重なる音
驚いた、なんてものじゃなかった。
性質の悪い冗談か、新手の嫌がらせか。
教会の重い扉をくぐり、わたしが目にしたものは。
パイプオルガンを演奏する、綺礼と
それに合わせて歌う、士郎、だった。
時折、綺礼も士郎の声を支えるように、歌う。
……驚いた理由は、二人の奇妙な行為に対してだけでなく。
その、士郎も綺礼も。物凄く歌う声が。
美声、というものだったから。
わたしは不覚にも、聴き惚れてしまった。
わたしが礼拝堂に入ってきたことには、多分二人とも気付いているだろうけれど、
そのまま士郎は歌い、綺礼は演奏を続けるから。
わたしは邪魔をしないように、そっと後ろの長椅子に腰を下ろした。
目を閉じれば。
常の士郎の声とは違う、歌声に。
士郎が歌っているとは思えなくなる。
こんな特技があったなんて知らなかったな、と心の中で呟く。
それは綺礼にも言えることだけど。
綺礼はなんでもそつなくこなすので、驚きでいうのなら、やはり士郎の方が上だろう。
士郎は、普段はその神父服を身に纏っていなければ、本当に普通の男の子と変わりはなかった。
今は少し、違って見える。
士郎の歌う姿が、とても綺麗、なんて。
男の子に言う言葉じゃないか。
礼拝堂に、音楽が満ちる。
それも、終わりを告げて。
はぁとひとつ、息を吐き出して、こちらに背中を向けていた士郎が振り返って。
「遠坂。来てたんだな。何か用か?」
すっかりいつもの士郎に戻って、そんな風にわたしに問いかけてきた。
少しぼうっとしていたわたしは、ぱちりと瞬きをして。
「…用があるのは綺礼よ。いつもの手合わせに来たんだけど。」
気を取り直して、そう告げる。
綺礼は、もうそんな時間だったかと呟き、パイプオルガンに備え付けの椅子から立ち上がると、
一度だけわたしに視線を向けて、さっさと中庭の方へ歩いていってしまう。
相変わらずねと溜息ひとつ落として、綺礼の後に続こうとして。
「…ねぇ士郎。さっきの、一体何だったの?」
先程の出来事の疑問を解くべく、士郎にそう投げかけてみた。
「さっきって……ああ、綺礼のアレ?」
「士郎、あなたの歌もよ。」
「……む。何だった、と言われても。………俺にもさっぱり解らない。」
「………はい?」
「なんとなく歌い始めて、いつの間にか綺礼がパイプオルガン弾きだしたから、
なら最後まで歌いきろうって思って……遠坂?」
……頭、痛い。
士郎も綺礼も、要は気紛れにやってたってこと…?
まぁそんな予感もしていたけれど。
聴き惚れてしまった分、なんだか悔しいし、納得いかない。
「もしかして、聴き苦しかったか?自分じゃ解らないし……それなら悪かった。」
士郎がわたしの沈黙に対して、そんな風に言ってくるので。
「…今度、大勢の前で披露してみたらいいんじゃないかしら。
拍手喝采が貰えるかもしれないわよ?」
わたしはそう言って、にこりと微笑んでみせた。
半分は嫌味で、半分は本気。
ぱちぱちと瞬きする士郎の、間の抜けた顔が可笑しい。
「聖歌隊とか、似合うかもね、士郎。」
ふと思いついて言ったわたしの言葉に、士郎は眉を寄せて、
「……勘弁してくれ遠坂。柄じゃない。」
苦虫を噛み潰したような表情でそう言ってきて。
少しだけ胸がすっとする。
「綺礼を待たせすぎると後がうるさいし、もう行くわ。またね、士郎。」
わたしはそう告げて士郎と別れた。
その際士郎も、またなと返してくる。
良い歌声だったことには違いないし。
意外な士郎の一面も知れたことだし。
そう思えば、妙な演奏会に出くわしてしまったことも、悪くはなかったかなと、
わたしは思うことにした。
二人がどういう人物か、嫌になるほど知っているので、
心臓には、悪かったけれど。
聖歌とオルガン。
書きたかったシーンは初めに書いてしまったので、あとは蛇足みたいになった…。
聖歌隊ならアカペラが普通、なのかな。
そこはそれ。パイプオルガンも好きなので。
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