傍にいられるなら



 

――A

「よう。」
片手をあげて、そう声をかけてきた男がこちらに近付いてくる。
その男は、自分と似ていながら、自分とは違う姿で。
「英霊コトミネだってさ。語呂悪いよな。」
言って、晴れやかに笑う。
「シロウだから、同じ扱いをされたか。
 まさか、おまえとこんな形で逢えるとは思ってなかった。」
逢えたことが嬉しいと言うかのように、その男は微笑み。

「これからよろしくな、エミヤ先輩。」

そんな言葉で締めくくった。


知らないはずの、出会う前の、若い衛宮切嗣と言峰綺礼が、
とてつもなく嫌な顔をした映像が、脳裏をよぎった。
世界はどこまでも、オレを絶望させたいようだ。




手放していた意識が戻る。正気に返る。
教会の屋根上。一時の休憩のつもりで目を閉じていた間に見えたモノ。
夢ではない。サーヴァントは夢など見ない。
ならばあのイメージは、他ならぬ自身のマスターである、あの男の―――。
「――言峰、士郎……!」
男の名を吐いた自分の声は、低かった。
脳が煮えた。激しい怒りが出口を求め体内を駆け巡る。
湧き上がる衝動のまま、霊体化し、最短距離で自身のマスターの下へと駆けた。





――S

悪寒が走る。
その瞬間、俺は突如現れたアーチャーに片手で首を掴まれ、壁に乱暴に押し付けられていた。
ぎりぎりと首を絞めあげられる。
「何の、真似だ。」
なんとか声を絞り出し、目の前の男を睨みながら問う。
「こちらの台詞だ。貴様、英霊なぞに憧れを抱いているなどと……
 自身も成りたいなどと、たわけた考えを……!」
答えたアーチャーの声には、苦渋が滲み出ていた。
「っ、何で、俺がそんな」
咄嗟に否定したが、次の瞬間、無駄だと悟った。
マスターとサーヴァント間にあるパスを通して伝わってしまったのだろう。
アーチャーが言った内容とは僅かに違う所もあったが、俺はそれに似たことを確かに考えていた。
そんなところまでだだ漏れなのかとウンザリする。
「…成ろうと思って、成れるものじゃ、ないだろう。」
その俺の言葉に。
「それを、衛宮士郎はやりとげた。」
アーチャーは淡々と言う。
その声色に、背筋が凍った。それは、予感。
「貴様にも可能性は、あるということか………。」
地を這うような声。
「やはり、言峰士郎は、ここで死ね。」
宣告して、アーチャーは俺の首を絞めあげる手に、更に力を込めてきた。
冗談じゃ、ない…!
「落ち着け……馬鹿っ」
そう口にした自分の声は掠れて小さい。
舌を打ちたくなる。
アーチャーは今、ある意味正気じゃない。
何がこいつをそうさせるのか。

ああ、そんなの、決まってる。
衛宮士郎が、英霊に至る可能性。
それをこいつは何よりも疎んでいる。
俺は衛宮士郎ではないけれど、同じ『士郎』ではあって。
俺にもその可能性を見てしまったから。
有り得ない、なんて、言い切れないのだろう。
実際にこの男は、こんな形で存在し続けているのだから。
そして、衛宮士郎を殺すことだけを望んでいるのだから、
俺の中に衛宮士郎を見た今、こうして――。

アーチャーの片手に剣が投影される。
それが振り下ろされるのを見た瞬間。
俺自身も、多分、何かが切れた。

「――っ、投影、開始…!」

自分でも信じられない集中力で、俺とアーチャーの間に投影するそれは、セイバーの鞘。
アーチャーの振り下ろした剣は、鞘に当たり消滅し、アーチャーの目が見開かれ。
鞘はすぐに消えて、後に残ったのは、割れそうな自分の頭の痛み。
アーチャーの手が、俺の首から外される。
喉に流れ込む空気にむせた。
げほげほと咳を繰り返す俺を、ただ見ていたアーチャーが。
「…たわけ。余程早死にしたいようだな。
 今の貴様には、それは身に余る魔術だ。確実に命は削られているだろう。」
まるで、俺を気づかうかのように、そんなことを言ってきた。

投影魔術が命を削る。
それはもう、ずっと前から薄々気付いていたことだ。
だから、今更だった。
俺は教会に来てから、何年も前から、投影魔術を使ってきている。
投影魔術が命を削ることを、綺礼もギルガメッシュも知っていただろうに、
一度もそんな意味では止められたことは無かったなと思い返して、
あの二人らしくていっそ可笑しくなって、小さく笑った。
別に早死にしたいわけではないが、俺には必要だったから、使った。
それだけだ。
それは、これからも、同じ。
だから、そんなことよりも、俺は。

「俺を殺そうとしながら、そんな心配するなんて。難儀なやつだな、おまえも。」

目の前の男の矛盾の方が、気になって。
アーチャーは、ぐ、と眉間に皺を寄せて、ばつが悪そうな顔を見せた。
そんなアーチャーを見て。

「英霊って存在が、ろくなものじゃなくても。
 おまえの傍にいられるなら、それもいいかって。
 そう思うことは、そんなに可笑しいか?」

俺が英霊に成れたら、と思ったその理由を、言ってやった。
アーチャーが信じられないものでも見たような顔をする。
俺は笑いかけて、両手を広げてみせた。

「それは何だ。」
訊いてくるアーチャーに。
「来いって。慰めてやるから。」
目の前の男が哀れに思えて。
俺はそう言って、答えを待たず強引に立ち尽くしているアーチャーを自分の胸に抱きこんだ。
アーチャーは抗わない。
難しい顔をしながらも、そのままでいる。
俺はアーチャーの髪に顔を埋めて抱きしめた。

俺のこんな気持ちは、アーチャーを苦しめるだけなのかもしれない。
それでも。
俺はこの男の在り方が、好きだから。
こいつが、好きだから。

「どんなに望んでも、きっと俺はおまえの傍に立つことは無い。
 神経質になるなよ。俺のことなんて、流せばいいんだ。」
だからせめて、今は傍にいさせてくれと、小さく呟いた俺に。

「流せるものならば、私は今、ここにはいない。」
アーチャーも、独り言のようにそっと呟いて、目を閉じた。


泣けやしないけど。
大声で泣きたい気分になったので、
俺は、ハ、と軽く笑ってみた。
そうしたら、泣き笑いのような響きになったので、
唇を噛み締めてアーチャーを、胸にきつく抱きこんだ。
アーチャーは、そんな俺に、黙って付き合ってくれた。





だから俺は、おまえが、好きなんだ。










物凄く、士郎の片想いっぽいな。
言峰士郎だと、どうも士→弓になる。










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