花びら
「坊主。」
突然呼び止められて振り向けば、そこにはランサーの姿。
「ランサー。何か用か?」
俺がそう返すとランサーは、用ってほどのもんじゃねえがなと口にしながら俺に近付いてくる。
そうして、手をついと伸ばしてくるのに、反射的に俺は後ずさった。
「なんだよ、別にとって喰いやしねぇから、じっとしてろ。」
「アンタのソレは、信用できない。」
「お、言うじゃねーか坊主。」
「あのな…。」
ランサーはどこか愉しそうで。
いつも俺はそんなこの男に流される。
結局、初めに警戒したところで、本当の意味で嫌ってなどいないから、どうしようもないのだが。
「――で、何なんだよ。」
ランサーの先程の行動を問えば、ランサーは、ああと頷き、再度手を伸ばしてきたので、
今度は大人しく立っていると、つい、とランサーの指先が俺の髪を摘み、すぐに離れていった。
指先を目で追うと、そこには薄いピンクの花びらが。
「あ、それ。ついてたのか。」
それは桜の花びら。季節柄、風に乗ってどこからか飛んでくることもある。
「可愛いもんつけてんなと思ってな。」
笑いながらランサーは摘んだ花びらをひらひらさせている。
うん。つっこむべきだよな。
「ランサー……女の子相手に言うような台詞、俺に言うなよな。」
嬉しくないぞと、じと目で言えば、
「ま、口説いてるからな。」
実にさらりと当然のように言うランサー。
「…嬉しくない。」
「って言うわりに顔赤いぞ坊主。」
「…っ、呆れてるだけだ。」
からかわれているだけだと思えれば、どれだけ幸せか。
それだけではないのを俺は、身をもって知っている。
初めから何故か嫌悪感は無かったが、困るというのが正直な所だ。
本当に、女好きのくせになんで俺にかまうんだろうといつも思う。
ランサーが指を開き、摘んでいた花びらを解放する。
それは風にのって、あっという間に視界から消えた。
その有様が、少しだけ目の前の男と重なる。
消えた花びらを捜すように目を空に彷徨わせていると、
ふっと目元が何かで覆われる。
そのあとに、唇に重なる感触。
「慣れてきたな。動じなくなったじゃねーか。」
俺に唇を合わせたまま、ランサーが笑い混じりに言ってくる。
吐息がくすぐったい。
「それとも、待ってたか?」
熱のこもった声が耳に届く。
目元はランサーの手で覆われていて、どんな目をしているのか確認することはできない。
それが少しだけ残念に思う。
あの赤い瞳は、結構好きだから。
唇にランサーの指が触れて、口を開くように促されたので、抗わずに僅かに開くと、
すぐにランサーの唇が深く重ねられてきた。
確かに慣れたと思う。絡められる舌の熱さだとか、ランサーの唾液の味だとか。
だから、それが離れていく瞬間は、名残惜しい気持ちがあったりもする。
きっと見透かされているんだろうと思うと、悔しい。
そうして唇が離れると同時に、目元を覆っていた手のひらも離れて。
「…時と場所を選ばない奴だな、相変わらず。」
溜息と共にそれだけ言ってやると、ランサーは実にこの男らしい笑みを見せ、
「これでも気ィつかってやってんだぜ?」
そんなことを言ってくるから。
これで気をつかわれているのかと思うとぞっとする。
「これからも、そうしてくれ……。」
そんな言葉しか出てこなかった。
とりあえず、帰宅する為に歩き出すと、その後ろをランサーがついてくるので、
一人分追加かなと、今日の夕飯の献立を考えて。
「なあ、何か食べたいものあるか?ランサー。」
振り返ってそう声をかけてみた。
ランサーが僅かに驚愕している。
そんなに驚くようなことかと思いつつも、その、少し間の抜けた顔に俺は思わず小さく笑った。
そんな俺をバツが悪そうに見ながらも、気を取り直したのか、ランサーが訊いてくる。
「何でもいいのか?」
「先に言っておくけど、『俺』とかベタな事言うなよ。」
「わざわざ言うってことは、それが望みなんだろ坊主。」
「馬鹿言うな。」
いつもの調子を取り戻したランサーと馬鹿な会話をしながら歩く。
いつの間にかランサーは俺の隣を歩いていて。
多少近すぎる気もするが、今のこの距離感は悪くない。
ついでに荷物持ちにこき使ってやろうと決めて、俺はそのまま買出しに向かうことにした。
今日の夕飯は、なかなか賑やかなことになりそうだ。
流石に似たような話になってくるなぁと思いつつ。
ランサーにからかわれる士郎、という構図が好きです。
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