本気の遊び 1
俺は今、ランサーと遊んでいる。
いや、遊びと思っているのはランサーだけで、俺は必死だったし、真剣だったが。
何がきっかけだったのかはよくわからないが、いつの間にか、
ランサーと道場で手合わせをすることになって。
流石にゲイボルクを相手にするのはぞっとするので、(一度それに心臓を刺されたのだし)
ならばとランサーが手にしたのは、物干し竿。
対する俺は竹刀。本当は双剣で、とも思ったのだが、代用できそうな良いものが無かったので。
そうして始まった立ち合い。
ああ、あの時の攻防を思い出す。
セイバーを召喚する直前の、二度目の対峙。
あの時も、ランサーは俺を殺す気ではあったが、俺が魔術師だとわかったあと、
俺がどの程度かみるために少し楽しんでいる風だった。すぐに失望させたのだが。
あの時と違う所といえば、ランサーが完全に遊んでいることと
俺が多少は闘い慣れした、という所か。
ランサーが思い切り手を抜いていることはわかる。
それでも充分に繰り出される一撃は恐ろしかった。
少しでも避け損なえば一発で昏倒するだろう急所への一撃。
力の差はわかってはいる。だが、遊びの一撃で昏倒するなぞ情けないし悔しいので、
結果、俺は必死にランサーの攻撃をかわす。
ランサーが遊びで俺が真剣。それで丁度うまく立ち合いが成り立っていた。
「坊主、オマエ魔術師より剣士の方が向いてるんじゃねぇのか?」
そんな軽口を叩きながら、物干し竿を槍のように突き出してくるランサー。
俺は必死にそれを捌き、チャンスだと思えば自分からランサーの懐に飛び込み竹刀を振るうが
易々とそれは避けられる。
「っくそ」
毒づく俺が面白いのか、ランサーは機嫌がいい。
だいたいランサーが本気なら俺はランサーの懐に飛び込むことなんてできない。
そんな真似をランサーが許すはずが無い。
だからこれは、セイバーも俺との立ち合いでよくやっていたがわざと隙を作り、打ち込ませているのだ。
一発くらいは当ててやりたい。俺は一度構え直し、ゆっくり深呼吸する。
そんな俺をどうとったのか、ランサーも腰をおとして構え。
直後、踏み込んで俺の心臓を狙ってくる。
俺は渾身の力で竹刀を振ってランサーの得物を弾き飛ばす。
…あれ、この場面、どこかで。
そう感じた瞬間、反射的に俺は自分の腹を腕で庇う。
と同時にランサーが一気に間合いを詰めて俺の目前に現れ、
俺の腹に蹴りを入れてきた。
「ぐ…ぅ!」
「お、やっぱり覚えてたか。いい子だ坊主。よく受けた。」
「お…まえ、な…」
ランサーが本気でなかったのと、俺が身体に力を込め、腹を庇った腕に魔力を通して
ランサーの蹴りを受けたおかげでその場に踏みとどまることができた。
本当に遊びだったんだな、と思う。
よりにもよって、あの時の対峙の再現なんて、悪趣味すぎる。
あの夜の恐怖。槍に心臓を貫かれた時のことまで鮮明に思い出してしまって、少し気分が悪くなる。
「どうした坊主。手加減はしたつもりだったがキツかったか?」
ランサーがそんな風に言って近付き、俺の腹に手をあててきた。
瞬間、俺は固まってしまった。じっとりと嫌な汗が出てきて、身体が無意識に少し震える。
そんな俺の様子をみていたランサーは何かに気付いたように目を細めて。
俺の腹に当てた手を浮かして、シャツの裾から手を入れてきて、
直に俺の胸、心臓の部分に手のひらを這わせてきた。
「っ、ランサー、なに」
「…思い出したか、坊主。オレがオマエのここを、貫いたのを」
言いながら、何かを探るように俺の肌を撫でる。
傷跡、でも確認しているんだろうか。
「…思い出した。あの時は、死んだと思った。」
「ああ。オレもきっちり仕留めたつもりだったんだがな。」
正直に白状した俺にランサーは口元に笑みさえ浮かべて言う。
今は俺を殺す気は無いのだろうが、こういう表情を見ると、聖杯戦争時を思い出して少し、怖れを感じる。
こいつは敵なら気に入った相手でも倒すだけだと言っていた。
その逆もある、とも。俺もそれに当てはまるのだろうか。
「…よく考えりゃ、坊主とも、妙な縁だな。」
ランサーがふいに、俺の顔を覗き込んで言ってくる。
手はまだ俺の胸に置いたまま。正直落ち着かない。
「…妙な縁?」
俺が聞き返すと、ランサーは話し出す。
「初めは、坊主はただの運の悪い目撃者。オレにとっては消すだけの相手だ。
それが殺したと思ったら生きていやがって、次に会った時には聖杯戦争のマスターときた。
で、今は何故か、こんな風に慣れ合っている。」
ランサーの手が横に動いて、俺の胸の尖りをなぞる。
ぞく、と身体が震えた。
数度撫でられて、硬くなったそこに爪をたてられて。
「ちょ…っと、待った。ランサーお前、何やってっ」
俺が慌ててランサーの腕を掴むと。
「なぁ坊主。この際だ、もう少し深い仲になってみるか?」
あからさまな欲を滲ませてランサーが俺の耳元に囁いてきた。
「…それ、俺に拒否権はあるのか。」
俺の問いにランサーはさぁなと愉しそうに言い、
「選択肢ぐらいはやるぜ。おとなしく受け入れるか、抵抗して無理矢理やられるか。
好きな方、選べよ。」
…眩暈がする。なんだそのありがちなセリフ…!
「結果は変わらないのに、選択肢とか言うなよ。」
できるだけ平静を装って俺が言えば。
「かなり変わると思うけどな。
坊主が受け入れるなら、優しくやってやるし。抵抗すんなら、手荒くなる。
どっちがいいか、好みくらいあるだろ?それを選ばせてやるって言ってんだ。」
ランサーはそう言って、俺の頬を撫でてくる。
「だから拒否権は」
そう俺が言いかけると。
「ん、なんだ。無理矢理が好みか。」
ランサーは真顔で確認してくる。
「……俺、男なんだけど。」
往生際が悪いんだろうか俺。
いや、そう簡単に頷けることじゃないだろう。
ここは道場だし、昼間だし。
いやまて、それ以前の問題だろう。
軽く混乱状態な俺を面白そうに眺めながらランサーは。
「坊主なら男だろうが、かまわねぇよ。」
そう言って俺の目尻に口付けてきた。
…とりあえず、逃げ出せそうには無いし。
どちらか選ぶしかないんだろうか。
初めは立ち合いをしていたはずが、なんでこんなことになって
るんだろう。
ランサーがどこでその気になったのかもわからない。
俺は、ある意味では諦めて、答えを出す為に一度、目を閉じた。
おとなしく受け入れるか。
それとも、無駄でも抵抗するか。
今までに書いた槍士の中ではちょっと悪い感じの槍になったかなーとか。
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