貴方が私の心臓でした





俺が平等主義を選んだ理由は1つ。 3つの主張の内、それが一番理解出来ないものだったから。 俺は、自分と自分が好きな相手さえ幸せならそれでいいと思える人間だ。 だから、本当はダイチの手をとるべきなのかもしれない。 それでも平等主義を選んだのは、これが世界の行く末、在り方を決める選択だから。 俺は自分勝手な人間だから、俺が理解出来ないものはきっと、世界の大多数の人に とっては善であるのだろうなんて、そんな理由でロナウドの手をとった。 これは、そんな俺への罰か何かなのだろうか。 「……なん、で」 零れた声は小さく掠れていた。 平等主義のメンバーが集まっていたジプス名古屋支局。 宛がわれた部屋でティコの1日のまとめを聞き終えて、 ニカイア運営終了のアナウンスを聞いて、携帯を閉じた。 その直後に鳴り響いた電子音。 誰かからのメールだろうか、そんな気軽さで携帯を開いて。 件名を見て息を呑んだ。 まさか、と思いながら添付されていた動画を見て。 それは間違いなく、死に顔動画だった。 峰津院大和の、死に様だった。  膝を着いたヤマトを平等主義の面々が取り囲んでいる。  その中には勿論自分もいる。  全員満身創痍。  苦しげな、悔しげなヤマトが何かに気付いたように天を振り仰ぐ。  そして罵倒と共に力を振るって俺達を弾き飛ばす。  その直後、瓦礫がヤマトの身体を―――― 「――――っ!!!!」 咄嗟に口元を覆う。こみ上げる吐き気を堪える。 これは一体何なんだろう。 ニカイアは運営終了したはずだ。 だが届いたこれは? 間違いであってほしい。そう思いながらも俺は、 これが真実、明日起こることなのだと既に受け入れてもいた。 動画の内容を思い返す。 場所は、通天閣だろうか。 明日、俺達はヤマトと戦うのだろう。 それはいい。それは仕方のない事だ。 俺達は何とかヤマトに勝って、その後、何かが起きる。 この瓦礫は通天閣だろうか。通天閣が何らかの理由で破壊され、 それに気付いたヤマトが俺達を助ける代わりに死んだ。 そういうことなのだろうか。 何故ヤマトが俺達を助けたのか。 実力主義を掲げるヤマトだからこそ、俺達に敗れた彼はその事実を受け入れ、 勝者である俺達を生かす為にこんな方法をとったのか。 敗者である自分は既に助かるつもりはなかったのか。 俺達を助けるだけで力尽きたのかもしれない。 いや、きっと、ヤマトは俺達に敗れた時点で死ぬつもりだった。 ヤマトはそういう人間なのだと今になって初めて本当の意味で理解した。 ヤマトの理想に懸ける思いはこれほどまでに。 「……それでも、俺は、こんな結末認めない」 そうだ。認めない。 こんな死に方って無い。死に顔動画は回避できる。 ヤマトが助けてくれなければ、きっと俺達全員が死んでいた。 ヤマトは自分が助かる気は無い。 なら――――俺が、ヤマトの代わりに皆を助ける、それしかない。 ヤマトとの戦いではなるべく温存する。 どれだけ力を残せるかが問題だ。 俺自身も生き残ることを考えなければならない。 何もかもぶっつけ本番、果たしてうまくいくのか。 そこまで考えて、ふと思う。 何故ここまで必死になっているのか。 しかも俺は、この事を誰に話す気もなかった。 信憑性の問題もある。 話したところで、現在、皆にとっての障害である以上 自分ほど真剣には考えてくれないのではないか、という思いも。 「…はは、俺、ばかだ」 気付いてみれば簡単なことだ。 俺はヤマトのことを障害とは思っていない。敵と思っていない。 俺はごく個人的に、あの1つ年下の少年を好んでいたということらしい。 ヤマトの手を取れば良かったのだろうか。 そうしたら、今度はロナウドが、ヤマトのように死んだだろうか。 ではダイチを選んでいたら?誰も死なずにすむのかもしれない。 その代わり、世界は死んでしまうかもしれないが。 今さらその選択を悔やんでも時間は戻らない。 このメールは、俺に訴えているのかもしれない。 悔いのない選択を、と。 自らの心から目を逸らすなと。 俺が、心から選ぶ道を、期待しているのかもしれない。 こんな自分勝手な俺に何故ここまで期待を寄せるのかわからないが。 憂う瞳を思い出す。もしこの先、出会えることがあるのならありがとうと伝えたい。 このメールが無ければ、俺は俺を殺していたかもしれないから。 「っ……やっぱり、うまくはいかない、か……」 激痛を訴えていた両足は、徐々に感覚を失いつつあった。 俺の両足は、落ちてきた通天閣の一部によって押し潰された。 原型は留めているだろうか。そんなことをぼんやり思う。 こんな状態でまだ生きているのは、召喚した悪魔、ビャッコが 俺に覆い被さり、庇ってくれている為だ。 そのビャッコもこのままでは長くは持たないだろう。 俺は、昨夜考えた通り、ヤマトとの戦いでうまく力を温存し、 ヤマトに勝利した時、動画にあったヤマトがいた位置を自らが確保した。 そして皆が会話している間、通天閣へと意識を向け、 ヤマトがそれに気付く前に行動を起こした。 スキルを使い皆を弾き飛ばす。 その瞬間、何かを悟ったようにヤマトが目を見開いたのが見えた。 その後、直ぐにビャッコを召喚したが、間に合わず、 折れた通天閣は真っ直ぐに俺へと落ちてきて――――。 全て分かっていたのにこの様だ。情けない。 「―――っ!――くん!!…事か!!?」 「―――!!返…をしろ!」 二人の男の声が耳に届く。 ロナウドとヤマトだ。 「なんとか、生きて、る」 必死に腹から声を出す。どうやら届いたらしい。 「悪魔は召喚しているな?」 ヤマトの声に頷く。 「今からお前の上に落ちた通天閣の一部を破壊する。悪魔に護らせておけ。」 有無を言わせぬ響き。 衝撃がくる、と俺はビャッコに視線で合図を送って身体をなるべく小さく丸めた。 ビャッコが更に体を寄せて俺を腹の下に抱きこんだ直後、凄まじい音がした。 静寂が戻る頃、ビャッコも限界だったらしく、元のデータに戻っていった。 視界は土煙が酷くて悪い。だが言葉通り俺を押し潰していた通天閣の一部は砕かれたようだ。 足音が聞こえる。 緩慢な動作で音の方に顔を向けると、駆け寄ってきた平等主義のメンバーの姿が見えた。 皆一様に俺の姿を確認すると、ほっとした直後、息を呑んだ。 多分、俺の両足。怪我人の治療に慣れているだろうオトメがあんな顔をするぐらいだ、 相当に酷い有り様なのだろう。少しでも安心させるように微笑んでみせるとアイリの目が潤んだ。 ジョーの顔も、らしくもなく悲痛に歪んでいる。そして、ロナウドが声をかけてきた。 「サギリくん……!どうして、こんなことに……っ!!」 屈み込んで俺を覗き込むロナウドに対して、俺はただ小さく頭を振った。 そこに、ざり、と土を踏みしめる音。視線を動かすと、立ち竦むヤマトの姿。 「…………私の、死に顔動画を見たのだな」 ぽつりと呟かれたその言葉に、俺以外の全員が息を呑んだ。 俺は答えず目を閉じた。それが肯定だと皆にも分かったのだろう。 「…なんで、そう思うんだ?」 ヤマトに問い返してみると、 「そうであれば、全てに説明がつく。  何故私との戦いでお前が全力でなかったのか、しきりに通天閣を気にしていたのは何故か。  本来なら、通天閣に押し潰されたのは私だったのだろう?」 ヤマトはそう断言する。返す言葉も無い。手を抜いていたこともしっかりバレていたらしい。 苦笑いすれば、ヤマトは眉を寄せて不可解だ、というような顔をする。 『そういうヤマトだって、手を抜いていたじゃないか』 口には出さず、心の中で俺は呟いた。本人は無意識だったのかもしれない。 それでもヤマトは、平等主義を掲げたロナウドと、それに賛同した皆は殺すつもりでも、 俺だけは、生かすつもりだったのだろう。それが僅かにヤマトに余力を残していた。 そうでなければ、通天閣の一部を破壊することで俺を助ける、なんて真似も出来なかったはずだ。 ヤマトは一度目を閉じ考える素振りを見せた後こちらに近付いて、 俺の背中と膝の下に腕を入れてそっと抱き上げた。 「……っ、峰津院、サギリくんをどうするつもりだ!」 ロナウドが声を上げる。ヤマトは冷ややかにロナウドと、他の皆にも視線を投げて、 「私は貴様らに敗北した。栗木、ポラリスへの謁見は好きにするがいい。  だが、サギリは私が預かる。この怪我ではスキルでの治療も間に合うまい。  貴様らも、私も、その力は残っていないだろう?  ジプスに戻り、現在残っている手段全てを使い、出来る限りの治療を施す。  ……それでも完治するかどうかは疑わしいがな。  この状態で、サギリがポラリスに謁見することは不可能だ。」 淡々と告げた。自分の身体のことは自分がよくわかっている。 確かに今の俺では皆の足をひっぱるだけだ。 「……ヤマトの言うとおりだ。ごめん、ロナウド。俺はここまでみたいだ」 俺自身がそう言ってしまえば、ロナウドも皆も納得したように口を噤んだ。 ヤマトは用は済んだとばかりに歩き出す。ふと、一度立ち止まり、 ロナウド達に背中を向けたまま声をかけた。 「――貴様の言う、平等主義。その世界でサギリはもはや、生きられぬだろうな」 その言葉には流石に黙っていられなかったのかロナウドが反応する。 「なんだと!?」 「考えてもみろ。平等な世界では、特別は許されぬ。  今のサギリには特別な処置が必要になる。だが、この世界には怪我人は腐るほど存在する。  平等主義の世界になれば、全ての人間に治療が行き渡るようにする必要がでてくる。  怪我の大小問わずにだ。ポラリスによって全ての人間に平等主義が刻まれたのなら、  今、サギリさえ助かれば良いと考えている私の思考でさえ、変わるのだろう。  十分な手当てをしてやれず、だが皆同じだからとそれを良しとする。  そんな世界で―――――サギリが生きられるとでも?」 「――――っ、それ、は」 「まあ、私の掲げた実力主義でも、勿論、サギリは生きられぬだろうがな。  今となってはもう、どうでもいいことだ。  私は敗者となり、その上サギリによって命を救われた。  今の私が生きる意味は、サギリの為、それしか残されていない。  それも……貴様らがポラリスに謁見するまで、か……」 ヤマトの告げた内容は、間違ってはいないだろう。 だからこそロナウドはもう言葉を口にすることは出来なかった。 敗者はどちらだったのか。 そんなことを他人事のように思いながら、俺はヤマトに身を委ねた。 そうだ。俺は失えないと思ったものを護ることが出来たから、満足していた。 世界はほんの少しだけ変化した。 「サギリ」 俺の名を呼んで、部屋へと入ってくる見慣れた長身。 「ヤマト」 「気分はどうだ」 「うん、良いよ」 「そうか。少し外の空気を吸いに出るか?」 「じゃあ頼もうかな」 他愛ない会話を交わす。 ヤマトはベッドに上半身を起こした状態の俺に手を差し伸べる。 その手を取って俺は立ち上がる。 俺の両足の怪我は、ヤマトが手を尽くしてくれたおかげで、 誰かの手を借りれば歩けるまでには回復していた。 全てが終わった後、ロナウドは俺の元を訪れて話してくれた。 なんとかポラリスに謁見し、ロナウドは願いを口にした。 それをポラリスは聞き届けて、世界は変わったのだという。 正直、俺もヤマトにも大した変化は無かったように思う。 ロナウドが口にした願い、それは、 誰もが持っていた、持てる筈の、どんな極限状態であろうとも、 相手を思いやれる心を根付かせてほしい、というものだった。 それは平等とまではいかず、だが優しい願いだ。 言われてみれば、以前までは確かに自分の思う世界は狭かったが、 今は心から、俺の知らない人たちも含めて、 皆が少しでも幸せであればいいと思える。 ヤマトも、俺を特別扱いするのは変わらないが、 他人に対して歩み寄りを見せるようにはなった。 どこかぎこちなく見えるのは、ポラリスをもってしても ヤマトを変えるのは困難だった為かもしれない。 無に呑まれた場所は復元してもらえたらしい。 これから世界は、残された人々の手によって少しずつ良くなっていくだろう。 ヤマトに付き添われて屋外に出る。 頭上に広がるのは真っ青な空。 目を細めて見上げれば、ヤマトも同じ様に空を見て目を細める。 そんなヤマトを横目で見ていると、遠くから自分の名を呼ぶ声が耳に届く。 「おーい!サギリ―――っ!!」 「サギリくん……!」 「ダイチ、イオ」 ダイチとイオが駆け寄ってくる。 呆然としている俺の横で、ヤマトが時間通りだなと呟くのが聞こえた。 「ヤマト」 「回復したら会いたいと言っていたのは君だろう?」 呼んでおいたと、さらりと言われて俺は瞬いた。 怪我をしてからヤマトと平等主義の皆以外と会うのは控えていた。 会いにきてもらっても俺には何もできないし、傷ついた俺の姿を見れば ダイチとイオは特に哀しむだろうと、そんな姿を見たくなかったからだ。 あれから随分時は経ったが、仲間の皆のことはヤマトから聞いていたし 心配はしていなかった。 「心配させやがってコノヤロー!」 「本当だよ……でも、元気なサギリくんに会えて良かった!」 ダイチとイオは涙を滲ませて笑顔で俺に話しかけてくる。 「私は少し席を外す」 「別にヤマトがいても気にしねーけど」 「いや、私の方が落ち着かん。ではな」 「峰津院さん、ありがとうございます」 ヤマトはダイチとイオにそう言うと、俺の身体をダイチへあずけようとした。 意識せず、ぎゅうとヤマトの服を握った自分に気付いて慌てて離す。 それをヤマトは少し困ったような、嬉しげな目で見てから軽く俺の髪を撫でた。 「時間になったら迎えに来る」 そうして後は颯爽とジプスの支局内へ戻っていった。 「……俺ちゃんさみしー」 「なんだよダイチ」 「べっつにーすっかりヤマトと仲良くなったよなーって。  新田しゃんもそう思うっしょ?」 「え、あ、うん……ちょっと羨ましい……かな」 「………ま、あらゆる面倒見てもらってるから、仲良くもなるかな」 「え、なに、あらゆるってまさか」 「何想像してるんだよ、ダイチのえっち!」 「やだ、志島くんっ」 「え!?悪いの俺!!?濡れ衣だ―――っ!」 からかってきたダイチに、お返しとばかりに返す。 久しぶりに二人と話して心から笑う。 きっと俺は選択を間違えて。 それでもやり直して、この結末を手に入れた。 だからここから俺は精一杯生きていくんだろう。 俺のために生きることを選んでくれた、ヤマトと一緒に。 名古屋ルートをプレイ中、ずっともやもやしてて辿り着いた ヤマト生存&ヤマ主ED。 あんな死に方ってないよ!アルコルルートもだけど!