、ジプス内で憶えているのは私だけのようだ。 ここからは推測だが、本来ならば世界の復元と共に記憶は失われる筈だった。 だが私とお前は世界が無に呑まれた後も、強化ターミナル上で暫く生存していた。 そこはポラリスとの謁見の場に繋がる場所だ。我々にだけ何らかの力が働いたのかもしれない。 あるいは…霊力の強さの問題かもしれないが」 大和の言葉に響希は納得する。 どんな理由にせよ、あの戦いの記憶を持っているのが自分だけではなく、 大和が忘れずにいてくれて良かったと思う。 それが響希の勝手な想いであることは理解しているが、 お互いに記憶があるからこそ、今こうして話すことができるのだから。 まだまだ話したいことはあったが、あまり時間もないだろうと響希は最後に ずっと気になっていたことを聞いた。 「ヤマト、その傷…」 「ん、ああ…お前との戦いで受けた傷だな」 響希の声に大和は幸せそうな顔で頬に刻まれた傷痕を撫ぜた。 「私はこの傷のおかげで、全てを思い出せた」 「そうなんだ。俺は初めて死に顔動画を見た駅のホームで思い出したんだけど。 傷、痛くない?」 「痛みは無いな。……お前が気にすることはない。 私は感謝している。この世界には、まだ私に勝てる者がいたのだと。」 「…俺はもう、嫌だよ」 「ヒビキ?」 「―――ごめん。誰も死なせたくない、そんなことを言いながら、 俺は、君を、殺してしまった。」 綺麗な肌に走る、紅い傷痕。 大和は言葉通り気にしていないことが分かった。 それでも、深くに抑え込んでいた後悔が響希の内から溢れ出し、言葉になった。 唇を噛んで俯く。涙は堪えた。そうだ、今、大和が生きているのだとしても、 自分が犯してしまったことを無かったことにしてはいけない。 「……顔を上げろ、ヒビキ」 凛とした大和の声に、静かに顔を上げる。 大和は真剣な表情で響希を見つめていた。 「お前が甘い人間であることを理解しながら、私はお前の手にかかって死ぬことを望んだ。 だが、厳密に言えばあれは時間切れだった。私の死は、龍脈の力の酷使によるものだ。 だからヒビキ、お前の手は、私のように汚れてはいない。 数多の血で穢れた私が、死の間際に感じたのは安らぎだった。 私はお前に感謝している。………だから、もう、泣くな」 「―――――ぁ」 頬を滑り落ちる、濡れた感触に、響希は自分が泣いていることを知った。 大和の言葉が真実かどうかは響希には解らない。 ただ解るのは、大和の優しい気持ちだけだった。 大和自身はそんなつもりはないのかもしれないが、きっとこれが大和の本質だ。 何故気付かなかったのだろう。頑なだったのは大和ばかりではなく、響希もそうだった。 すん、と鼻をすすって手のひらで涙を拭う。すっかり涙腺が弛んでしまった。 はぁっと息を吐き出して、響希は意を決して大和を見た。 大和は随分と困惑した表情で響希を見ていた。 「…呆れた?」 響希が小さく問いかけると、 「……いや。慰めたい、とは思ったのだが、どうすれば良いか私には分からない。 ヒビキ、私に関することで、お前が心を痛める必要は無い。」 大和は迷いながらもそんなことを口にした。 色々堪らなくなって響希は笑った。 多分泣き笑いのようになっているだろうとは思ったが、笑顔を見せた。 大和と分かり合いたい。どれだけ時間がかかっても、 大和のことをもっと知りたいし、自分のことも大和に知ってもらいたい。 そんな想いを込めて響希は微笑む。 伝わったのかどうか解らないが、大和も薄く笑んでくれた。 こうして響希と大和の交流は始まった。 とは言っても大和は多忙である為、時折共に食事をする以外は携帯でやり取りすることが多かった。 大抵は響希が夜眠る前にメールを入れて、それに対し大和は急ぎの仕事がある時はメールを返して、 時間に余裕があれば電話をかけて暫し会話を楽しんだ。 大和は少しでも話せればと響希の就寝時間に合わせて仕事を調整した。 そうすると響希は邪魔になっていないかと大和を心配するので、そんな気遣いは不要だと大和は小さく笑う。 話す内容は何気ない日常のことであったり、お互いの個人的な嗜好のことであったり。 以前の大和であれば無駄と切り捨ててきた、時間の浪費でしかないような、雑談というもの。 それを得難いものだと今の大和は感じていた。 そして響希と会話することで、大和は1つ悟った。 響希はこちら側に来るべきではないと。 素質は変わらずあるだろう。大和と並び立つ程の素質だ。 だが、響希はどこまでも市井の人間だった。 些細な事で喜び、怒り、哀しんで、楽しむ。 あの7日間でも何度も言っていた。望んだ力ではない、望んで戦っているわけではないと。 響希の望み通り自分達は普通の友達であればいい、大和はそう思う。 再び審判の日が始まらない限り、響希は優しい世界で生きていけばいいと 大和は生まれて初めて他人のために想った。 そうして過ごしているうちに季節は冬になる。 大和は、ある1つの過去を思い出し、響希と共にそこへ訪れることにした。 リムジンから降りて少し歩くと寺が見えてくる。 「もしかして、お墓参り?」 突然の呼び出しの上に行き先を告げないままここまで来た大和の隣を、 既に慣れたのか文句1つ言わずについてきていた響希は、そう問いかけた。 大和の手には花束が握られている。白い菊。それは供華に見える。 大和は自嘲気味に薄く笑って、 「そのようなものかもしれないが、私に参られても迷惑だろうな」 それだけ言って口を噤んだ。 響希もそれ以上は追求せずに黙って歩くことにした。 辿り着いたのは寺の中にある墓地。 墓石には『水神』と刻まれている。 大和は持っていた菊の花を墓に供え、その前で佇んだ。 響希は手を合わせた後、そっと隣の大和を見つめて、 「…どんな人のお墓なのか、聞いてもいい?」 そう言葉にした。 大和は特に感情を交えることなく、 「私に挑み敗北した男と、その男に利用された息子の墓だ。 どちらも私が、殺した」 淡々と事実を口にした。 響希は僅かに息を呑んだが、目を閉じて大和の次の言葉を待った。 響希にはもう分かっていた。 大和は、直接手にかけていない場合でも、相手の死の原因が自分にあると判断した場合、 自分が殺した、とその責任を背負うことを。 この墓の親子の命を、大和が本当に奪ったのかどうかは判らないが、 大和自らが話さない限り、響希もそれを深く聞こうとは思わなかった。 大和が再び口を開いた。 「水神茂久。水神家は長きに亘り峰津院家に仕えてきた一族だったが、 シゲヒサは私の掲げた実力主義の世界に異を唱え、私に挑んできた。 蓋を開けてみればシゲヒサの行動の原因は自分の息子、 水神八生への異常とも呼べる愛情だったわけだが。 私を亡き者にする為に愛する息子を最大の武器として使ってきた。 何も知らないヤヨイには父親の手で悪魔を憑依させられていた。 だが結局、シゲヒサは私には届かなかった。憐れな親子だ。 私にとっては既に過去、ここへ来ることもないだろうと思っていたのだが…」 そこで一度大和は口を閉じて、隣の響希を見つめた。 響希は静かに大和を見返す。大和はフッと口元を弛ませて、言葉を続けた。 「シゲヒサの言葉を思い出した。 『あなたを討てる者がいるとしたら、それはあなたと仲を深めた者でしかありえない』 シゲヒサは自分の息子が私を討つ者になるのだと信じ、ヤヨイを私の元に送り込んだ。 結果は先に語ったとおりだが、今思えば、シゲヒサの言葉は的外れでもなかったのだなと。 事実、私はヒビキ、お前に敗北したのだから。 思い出したということは、何らかの意味があるのだろう。 そう思いお前につき合わせてここまで来てみたが…やはり良く分からないな。手間をとらせた。」 語り終えた大和は、用は済んだとばかりに墓に背を向けて歩き出した。 響希はもう一度だけ手を合わせて、大和の後を追う。 「ヤマト」 寺の石段の前まで来たところで、響希は大和の名を呼んだ。 立ち止まり、大和が振り返る。 先程の大和の話を聞いて、響希は決心がついた。 ずっと悩んでいたこと。大和1人に背負わさない為に自分がすべきこと。 本当は地道に、自分の力で国政に関われる職に就くために頑張ろうかとも思った。 でもそれでは何年かかるか分からないし、それが大和の力になれるのかも分からなかった。 確実に大和の力になる、その為の道はきっと1つしか無い。 「俺をジプスで働かせてくれないか」 だから響希は大和にそう告げた。随分迷ったけど、と付け加えて大和と視線を合わせる。 「一応、高校を卒業してからになるとは思うけど。 大学もまだ決まっていないし、今から就職に進路変更しても大丈夫だと思う。 勉強はジプスで働きながらでも出来るしね。」 大和は響希の発言に、珍しく驚いたように固まっていたが、真剣な表情で響希に問いかけてきた。 「ジプスで働く、という意味を本当に理解しているのか、お前は」 「解ってる」 「お前は、戦う事を忌避していただろう」 「そうだね。でも、もう逃げないよ。 命を懸けてこの国を護っている人達がいる。それを俺は知ってしまったから。 何よりもヤマト、君の力になりたいんだ。俺にはその力がある。 今まで黙っていたけど、痣は消えているけど呼べばシャッコウも再び力を貸してくれると思う。 龍脈を扱うことは、身体に負担をかけるんだろう?その負担を俺が少しでも減らすことは出来ないかな。 もしそれが無理でも、悪魔を使役することは出来るはずだから、ヤマトの役に立てると思う。 ヤマト、俺は君の隣で生きていきたい」 大和の問いかけに淀みなく響希は答える。 おそらく何度も迷い、悩んで出した結論なのだろうと大和には伝わった。 響希の申し出を断る理由は大和には無い。 一度は自分と共にあれと望んだ相手だ。嬉しくないわけがない。 「……本当に、後悔しないか」 大和は自分の想いを押し殺して響希に問う。 響希は晴れやかに笑う。 「大丈夫。強制されたことじゃない、俺が自分で決めたことだから後悔しないよ」 「私はお前を手放すことはないだろう。普通の人生は歩めなくなる、それでも?」 「覚悟してる。世界の復元を願った責任が俺にはあるから、どんなことになっても この国を良くして行く為に、俺は生きていくよ。君と一緒にね」 迷いのない響希の言葉に、大和も漸く笑みを見せた。 それは普段良く見せる冷笑の類ではなく、険の取れた柔らかい笑顔だった。 「では、ヒビキ。これからよろしく頼む」 大和が差し出した右手に、響希も自らの右手を重ねて握り合う。 「こちらこそ、よろしく、ヤマト」 冷たい風が吹き抜ける中、手のひらに伝わる互いの熱は温かかった。 7日間の記憶を持つ2人の道は、交わり未来へ続いていく。 背負った物は大きく重いが、2人ならば支えあうことが出来る。 復元されたこの世界が、良い方向へ向かっていけるように響希は願い、 復元されたこの世界が、命を懸けて護る価値があるものになるようにと大和は願う。 2人の歩みは今、始まったばかり――――。 白い菊の花言葉(誠実、真実、慕う) アニメのその後妄想。 プリクエルのネタも絡めつつ。 超友情の響希と大和。