『ちょっと、まずいよな…』 俺は悩んでいた。 唇に指先で触れる。つい先程刻まれたばかりの感触はまだ生々しく残っている。 あの、寝込みを襲われてからというもの、ヤマトは顔を合わせるたびに 唇まで合わせるようになってしまったのだ。 何が悪いかといえば俺も悪い。一応公衆の面前で実行されたことはない為、 俺も大した抵抗をしない、というのがヤマトの行動に拍車を掛けているのだろう。 人気の無い場所に引っ張り込まれて唇を押し付けられる。 軽く触れ合うだけの時もあれば、舌を絡めて唾液を交換する深いものの時も。 多分その時のヤマトの気分次第なんだろう。 目元を紅く染めて求めてくるヤマトを、俺は拒めない。 最近は何やらもぞもぞとヤマトの手のひらが俺の腰のあたりを撫でるようになってきた。 俺も男なので、ヤマトが何を求め始めたのか薄々気付いてはいる。 しかし俺達は男同士であるので、流石に俺もそれ以上を求められるのは今のところ困る。 ……これも、時間が経てば流されてしまう予感はあるのだが。 我ながらヤマトに関して許容範囲が広すぎる傾向だ。 惚れた弱み、というものなのかもしれない。 「あ、ダイチ」 「お〜っすユキト!」 つらつらと考えながらジプス局内の通路を歩いているとダイチと出くわした。 「久しぶり?」 「だな〜ったく扱き使いすぎだってのヤマトの奴!!」 「それだけ認められてるってことだろ。ヤマト、無能は基本放置だし」 「……嬉しいような哀しいような複雑な気分デスヨ」 愚痴をこぼしつつも、ダイチはどこか充実した顔をしている。 ヤマトに力を認められていることを感じている部分もあるだろうが、 何より任務に当たる時、イオと行動を共にすることが多い為、 というのが最も大きな理由だろう。 ヤマトがどういった思惑でメンバー編成しているのかは、 分かるような、分からないような、分かりたくないような。 純粋にダイチの為、というのは無いとは思うが。 「そういえばイオは?」 「ん、一緒に帰ってきたけどヒナコさんとばったり会って、 たまには女の子だけで食事しよーって」 「で、仲間はずれにされて、いじけてたって訳か」 「―――そのとおりデス」 「じゃ、こっちは男の子だけで食事するか」 がっくりと項垂れたダイチの背中をばしんと叩いてやると、 気を取り直したらしいダイチは、では出発ぅ〜!と元気よく声を出して歩き出す。 俺は小さく笑ってその後に続いた。 ジプスの食堂で食事をとった後、食後のお茶を飲みつつまったりする。 ダイチは今日はもうオフらしいが、俺はこの後予定が入っている。 ヤマトと一緒に視察、ということになっているが詳しい話は聞いていない。 約束の時間まであと少し。 ダイチになら話してもいいかな、なんて軽く考えて、俺は1つ質問してみた。 「ダイチ」 「なになに、改まって」 「俺とキスしたいと思う?」 ぶはっと飲んでいた物を噴出すというベタなリアクションがダイチから返ってきた。 「―――ちょ、ちょっと待てっおま、お前っじょじょ、冗談」 「いや、大真面目に聞いてるんだけど…ダイチ、その反応……もしかして」 「いやいやいや!ないないないない!!何言ってんだよお前っ!!! そういうお前こそもしかしてっ」 「安心しろ。俺もないから」 「そそそ、そうだよな、うん。はーっ、タチの悪い冗談やめろよ〜」 ダイチは俺が否定したことでやっと落ち着きを取り戻して、ばたりとテーブルにつっぷした。 「うん、まぁこれが普通の友達の感覚だよな…」 俺はそう呟いてお茶を口に含む。 付き合いが長いダイチのことは、好きだが決してそれは友情の枠を出ることはない。 普通に女の子は可愛いと思っているし、性癖がどうこうという問題でもないと思う。 では何故ヤマトなのか。今更ながら寝込みを襲われたあれが、俺のファーストキスだった。 「……ユキト、なんか悩んでんのか?」 ダイチが顔を上げて、わりと真剣な顔で聞いてくる。 「うん、そうだな……実は友達と思ってた奴にキスされてさ」 俺の告白に、がたんと音を立ててダイチが立ち上がった。 「ちょ、それってまさか」 「女の子じゃないよ」 ダイチが考えたであろう可能性を即座に否定してやると、あからさまにホッとして、 だが俺が言おうとしていることに思い当たったようでダイチの顔は青ざめていった。 「お、女の子じゃない……って、………心底聞きたかないけど」 「ヤマト」 「言っちゃったよ!つーか、えええええ!?一体お前ら何があったの!?」 「それがよくわからない。 友達だと思ってたんだけど、違ったってことかな。どう思う、ダイチ?」 「そんなことノーマルな俺に聞くなってば! 女の子にもてるわりには付き合った話聞かねーし、不思議に思ってたけど」 「あ、俺、疑われてた?」 「いやゴメン、別にそういうわけじゃなくてっ」 「落ち着けって」 「落ち着けるか!!」 やはりダイチはこの手の話題が心底苦手らしい。 ジョーにからかわれるたびに本気で嫌がってたもんな、と思い出し、 やはり言わないほうがよかったかと少し申し訳なく思う。 「……それで」 「ん?」 「話の続きだよ……お前、その、キ……ス自体はそんなに嫌がってないように見えるけど。 他に困ったことあるのか?」 この辺で切り上げるかと考えていたら、意外にもダイチは俺の話を促してきた。 人がいいというか、良いやつだよなーと改めて思う。 「困ったこと…うん、俺もキスまでなら別にいいかとも思ってるんだけど。 ほら、男だったらさ、そこで終わらないってのはダイチにだってなんとなく解るだろ?」 ダイチの人の良さに付け込むようで悪い気もしつつ、俺は本題に入ってみた。 ダイチは暫し考えるように黙り込んでから、ぎぎぎ、と音がしそうなぎこちない動きで俺を見た。 ぱくぱくと口を開いたり閉じたりしているダイチに俺は苦笑しながら、 「このままだと確実に俺が女役になりそうでさ」 困ってる、と言えば、ダイチは再び腰を落としてテーブルの上に上体を倒して身悶えた。 ちなみに現在食堂に人影は無い。流石に俺も吹聴するつもりは無かった。 知られた時は、その時だとも思ってはいるが。 「ダイチ、大丈夫か?」 髪を撫でてやると、ダイチは恨みがましい目つきで俺を見上げてきた。 「引いた?」 「…吃驚したけど、引かねーよ。ユキトはユキトだもんな」 「……ちょっと感動した」 「なんだよソレ!それよりさぁ…結局お前、困ってるとは言うけど、そんなに困ってないじゃん」 「そう見えるか?」 「見える。親友として、すげー複雑だけど……お前が嫌がってないんなら、 俺は何も言えねーよ。ヤマトのこと、好きなんだろ? まさかこういう好きだとは思わなかったけど」 「そうだな、俺も吃驚してる」 「お前でも驚くことあるんだな」 「まぁね」 軽口を叩けるぐらいには復活したダイチは立ち上がって眉をハの字にして笑った。 「そろそろ時間だろ? ヤマトが悪い奴じゃねーのは俺ももう知ってるし。…やっぱうまく言えねーや。 本気で困ったら…聞くくらいしかできねーけど聞くからさ。 ただし!惚気はカンベンな!!」 言うだけ言ってダイチはじゃっと片手を上げてそそくさと立ち去ろうとした。 やはり色々ダイチにはハードな内容だったらしい。 「ありがとう、ダイチ」 頑張って真剣に俺に付き合ってくれたダイチに素直にお礼の言葉を投げかけると、 ダイチは振り返っていつもの笑顔で答えてくれた。 「さて、と」 何も解決してはいないが、話すことで少しはスッキリして、俺も立ち上がった。 いっそどちらかが女の子だったら話は簡単だったのかもしれない、 そんなことを考えながら、俺は待っているであろうヤマトの元へと歩き出した。 行くところまで行ってしまえば、こうして悩むこともなくなるかな、 などと思ってしまったことが現実になる日がくるとは、 勿論この時の俺には知るよしもなく――――。 拗らせた局長の話の続き。 割とこの主人公はちょろいです。