魔力
舌先で撫でられる。
ちゅ、と吸われて、また舐めて。
ぐ、と指先で押さえられ、再び溢れ出したそれを、また吸い取る。
ふやけそうだ。
「…なあ、ランサー。そんなに、飢えてるのか?」
「……訊くなよ、坊主。」
紙の端で切ってしまい、血が傷口から溢れてきた指先を、
自分の口に含むより先に手を掴まれて。
俺の指は、ランサーの口の中。
直ぐに塞がるはずの小さな傷口は、
ランサーが時折舌先で、その傷を抉る動きをみせるせいで
ちりちりとした痛みを俺に伝え続けている。
目的は、血液に含まれる魔力――なんだろう。
大した魔力を持っていない俺を相手に熱心に血を摂るランサーの姿が、
なんというか、いっそ可哀想に思えて。
俺はそのままランサーを眺めていた。
「あのさ、それ、足しになるのか?」
気になって訊いてみると、ならねえな、と答えが返ってくる。
そう言いながらも俺の指は、くわえたままで。
「ん、残念。止まったぜ、血。」
ランサーはそう言うと、最後にべろりと指の腹を舐めてから、
掴んでいた俺の手を解放した。
唾液に濡れた指先を見る。
血が出た痕跡は無く、薄い傷だけが残っている。
「なあ坊主。」
「?」
「コレが、ただの口実とは思わねーのか?」
「口実?何の」
ふいにランサーにそう訊かれて、訊かれた内容に俺は首を傾げた。
「何って………ま、いいか。」
「なんだよ、それ。」
ランサーは呆れた風に溜息を吐きつつ自己完結している。
口実……って言われても。
「回りくどい真似をするようなタイプじゃないだろ、アンタは。
だからさっきのも、単純に魔力目当てなんだろうなと思ったんだけど…違うのか?」
思ったことを口にすると、ランサーはぱちりと瞬いた。
そして、ふーんと興味深そうにこちらを眺めてくる。
なんなんだ、一体。
観察されているみたいで居心地が悪い。
口を開きかけた所で――――、
「ん、む…?」
至近に男の顔。赤い瞳。
薄く開いた唇から潜り込む他人の舌。熱。
反射的に腕を突き出して相手の肩を押すと、あっさりそれは離れた。
「ラ、ンサー、一体なに」
混乱し口元を腕で拭った俺に、ランサーはにやりと笑い、
「魔力は体液に含まれてるってことは坊主も知ってるだろ?
少しばかり貰っただけだ。どうせなら『精液』の方が手っ取り早いんだがな。」
悪びれずに言う。
ぐらりと目眩。やっぱり人間じゃないんだなと強く思う。
でなければ好き好んで同性相手にこんな真似、しないだろう。
「…言っておく。精液、ってのは絶対却下だからな。」
とりあえずそれだけランサーに言った。
「じゃあ、唾液は構わねぇのか?」
ランサーは不思議そうに問いかけてくる。
「……足しに、なるんならな。別に減るものでもないし。」
人口呼吸と変わらないだろうと思ったので、俺はそう答えた。
「…それも、人助けってやつか、坊主。」
「あ、うん。そうかも。」
「……ま、坊主がそう言うならいいか。しっかしやっかいなもんだな。その上鈍い。」
「?」
ランサーは微妙な表情で俺を見てくる。
そんなにおかしいこと言っただろうか、俺。
探るように見ていると、再びランサーが近づいてきて、顔が間近に迫る。
「折角だ。もう少し、貰うぜ。」
いいんだよな。そう至近で囁かれる。
流石に照れくさいような気分になったが、俺はいいぞと口にし、小さく頷いて目を閉じた。
視線が痛い。
すぐに重なったランサーの唇。
促されて口を開けば、舌が潜り込んできて。
さらに深く唇が重なり、ランサーは俺の口内を刺激して、溢れた唾液を啜る。
だんだん色々な感情が、麻痺してくる。
人工呼吸と変わらない、などと思ってしまったことを全力で否定したくなった。
息は苦しいし、体の奥、妙な熱が生まれるようで。
拙い、気持ち、いい。
ん、と喉が鳴る。
――――と。
「!!」
俺はランサーの体を引き剥がした。
ランサーは笑っている。
「お、まえ、な……!」
「気持ち良さそうにしてっから、サービスしてやろうと。」
「余計なお世話だ!」
絶対遊ばれてる。
ランサーは俺の両足の間に片足を割り込ませると、膝をつかって股間を押し上げてきたのだ。
「遠慮すんなよ、坊主。」
ランサーは上機嫌だ。
仏心なんて出すんじゃなかったと思っていると。
「またちょくちょく頼むぜ。男に二言は無いよなぁ、坊主。」
「ぐ」
先手を打たれてしまい、俺は黙るしかなかった。
これなら血液を提供する方がマシだと後悔した所で、もう遅い。
俺は深く溜息を吐いて、うなだれた。
気になるからちょっかいかけてるんだよと。
それに全く気付いていない士郎。
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