頑張った貴方にご褒美を





龍脈の龍に呑まれて行くミザール。 その光景を眺めながら俺は思った。 峰津院大和。 あの、自分より1つ年下の少年は、きっと長くは生きられないのだろう、と。 後から考えてみると、この瞬間、俺は自分の行く道を定めていた。 セプテントリオン襲撃から6日目の夜。 仲間達はそれぞれの想いを胸に3つの陣営に分かれた。 ヤマトが掲げる実力主義。 ロナウドが掲げる平等主義。 そしてダイチが掲げる、仲間と争わない道。 俺は東京支局の宛がわれた部屋でベッドに腰をおろして考えていた。 その内容は3つの主義主張のことではなく、ごく個人的な事。 ―――ヤマトのことだ。 我ながらどうかしていると思う。 でも俺は、正直皆ほど世界のことを思ってはいない。 3人が掲げた主義主張、それぞれ一長一短があると思う。 だからといって自分が世界をどうしたいのか、なんて考えもしない。 皆、俺を買い被っているようだが、所詮自分はその程度の人間だ。 だから俺は純粋に、誰の力になりたいのかを考えることにした。 普通に考えれば付き合いの長いダイチに手を貸してやりたいと思う。 だが、ひっかかってしまった。 この6日間で知り合った仲間達。 その中でもこの6日間でなければ知り合えなかっただろう存在。 ジプス局長、峰津院大和。 気になって仕方が無いのは当然かもしれない。 なにしろヤマトは俺を誰よりも過大評価する。 3体目のセプテントリオンを倒した後から目に見えて俺に対する態度が変化した。 まずは呼び方。他の皆の事は苗字を呼び捨てるのに、俺の事だけは名前で呼ぶ。 そしてジプス局員でもないのに俺に直接入るヤマトからの連絡事項。 現場にジプス局員であるマコトやフミがいるときでさえ、俺に連絡が入ったりする。 正直初めは戸惑った。確かにそれなりに戦果を挙げてはいただろう。 それがここまでヤマトの心を動かすとは思いもしなかった。 戦闘には俺だけでなく他の仲間達もいるというのに、ヤマトは俺だけを心から労う。 俺が皆を纏めているのだと褒める。俺には力があるのだと、自分のことのようにヤマトは喜ぶ。 こんなに手放しに褒められた経験は無い。 ジプス局長であるヤマトが認めるのは俺だけだという事実に、 次第に戸惑いだけでなく嬉しさも感じるようになるのに時間はかからなかった。 ヤマトは俺の話だけは真摯に耳を傾けてくれた。 まじめな事、くだらない事、その全てを聞き逃すまいと真剣な表情で。 そうしてヤマトと接しているうちに、俺はヤマト自身のことを考えるようになった。 ずっと不思議だった。 17歳という若さでジプスの局長を務めるヤマト。 彼の言葉や局員の態度から、決してお飾りなどではなく 実力で局長の座についていることはすぐに分かった。 そして彼が語った峰津院家の役割、龍脈の話を聞いて、 その特別な力を扱う素質が、ジプスの局長に不可欠なものなのだろうとも。 だが、それにしたって若すぎると感じた。 その疑問は、こう考えるとすんなり納得できた。 龍脈という膨大な力を意のままに扱う、それは自らの命を削るものではないかと。 ヤマトの前の局長が何歳だったのかは知らない。 何歳でヤマトに局長の座を明け渡したのかも知らない。 その人物が今、生きているのか死んでいるのかも知らない。 それでも。 龍脈を扱うことで命を削るなら、ヤマトがあの若さで局長になったのも頷ける。 どこかヤマトが生き急いでいるように見えるのも、自らの寿命を、 長く生きられないのだということを理解しているのなら。 そうして出した結論をヤマトに確認する気は起きなかった。 間違っているならその方がいい。 もし真実なら―――ヤマトは、それがどうしたと笑うだろう。 表に出ることは無くても、国のために命を懸けていることを誇らしげに語ったヤマト。 ヤマト自身はその責務から逃れることを望んでいない。 ただ、自らにとって価値のある人を、国を護りたいという想いでヤマトは実力主義を宣言した。 ロナウドが言うように、それは悪だろうか。 確かに結果として弱者は排除されてしまうのかもしれない。 だがヤマトが望んでいるのは弱者の排除というよりも、 正しく力を持つものが上に立ち民を導く、というものではないだろうか。 ヤマトは極端な世界でしか生きていない。 市井の暮らしなど知らず、恐らくは汚れきった大人の世界で生きてきた。 そんな世界でヤマトは、誰よりもうつくしく、つよく、生きてきたのだ。 「…駄目だな、俺。」 ぽつりと呟く。 もう手遅れだ。客観的に決められるはずがない。 答えなんて決まっていた。誰の力になりたいかなんて、とっくの昔に決まっていて。 今までの思考はただの確認作業だ。 俺が何故、力になりたいと思うのか。そんな自分の気持ちの確認作業。 立ち上がり、携帯を確認して部屋を出る。 向かったのはターミナル。コードを迷わず送信して目を閉じる。 独特な衝撃の後、目を開ける。 そこは既に大阪のターミナルだ。足を踏み出してゆったりと歩く。 エントランスを抜け、司令室に辿り着けば誰よりも早く俺を見つけ嬉しそうに近付いてくる長身。 ――――ヤマト。 本当ならお前は俺なんて必要ないはずだ。 今まで独りで生きてきて、独りで世界だって変えられたはずだ。 そんなお前が俺と出会った事で、自分独りで完結していた世界が少しだけ変わって。 初めから様々なモノを持って産まれて生きてきて、望むものは正当な評価だけだった、 そんなヤマトが初めて欲したのが俺という存在なら。 俺はどこまでもヤマトがいう所の市井の人間で、かつての世界ならほんの少し要領がいいだけの 平凡な人間で、こんな世界になったからこそヤマトが価値を見出しただけの、ただそれだけの人間だ。 それでもいいっていうなら、俺の答えは初めから決まっていたよ。 「いいよ」 自らを選ぶと自信に満ちた声で、それでもほんの少しの不安を滲ませた目で差し出されたヤマトの 白い手袋に包まれた手を、軽い返答と共に握り返す。 様子を見守っていた、ヤマトに賛同した3人が喜びの声を上げる。 ヤマトは小さく息を呑んでから、まるで愛を囁くような声で、ようやく見つけた、と言って笑った。 その笑顔1つで、俺はこの手をとって良かったと思う。 市井代表の俺がヤマトの傍にいるかぎり、実力主義の社会になっても、 無意味に弱者が淘汰されることは無いと信じたい。俺がそうさせないように頑張ればいい。 ヤマトの手を取った以上、世界のことなどどうでもいいとは言えない。 俺も、ヤマトと同じ世界が見られるように努力しよう。 だからヤマトにも、市井のことを知ってほしい。俺が教えるから。 そうしていけば、よりよい世界になると信じて。 本音の部分では、誰よりもヤマトが満足な人生を送れることを祈って。 俺は幸福に彩られた貌のヤマトを見つめて小さく笑った。 「……で、結局、お前がヤマトの手をとった理由ってなんなんだ?」 拳で語り合って、その後の説得で再び仲間になってくれたダイチがそんな質問を投げかけてきた。 「嫉妬?」 茶化して言うとダイチの顔が赤くなる。 「んなわけ……!?いや、ちっとはあるかもしんないけど!」 「素直でよろしい。うん、まぁ悪かったよダイチ」 「はぁ…いいけどさ。で、はぐらかすなって」 ひとしきりじゃれ合った後、ダイチは俺の肩に腕を回して聞いてくる。 「お前が主義主張で決めたとは思えないんだよね」 「ふーん、流石親友。俺の事よくわかってるな」 「おう!その親友にマジで殺されると思ったけどな!つーかすげぇ怖かったよお前!!」 「いやだって、俺が相手しないとヤマトが殺しかねなかったっていうか…」 「今サラッと怖いこと言ったよ!お前で良かったよチクショー!!!」 本気で怖がらせてしまったらしいが事実だから仕方がない。涙目になったダイチをよしよしと宥めながら、 「ん、そうだな…ダイチ、頑張った奴にはご褒美が必要だって思わないか?」 俺はダイチの質問に質問で返してみた。 「そりゃ、あった方が嬉しいケド」 ダイチの答えに俺は頷く。 「ヤマトって今まで俺達の知らない所で凄い頑張ってきたんだよ。  俺達が平和に生きてこられたのって、ヤマトが見えない所で頑張ってくれたおかげなんだ」 「…そうだな。詳しいことは分かんないけど、少なくとも世界が滅茶苦茶になって、  それでも今まで俺達が生き延びてこられたのはヤマトの、ジプスのおかげだよな」 「そう。だから、ご褒美なんだ」 「へ?」 「俺、ダイチの知らない所でも結構熱烈に誘われてたんだ、ヤマトに。  あそこまで求められたら望みを叶えてやりたくもなるだろ?」 「いや、そー言われても……」 俺の答えにダイチは困ったように眉を寄せて、結局深い、それは深い溜息を零して、 「お前ってさー、ヤマトのこと大好きなのね」 実に分かりやすく、俺がヤマトを選んだ理由を形にしてくれた。 言われて見れば確かにその通りで、否定する要素が欠片もないので俺は笑みを返すことで答えとした。 ダイチは何かを言いかけたが、急に青ざめて口をパクパクさせたかと思うと、 「そそそ、それじゃ俺っ、新田しゃんに会ってくる!」 早口に言って脱兎のごとく俺の前から姿を消した。 「…どうしたんだ、ダイチのやつ……」 不思議に思いつつ振り返った俺の目に映ったのは、黒いコートを靡かせてこちらに悠然と足を運ぶヤマトの姿。 ああ、成る程と思う。ダイチの嫉妬は可愛いが、ヤマトの嫉妬はなかなか厄介かもしれない。 それもまた、おそらくヤマトにとって初めての感情なのだと思うと可愛いと感じてしまうのだが。 「ヤマト」 名を呼んで駆け寄ると、不機嫌なオーラが和らいでいく。 「何かあった?」 「いや…」 隣に並ぶと満足そうな笑みを浮かべて、俺を促すように歩き出した。 「東京勢は全員説得を終えたのだな」 「ああ。みんな納得してくれたよ、ヤマトの掲げる実力主義」 「フン、どうだろうな。だが戦力にはなる、それでいい…」 「賛同者は多い方がいいよ」 「私は君さえいれば事足りるのだがな」 「それは光栄です」 相変わらずのヤマトの賛辞に俺はおどけて返す。 ヤマトの顔に浮かぶのは楽しげな、歳相応の笑みだ。 7体目のセプテントリオン、名古屋勢。 まだまだ気は抜けないが不安は無い。 今の俺はヤマトの隣で歩んでいく未来を思って心を弾ませるだけだった。 うちの主人公はどのルートでもヤマトを追っかけてました。 縁イベントも全部見れたの大和だけだったような… 実力主義ルートの主人公はこんな感じです。