赤、朱、紅



 

「…ランサー、また、つけまくってくれたな…。」
乱れた呼吸を静めながら、俺は自分の身体を見下ろし、溜息と共にそう呟いた。

毎度、流される自分もどうかと思うが。
なし崩し的に押し倒されて、まぁ散々啼かされて、ようやく解放されて一息つく。
そうして確認した自分の身体。
見える範囲だけでも、すごい。
赤、朱、紅。
あ、噛み跡まである。これ、多分結構痛かった時のやつだ。
それらは所謂、キスマーク、というやつで。
これをつけたのは、俺に未だ覆い被さっているランサーという男。

「オマエの肌、アカがやたら映えるからな。つい、やりすぎちまう。」
そう言ってランサーはまた、俺の首筋に顔を埋めて、ちゅ、と音を立て、きつく吸い上げてくる。
また跡がついたなとわかる。鏡で確認するのが怖い。

「っ、も、アンタは…っ、見えるところにつけるなよっ」
「いいじゃねぇか。色気あって。」
「あのな。」

取り留めの無い言葉の応酬。
色気も何も無い。行為が終わってしまえば、あとは獣のじゃれあいのようだと思う。
きっと尻尾でもついていればぶんぶん振っているような。

「……」
じ、とランサーの身体を見る。
均整の取れた体。
俺よりがっしりしているが、どちらかといえば、しなやかで。
その肌には、俺みたいに、情事の後を示すようなものは何も見当たらない。
なんだか不公平だ。
そう思ったことが顔にでていたのか、ランサーが突然俺の眉間に親指をあてて、揉みこんできた。
「む。」
「何難しい顔してんだ、坊主。」
問い掛けてくるランサー。
「…別に。俺はアンタにやたら跡、残されるけど。
 アンタには何も、跡ついてないなって思っただけだ。」
つけた所で相手は英霊。一度実体化を解けば跡など残らない。
わかっていても面白くなくて、俺はふいと視線をそらした。
ランサーがぱちりと瞬く。そうして俺が何を思ったのか気付いたようで。
肩を震わせて小さく笑った。
「オレに跡、つけたいんなら、つけりゃいいじゃねぇか。」
「そういうわけじゃない。」
「遠慮すんなって。」
「してない。」
ランサーは楽しそうに笑う。笑われてる俺は勿論楽しくない。

「しっかし、無意識とはなぁ。」
「…何が。」
「坊主、オレにしっかり跡つけてんだぜ。」
「は?…どこに。」

ランサーのその言葉に、俺は心当たりが無くて聞き返した。
ランサーは起き上がって、俺に背中を向けて、き、て――
「………あ」
「な。」
ランサーの背中。
無数の赤い線。引っ掻いた跡。
いくつか、みみずばれになっているものや、くっきりと爪の跡がついている所も……
「あー、俺、が、つけたんだよ、な…」
恐る恐る確認してしまう。
自分の手に目を落とすと、少し爪が伸びていて。
…もしかしなくても、かなり痛かったんじゃ…。
思い返せば、確かに、ランサーにしがみついて、背中をがりがりやったよう、な。
「爪、ワザと伸ばしてんのかと思ったが、そうでもなかったみたいだな。」
そう言ってランサーは全然気にしていないというように笑う。
「なんなら次にやる時まで、背中の跡、残しといてやろうか?」
「すぐ消せっ、馬鹿っ!」
多分、俺の顔、今真っ赤だろう。なんか色々悔しい。
「ついでだ、普通の跡も、つけとけよ。」
ランサーは、ほらと俺を胸に抱きこんでくる。
くそ。そんなに言うならつけてやろうじゃないかと、
俺は目の前にあるランサーの胸に唇をあてて、強めに吸ってみた。――が。
「ん…、色、薄い。」
ほんのり赤く染まったが、自分の身体に残るものとは違う。
「吸い方が足りねぇんだろ。」
ランサーが自身の胸を見下ろして、今俺がつけたばかりの跡を指でなぞる。
ランサーの肌が、跡、つきにくいんじゃないのかと一瞬思ったが、
先程見せられた背中の跡を思い出して、考え直す。
そして今度は、ランサーの首筋に俺は顔を寄せた。
俺自身もつけられただろう部分に唇をあてて、少し歯をたてて甘噛みしながら吸う。
は、と息を吐くランサー。
何度も同じ部分を吸って、俺は唇を離した。
その場所には、赤い跡がくっきりとついていた。
「…満足したか?」
ランサーが俺の表情を見て、そう聞いてくる。
「…満足、はしてない。やっとひとつ、つけただけだし。」
そう言いながらも、とりあえずはもういいとばかりに、
俺はランサーから少し身体を離して向き合った。
ランサーは俺がつけた跡のある首筋を何度か手のひらで撫でて、
「…揃いの跡に、なったな。」
そんなことを、言ってきた。
「――――あ。」
「なんだ、また無意識か。」
ランサーの嬉しそうな顔。
また、やってしまった。俺は単に、ランサーが俺につけた場所なら、
うまく跡がつくかと思ってそうしただけだったのだ、が。

「可愛いもんだな、坊主。」
「そんなこと言われても、嬉しくないっ」
「じゃ、男を煽るのが巧い、か?」
「…それ、凄く嫌だ。」

ランサーが再び俺を押し倒して抱きついてくる。
俺はそれに、ばたばたと暴れたが、簡単に押さえ込まれてしまって、
悔しくなったのでランサーの頭を抱え込んで、耳に噛み付いてやった。
「だから、そういう行動が、オレを煽ってんだって、自覚しろって。」
「うるさ――んっ…ぅ」
俺の言葉はランサーの唇に、奪われた。
俺は身体から力を抜いて、ランサーの背に腕を回す。
指先で背中をなぞると、俺のつけた跡がわかって。

俺はまた、その爪跡と同じ場所に、爪を、たてた。






槍士は事後のじゃれあいを書きたくなる…。

















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