俺の心臓を激しく叩いたのは、自分の身に降りかかった衝撃的な事実よりも、 ふと見せた、あいつの笑顔、だった。 ごねるヤマトを力ずくでアーカーシャ層から地上へと連れ戻し、 サダク救出に向かったものの空振りに終わり、ここまで強行軍だったので、 アルクトゥルス対策であるシキオウジの協力を得に行く前に、 休憩を入れようと一度解散することになった。 「…………―――――はぁ…」 とりあえずジプス局員に見つからないようにと、 特に行先は決めずに歩きながら、俺は深い溜息を零す。 まだ何も解決していない、すべきことは山ほどある。 にもかかわらず、現在俺の脳内を支配しているのは――――。 「さすがのお前も今回はヘコんでんな… そりゃ、自分が消えるかもしれないとか言われたらショックだよな。 俺だったら耐えらんねーかも……」 「無理しないでね、メグムくん…」 気遣うような2人の声に我に返って足を止める。 瞬き数回、俺の少し後ろを歩いていたダイチとイオ、2人へと向き直り、 「……何が?」 問い掛けながら首を傾げた。 「へ?」 ダイチが間の抜けた声を上げる。 先ほど掛けられた言葉を思い返して俺は答えた。 「別にヘコんでないけど、そう見えた?」 「ヘコんでないって、マジで?」 ダイチが大げさに驚く。 ダイチとの付き合いは長いが、まだ俺の性格を分かっていないらしい。 「マジで。2周目の世界で存在しなかったって言われても実感ないし、 今回はまぁ、実際に消えかかったりしたけど、原因は分かったし。 アルクトゥルスを倒せばどうにかなるんだから、変に気にしてもしょうがないだろ」 そう告げると、ダイチとイオは目を丸くした。 「……やっぱ、メグムはメグムだわ…」 「…強いね、メグムくん」 そしてダイチは呆れたような、イオは感心しているような呟きをもらす。 俺は小さく笑って、でも、と続けた。 「心配してくれてありがとう、イオ」 「……うん、絶対にアルクトゥルスを倒そうね…!」 「勿論。あ、ダイチもありがとな」 「………なんかついでに言われたような気がするんですけどっ」 拗ねたダイチに笑って返せば、イオも小さく笑みを零して、 ダイチもつられて笑った。 先ほどまでの妙に張り詰めていた空気が和らいだところで、 ダイチが改めて俺に質問してくる。 「じゃあ、さっきの溜息はなんだったんだよ」 成る程、それで勘違いされてしまったらしい。 丁度良かったので俺は歩き出しながら口を開いた。 「……ヤマトってさ、あんな奴だったっけ」 そう、アーカーシャ層へ行ってから現在に至るまで、 峰津院大和という俺より1つ年下の男のことが頭から離れない。 隣に並んだダイチとイオが続きを促すように見つめてくるのを感じる。 俺はどう言ったものかと顔を上向け空を見ながら疑問を吐き出した。 「俺が知ってるヤマトは、国とか世界とか、 そういうデカイものの為に生きてるような奴でさ、 それはポラリスを倒す事になった時点でも変わってなかった筈だ」 「確かに、そんな奴だよな、ヤマトって」 ダイチが相槌を打ってくれるのに頷いて、続ける。 「それなのに、今回ヤマトは俺という個人を助ける為に行動した。 世界のことはサダクやみんなに、他人に任せて。 あんな場所に留まって無事に帰れる保障なんて無いのに、 多分、この世界でのヤマトの存在が消えることだって分かってただろうに。 ………なんで、何がヤマトをそうさせたんだ……?」 「そりゃ、他でもないメグムの為だから、だろ」 「……………はい?」 「そう…だね。私もメグムくんだから、だと思うよ」 ダイチとイオから考えもしなかった答えが返ってきて、俺は交互に2人の顔を見た。 「…お前さ、どんだけヤマトに好かれてるか分かってないですよネ。 確かに今はヤマトもだいぶ丸くなったケド、あんな無茶すんの、 メグムに対してだけだと思うぞ」 畳み掛けるようなダイチの言葉にイオも頷いている。 「……そりゃ、色々期待されたり、特別扱いされたりしたけど、 それは俺がたまたまヤマトが認める力を持ってたってだけで、 いや、確かに好かれてはいるかもしれないけど、まさかここまで」 俺はそこまで言って口元を手で覆った。 良くて仲間、ぐらいの関係だった筈だ、俺とヤマトは。 初めはヤマトみたいな人間が物珍しくて、暇さえあればヤマトを捉まえて、 相手の都合お構いなしに俺は色々話しかけた。 少しずつヤマトの態度が軟化していくのが嬉しかった。 俺にとってのヤマトは『1つ年下の友人』だったが、 ヤマトが俺の事をどう思っているのかは正直今でも分からないし気にしたこともない。 本格的に悩み出した俺へとダイチが語り出す。 「俺、2周目の世界のことは殆ど憶えてねーけど、 メグムがいないって事実がめっちゃショックだったのはハッキリ思い出した。 自分がアルクトゥルスに殺された記憶と同じぐらい、辛かった。 たったこれだけの記憶でこんな風に思うんだからさ、 全部憶えてるヤマトは、多分、もっとキツかったんじゃないかって思うわけよ。 まぁ、あのヤマトが俺たちを信じて世界を託してくれたってのには驚いたけど。 それに、全部終わったらちゃんと戻るつもりだったみたいだしな。 やっぱすげーよ、ヤマトの奴…」 「うん…私も、メグムくんが消えた世界の事、今でも思い出すと怖いよ… ヤマトさんのおかげでメグムくんは消えずに済んだんだよね…。 ヤマトさんもきっと私たちと同じぐらい、ううん、記憶がある分もしかしたらそれ以上に、 メグムくんに生きてて欲しいって、そう、思ったんじゃないかな」 ダイチだけでなくイオまでヤマトのことをそんな風に言う。 確かに、と思わないこともない。 ヤマトの今回の行動の原因が俺だという可能性が高いことを、もう認めるしかなかった。 ヤマトが俺に向ける気持ちに気付いていなかったのは、もしかすると俺だけだったんだろうか。 「…悪い、ちょっと、1人で考えたい…」 色んな感情が入り混じってぐるぐるしてきて、俺は2人にそう言って背を向けた。 「おお、気をつけろよー!」 「大丈夫かな、メグムくん…」 去り際にそんな声が届いて、悪いと思いながらも俺はひらりと手を振った。 1人、歩きながら俺は改めて思い出していた。 アーカーシャ層で再会した時のヤマトとのやりとりを。 得体の知れないモノと戦いながら、俺のデータ修復をしていたヤマト。 ヤマトが修復をやめれば、俺の存在は抹消され、二度と復活できないと言われた。 だからヤマトはあんな場所に留まり続けた。 俺たちがアーカーシャ層へ行く為の手段を見つけられなければ、 死に顔動画のようにヤマトは死んでいたかもしれない、 その事実に、今になってぞっとした。 この世界に峰津院大和という人間は存在しないと、今までに何度も聞かされたが、 俺はそれを一度も信じたことは無かった。 あのヤマトが易々と消えるはずはないと、もし消えたとすれば、 それはヤマト自身が何か事情があって自ら姿を消したんだろうと、 そう思っていたからだ。まさかその事情というのが俺の為で、 そして、それが原因でヤマトは命を落としていたかもしれない、 ヤマトが世界から本当に消えていたかもしれない、それを思うと、 ここにきて俺は初めて本気で怖くなった。 結果だけ見れば、俺もヤマトも今はどちらも無事だ。 それでも、そんな未来があったのかもしれないと思うと、胸が苦しくなる。 ヤマトも俺が消えた世界で、こんな苦しみを味わったんだろうか。 だから俺を助ける為に、ヤマトは………。 「…こんなデカイ借り、どうやって返せっていうんだよ…」 重い、重すぎる。再び大きな溜息を吐いて頭を振る。 気づけば六本木交差点まで来ていた。 「――――あ、」 そして見つけてしまう、まるで世界を確認するように辺りを見回しながら歩くヤマトの姿を。 ヤマトの目が俺を捉えて、細まる。名前を呼ばれて無視することは出来ず、 「たこ焼き探してる?」などとふざけた事を言いながら俺はヤマトの傍まで近づいた。 ヤマトは律儀に答えを返してくる、そういう所は変わってないなと思う。 少しだけ沈黙が落ちて、ヤマトは口を開いた。今のこの世界をどう思うかと問い掛けてきた。 どう思うか。考えるまでもなく俺は酷いと答える。 平和な世界が戻ってくるものと信じていたのに、繰り返すどころかより悪化しているように感じる。 ポラリスの方がマシだったとさえ思えるほどに。 そんな俺にヤマトは言った。 「だが、これでも2周目の世界に比べたら―――」 マシになった、と。そうでなければ自分があそこに居続けた甲斐がない、と。 ―――ああ、また、その笑顔。 『そんな貌で、微笑うなよ……っ』 あの時も、そうやって微笑った。 2回目の世界の詳細を話し終えた後、ヤマトは目を閉じて少しの間黙り込んだ。 何かを思い返しているようにも見えたが、俺は少しふざけて『寝不足?』と声を掛けた。 そうではない、とか、俺の言葉を否定する答えが返ってくると思っていた。 でも違った。ヤマトは俺の声に反応して、俺を見つめて、ただ、静かに笑った。 まるで、こんな俺の言葉さえ懐かしいと、嬉しいと言うかのように。 自分が消える前にアルクトゥルスを倒せばいいと口にした時も、 ヤマトは失敗すれば俺は完全に消滅してしまう、と悲痛な声で叫んだ。 失敗を恐れるなんてヤマトらしくないと思いながらも、 ヤマトのそんな声を聞いて、そんな顔を見て、 心臓を握り込まれるような苦しさが俺を襲った。 「…感謝、してる」 なんとかそう返答する。 ヤマトは、礼を言うなら自分ではなくサダクに、と話した。 回帰前の世界では、サダクを毛嫌いしているように見えていたが、 そのまま聞いてみると、嫌ってはいないとまた意外な答えが返ってきて。 やっぱりヤマトは変わったと思う。きっと良い変化、なんだろう。 「この私とお前が揃ったのだ」 負けはしないと不敵に微笑む、そんな所は、 思い返してみると回帰前から変わっていないけど。 立ち去ろうとするヤマトを俺は呼び止めた。 「なぁ、ヤマト。俺が消えて……どう思った?」 いい加減、考えるのが嫌になってストレートにぶつけてみた。 ヤマトは立ち止まり、俺を見つめる。 視線を逸らさず、俺も見つめ返す。 ヤマトの眉間に皺が寄る。目を閉じ、天を仰いだ。 「……半身を、失ったかのようだった」 苦痛を堪えるように言って、ヤマトは再び俺に視線を向ける。 「もう、消えてくれるなよ、メグム」 「――――っ、それは、こっちのセリフだ…!」 ヤマトの言葉に息が詰まった。その声の優しさに顔が熱くなる。 半分は誤魔化すために、半分は本気で俺も言い返す。 やっとヤマトは俺の知っている顔で可笑しそうに笑った。 何か、色々と悔しい。思えばヤマトはずっと、俺への好意を隠さなかった。 俺が本気にしていなかっただけで、思い返すとヤマトは俺に対して、 数え切れない言葉を、好意をくれていた。 ふと思いついて、俺はヤマトと向き合い両腕を広げた。 「………ハグしていい?」 「………何を企んでいる?」 流石に警戒を見せるヤマトに、企んでないよと肩をすくめる。 「おかえり、と、ただいまの気持ちを込めて」 ヤマトが本当に、ここにいるのか確かめたい。 俺はここにいるよと、ヤマトに伝えたい。 それは口に出さず、俺はヤマトからの返事を待つ。 ふざけているわけではないと気づいてくれたのか、ヤマトは一つ頷いて、 男らしく躊躇せずに俺との間合いを一気に詰めてきた。 至近距離に迫ると僅かながらもヤマトの方が高い身長差を複雑に思いながらも、 俺は両腕をヤマトの首に回して肩口に顎を乗せた。 お互いの身体を隙間もないほどに密着させると、衣服越しに熱が伝わる気がした。 見た目よりもしっかりとしたヤマトの身体。 それでも、まだ未完成な、少年と青年の間のような身体。 きっとあの場所で何度も傷ついて、時間の流れが分からないだろうあの場所で、 ただ俺たちを信じて、俺を救う為に戦い続けたヤマト。 『あ……まずい』 目の奥がじわりと熱くなったかと思えば、堪えることが出来ずにその熱が外へと零れる。 絶対に見られたくなくて、回した腕に力を込めて、ヤマトの肩に顔を埋めた。 「……メグム?どうした」 俺の異変に気付いたのか、ヤマトが躊躇いがちに俺の背に腕を回して軽く叩く。 「――今、俺の顔見たら、末代まで祟ってやる」 唸るような声で忠告してみたが、情けないほどに自分の声は掠れていて、しまったと思う。 もうヤマトは俺がどんな状態なのか分かっているはずだ。 それでも、何を思ったのか、フ、と小さく笑ったきり、ヤマトは押し黙った。 ただ、俺の背に回されたヤマトの腕に力が篭る。 「…ああ、本当に、戻ってきたのだな……メグム」 そしてまた、何とも言えない声でヤマトが言うから。 「……ただいま。それから……おかえり、ヤマト」 今はそれだけ。これが今、一番伝えたい自分の気持ちなのだと。 そうして俺は、ヤマトが何も言わないのを良いことに、 存在を確かめるように、回した腕に更に力を込めた。 暫く経って、涙も止まって。 現在の状態が異常だとようやく気付いた俺は、慌ててヤマトの首から腕を外した。 感動の再会とはいえ、男同士で友達同士で、いくらなんでもハグする時間が長すぎた。 だが、身体はまだ離れない。ヤマトの腕は俺の背に回ったままだ。 「…ヤマト、もういいから」 こちらが腕を外して顔を起こしたせいで、ヤマトとはお互いの吐息が触れ合う距離だ。 「目元が赤くなっているな」 「………うるさい」 ヤマトが少しからかうように言ってきて、思わず眉をひそめる。 フ、と軽く笑みを零してヤマトの片腕が背中から離れて、白い手袋をはめた指先が俺の目元をなぞる。 「――――なに、」 するんだ、と言いたかった言葉はぷつりと途切れた。 ヤマトの顔が近づいてきた、と思ったら、目尻に熱く濡れた感触。 その後、頬にふに、と柔いものが押し付けられて―――。 「――っおま……っ、なにやって…!!」 頬とはいえキスされたのだと理解した瞬間、俺は全力でヤマトの身体を引き剥がした。 慌てる俺が面白いのかヤマトは特に不機嫌になることは無く、いつもの不敵な顔で笑う。 「お前があまりに無防備だったのでな」 「だからって男相手にキスするなよ!」 「不快だったか」 「っ!…べ、つに驚いただけ」 「そうか」 あれ、と思う。普通は気持ち悪い…よな?日本人としては挨拶でキスとか無いし。 いくらヤマトの顔が美人だと言ってもこれはない、とも思うのに、 ヤマトが俺に「不快か」と問いかけたその声が、またらしくもない不安が滲んでいたように思えて、 先程の自分の答えに嘘は無かったし、それを聞いたヤマトがほっとしたように笑うから、 もうどうでもよくなってしまった。深く考えると怖いことになりそうだ、と無意識に感じたのかもしれない。 1つ、大きく溜息を吐いて、気を取り直して俺はヤマトと向き合った。 「支局、戻るんだろ?俺も行く」 「では、共に」 俺とヤマトは並んで歩き出した。 先程までの妙な空気は消えて、今はただ、心強さを感じるだけだ。 ヤマトの変化に戸惑い、そして俺自身もそれを受けて変化したんだろうか。 一連の騒動が落ち着いたその時、俺とヤマトの関係はどんなものになっているのか。 今のところ楽しみと不安は半々、それでも、予感がある。 これから先、俺は、ヤマトの隣で生きていくことになるのかもしれない、と。 END 『愛』と『哀』と『逢』と『相』 とりあえずウサミミに自分の混乱を代弁してもらった感じ。 ヤマトが変わった…!!!!という衝撃。 ウサミミが変えたんだよな…ほんと凄いよウサミミ。そんな。 唇にちゅーさせても良かったけど、まだヤマト耐えた。 だってプロポーズまだだもの。うっかりここでプロポーズしかねなかったけど!