大馬鹿
「歯、食いしばりなさい。この、大馬鹿……!!」
その言葉と共に一発、身構える間も無く俺は遠坂に頬を殴られた。
口内に血の味。
ああ、素手で殴るなんて、手を傷めなかっただろうか。
その事の方が気になって。
勿論、痛かった。
もしかすると今まで経験してきた中で、一番の痛みかもしれない。
――それは、遠坂の気持ちが、一杯こもっていたから。
俺は本当に、馬鹿だな。
ここまでされて漸く、解るなんて。
世界を巡る為に、あの男に追いつく為に。
遠坂の元を離れることを決意して。
魔術の師としても、一人の人間としても大切に感じていた遠坂には、
けじめとして別れを告げるべきだと思い、それを俺は伝えた。
それに対する答えが、先程の一発。
遠坂は、真っ直ぐに俺を見ている。
俺を通して、かつての自分のサーヴァントのことも見ているのかもしれない。
肩で息をして、ぎり、と俺を睨む。
目尻には涙が、光っていた。
「……どうしてかしらね。どうして、アンタみたいなのをこんなに……。
腹立たしいのは、本当に今ので頭にきているのに……っ、
それでも、わたしは、アンタのことが……!!」
そこまで言って、一呼吸置いて。
「アンタがあいつのことを、ずっと追いかけていることは、解っているわ。
それは仕方がないことだとも思う。根付いてしまってる歪みを、そう簡単に
治せるとも思っていない。だから、長期戦は覚悟してた……。」
遠坂は目を逸らさない。
だから俺も、逸らすことはできない。
「あいつを目指して、あいつと同じように生きて。
同じになったって、意味なんか無いでしょう…!?
どうして解らないのよ…っ、アンタが、誰よりも幸せになることが、
アンタもあいつも、どちらも一番、報われることじゃない…!!」
遠坂の言葉が、本当の意味で届いた気がする。
俺が見たあの男の過去を、遠坂も当然、見たんだろう。
俺とは違い、第三者の視点で。
だから、自分自身では見えないモノが、遠坂にはきっと、見えた。
俺、何をやっているんだろう。
こんなに近くで俺のことを、
俺の未来までも見ていてくれた遠坂に、こんな顔させて。
俺は、硬く握りしめている遠坂の右手をとった。
遠坂は、もう何も言わずただ俺を見ている。
そっと唇を、その少し赤くなった拳に落とす。
「ちょっと、士郎……っ」
少し慌てたような遠坂の声。
独りではなく、遠坂と共に歩むことはできるだろうか。
目指すものを変えることは出来ないが。
もし、ついてきてくれるのなら……。
――――だから。
「うん。ごめん遠坂。俺、馬鹿だからさ。殴られないと解らないこと、沢山あるんだ。
だから、これからも傍で、見張っててくれないか。俺が間違わないように。」
「…なに、よ…それ」
戸惑う遠坂の声に、被せるように。
「遠坂のことが、好きだ。……俺と、結婚して下さい。」
求婚した。
遠坂は、一瞬固まった。
そして頬を赤らめて、目元に涙を溜めた。
何かを言おうと口を開いて、閉じて。
すん、と鼻をすすって。
俺は遠坂が落ち着くまで待った。
暫くして、すう、と遠坂が息を吸う。
そして。
「一生、士郎のこと、見ててあげるわよ。本当に馬鹿なんだもの。
目を離せるわけ、ないじゃない。……本当に、今更なんだから…。」
一息に言って、その後。
「……ありがとう、士郎。」
眩しい笑顔を、見せてくれた。
言えて、良かった。
人並みの幸せには、やっぱり抵抗はあるが。
遠坂には幸せになって欲しい。
その為には、俺自身も幸せにならなければいけなくて。
だから二人で、生きていきたいと思う。
最期に笑えるように。
あの男にも、胸を張れるように。
UBWトゥルーED数年後。
折れた弓士フラグとか(酷ぇ)
書きたかったのは、士郎を殴る凛と、求婚する士郎。
あと、ちょっと仕草が弓に似てきた士郎。
やることなすこと男前で、でもここぞというときに女の子な凛が好きです。
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