甘噛み/弓槍





弾力のある肌に歯を立てる。 軽く噛んで歯を立てたまま肌を辿る。 首筋に顔を埋め、歯が皮膚に沈むほどにきつく噛めば、 流石に男が小さく呻いた。 「痛ぇっての。」 言いながらこちらの髪を掴んで、引き剥がそうとするようにその手に力が込められる。 人肉嗜食ーカニバリズムの気は無いはずだが、 こうしていると噛み千切ってみたくなるのは、さて、何故だろうか。 髪を強く引かれ、いい加減頭皮が痛むので、男の首筋から顔を上げると、視線がかち合う。 僅かに濡れた赤い瞳に惹かれ、唇を合わせた。 お互いに目は閉じぬまま、何かを探るように舌を絡め、離れる。 「…君は、」 「あ?」 「嫌悪する相手とも、寝るのだな。」 「……いきなり何言ってやがる。」 特に言葉にするつもりは無かったのだが、気付けばそう口にしていた。 ただの確認で、大した意味は無い。 だというのに男ーランサーは明らかに不機嫌な貌をしていて、 かと思えばあからさまに大きな溜息を吐く。 「確かにオマエのことは色々気に喰わねえがな。それだけだ。」 前置きのようにそう口にした後、 「誰彼構わず足開くほど、悪趣味でも節操無しでもねぇよ。  大体、嫌悪してんのはオマエの方だろ、アーチャー。」 吐き捨てられたその言葉に眉を寄せる。 「…そのように思われていたとは、心外だな。」 本心を告げれば、訝しむような視線を下から投げかけてくるランサー。 その視線を受けて、ひとつ思い当たる。 確かにそれを嫌悪と捉えられていたとしても不思議はないなと納得する。 「私も嫌悪する相手に、この様な真似をする性癖は、無いのだがね。」 言いながら組み敷いた男の下肢を撫でる。 く、と息を詰めるランサーの喉に唇を寄せ、歯を立てた。 「私はただ、『英雄』と呼ばれる者の在り方が理解できんというだけで、  君の在り方を否定する気は無いが。」 ランサーの喉に舌を這わせながら告げる。 そう、正直に言ってしまえば、寧ろこの男の在り方に、羨望に似た感情さえ抱いている。 自身はそう在ることが出来ないと理解しているからこそ、だが。 「…ハ、面倒くせぇ奴だよな、オマエ。」 私の言葉に何を思ったのか。 口端をあげながら、挑発するようにランサーの足が動く。 こちらの中心を膝で擦りあげる。 顔を上げると、とん、とランサーの右手、拳が胸をー心臓があるあたりを叩いてきた。 「オレがオマエを嫌悪してんなら、とっくの昔にこの心臓、刺し貫いてるぜ。  なぁ、アーチャー。」 戦闘時のような貌で、そうランサーが告げる。 その拳はまるで、槍を握っているかのよう。 確かにその通りかもしれない。だが。 「君がそのような、つまらない幕切れを望むとも思えん。」 ランサーの拳を手に取り、唇を押し付けて言い返せば、 一瞬虚をつかれたような表情を見せた後、 「…やっぱりてめえは、気に喰わねぇ。」 口にしながら、私の唇に噛み付いてきた。 「づ……ぃ、…っあ…――」 狭い肉を掻き分け、背後から貫く。 まさに獣の性交。 いや、生殖目的もなく、ただ快楽を求めるこの行為こそ、ヒトと言える証なのかもしれない。 或いは片側の優位を示す為の疑似性行為ーマウンティングか。 「は……っ、余計な、こと…考えてんじゃ、ねえ、よ…っ」 何か感じたのか、ランサーが振り返り目を眇めて唸る。 本当に狗のようだなという感想は口にはせず、かわりに腰を打ち付ければ、 悦い所にあたったのか、咄嗟に自分の腕を噛み、声を堪える。 その姿にぞくりとする。 それは、正規の英霊であるこの男を侵す悦び。 だが、この男が私を受け入れる気があるからこそ叶っているのだということは解っている。 何を想い、こんな真似を赦すのか、それは解らないが。 「っ、ン」 喉を鳴らす。 背後から辛うじて見えるランサーの横顔。 体を倒して耳朶を噛む。 勿論、自身の内にあるのは暗い悦びだけではない。 ごく普通に、この男に惹かれているという自覚もある。 ランサーが上体を捻り、視線を合わせてきた。 そして、繋がったそのままに自ら体位を変えて。 互いの喉奥から、堪えきれないくぐもった呻き。 向かい合わせになる。 ランサーが腕を伸ばし、私を引き寄せて、至近でにやりと笑い、 「どうせろくでもねえこと、考えてんだろうがな。  やってる時ぐらい、ただ愉しめよ、アーチャー。」 囁いて、唇を重ねてきた。 いや、噛みつく、か。 実にこの男らしい誘いに、自然口元が緩む。 「では、お言葉に甘えよう。せいぜい悦い声で啼いてくれ。」 そう言って突き上げれば、小さく苦鳴をあげながらも笑みはそのままに、 ちらと覗かせた舌で自身の唇を舐めて。 「オマエもな。」 ランサーはその声と同時に内部を締めてきた。 引き絞られる。 痛みと快楽が混ざり合う。 それに後押しされるように、私はランサーを貪った。 絶頂時は、互いに相手の首筋を噛んで。 その痛みは甘く、心地よかった。 酔ってる弓は多少は可愛げあるけど、正気の弓はろくでもない。