信頼と裏切り
今日は学校で一波乱あり、少し疲れた。
昨夜の傷のおかげで体の調子も万全とはいえない。
さっさと寝るかと俺は自室に向かった。
ライダーのサーヴァントの脱落。
遅かれ早かれ、そうやってサーヴァントは減っていく。
聖杯戦争。最後の一組になるまで、それは終わらない。
そして、最後まで生き残ろうとも、サーヴァントは消える。
当然だ。所詮は期間限定の祭りのようなものなのだから。
奴は、この先どう動くのだろう。
やはり俺を裏切るだろうか。
別にそれは構わない。
自分だけに降りかかることなら、の話だが。
そうやって自分の内に沈んで色々思いを巡らしていると。
「一人か坊主。あの弓兵はどうした。」
いつ現れたのか、傍には槍兵―ランサーが立っていて、声をかけられる。
ランサーはアーチャーに対して、あまり良い感情を持っていないようだ。
それを抜きにすると、単純に戦りあいたいだけのようだが。
「アーチャーは屋根の上。見張りでもしてるんだろう。
それより、俺なんかに構ってていいのか、ランサー。」
俺がそう答えると、
「ああ。今から出るところだ。」
ランサーはそう言って、だが立ち去る様子はなく、じっと俺を見てきた。
「……何だ。」
俺が促すと。
「昨夜、酷く血の匂いがしたが。坊主、誰にやられた。」
ランサーは俺を強く見据えて、そう訊いてくる。
確かに派手に血は流れたから、ランサーが気付いていてもおかしくない。
心配……してくれているわけでもなさそうな様子に、俺は眉を寄せたが。
ああ、成る程なと思う。
ランサーは、多分、俺のこの傷が誰の手によるものなのか、見当がついているんだろう。
そして、この男は、そういう、ある種真っ直ぐな性根をしているから。
だからこそ、それが気に食わないのかと。
はぐらかすこともできたが、言ってどうなるというわけでもないので。
「…アーチャーに、ばっさりやられた。」
俺は少し肩を竦めて軽い口調で言ってみせた。
ランサーの眉間に深く皺が刻み込まれる。
ちっ、と面白くなさそうに舌打ちする姿。
それを見て、いいやつだなぁと呑気に思った。
俺自身の中では、昨夜のことは既に終わったことで、心の整理はついている。
アーチャーは初めから俺に対して殺意を抱いていたから、
別に驚くようなことでも、怒りを覚えることでもなかった。
ただ、俺としては、出会った瞬間は反発を覚えたが、
今はうまくやっていけたらな、という思いがあったりするのだが。
「…なぁ、オマエ等うまくいってんのか?」
ぽつりとランサーに問われる。
「うまくいってるように、見えるか?」
俺は逆に問い返した。
「見えねぇ。」
「…じゃあ、うまくいってないんだろうな。」
ランサーの答えは簡潔。
予想通りのもので、やっぱりそう見えるのかと俺は小さく溜息をついた。
ランサーはずっと俺を見ている。
見定められているような感覚に俺は目を眇める。
ただランサーはやたらと真剣な面持ちだったから、
俺は言葉をかけることを躊躇った。
しばしの静寂の後。
「いっそ、オレと組まねぇか。」
「断る。」
ランサーの提案と、俺の拒絶は殆ど同時。
ランサーは面白そうに俺を見てくる。
「間髪いれずとは、つれねぇな。」
そう言いながらもランサーは機嫌が良さそうに見えた。
俺は何度目かの溜息をついて。
「そういう、裏切りだとか、乗り換えとか嫌いだろ。なのに馬鹿なことを言うな。
綺礼のことが気に食わなくても、令呪の縛りの影響があるんだとしても。
少なくとも今、裏切るつもりは無いはずだ。どんなに理不尽だろうがな。
あんたはそういうやつだろう、ランサー。」
そんな風に言ってやる。
ランサーは、へぇ、とどこか感心したように呟く。
俺は、自分の気持ちを改めて確認する為に、続けた。
「俺は裏切らない。たとえあいつが、裏切ろうと。」
「奴が裏切った時は、どうするんだ?坊主。」
ランサーが訊いてくるそれに、
「決まってる。とりあえず一発殴る。俺を裏切ったことを、絶対に後悔させてやる。」
俺は淀みなく答えた。
次の瞬間。
くつくつとランサーが実に可笑しそうに笑い出した。
「…何だよ。」
「いや、坊主、最高だなオマエ!サーヴァント相手に殴るときたか。
……惜しいな、オマエと組めりゃ、面白かったかもしれねぇな。残念だ。
オマエみたいなやつは、好きだぜオレは。」
ランサーのその言葉に、きっと嘘は無い。
向けられる好意は純粋なもので、俺はそれを素直に嬉しいと思った。
―――が。続けられた言葉は、ろくでもなかった。
「まぁ、オマエとは味方よりも敵であるほうが面白そうだ。早く戦りあいたいもんだぜ。」
「…結局、行き着く所はそれなんだな……。」
ランサーが心底、それを望んでいるのだとわかって、俺は呆れつつも苦笑を零した。
俺とあいつがちゃんと主従の形で、この男と相対することがあるのかはわからない。
可能性としては低い気がする。――だが。
「少なくとも、アーチャーとは戦えるんじゃないか。」
俺はそう言ってやった。
ランサーの眉が顰められる。
「妙に裏のある言い方だな……ま、いいか。」
ランサーは訝しげに言いつつも、そこで会話を切った。
今、何を言った所で埒があかないとでも感じたのか。
俺としても、何を訊かれても答えようがないので、ランサーが話を切り上げてくれて助かった。
「っと、無駄話しすぎたか。じゃあな坊主。精々あの野郎とうまくやれよ。」
ランサーは俺にそう言葉を投げると、こちらの返答を待たずに実体化を解き、姿を消した。
また今夜も、いずれかのサーヴァントに戦いを挑みにいくのだろう。
戦闘好き、というのはどうかとも思うが、ランサー自身の在りようは心地良いもので。
そういう奴に限って、運が悪かったりもするのだろうが。
軽く息を吐き出す。そして、
「聞いていたんだろ、アーチャー。」
確信をもって、俺は自らのサーヴァントに声を投げかけた。
それを受けて、目前にあっさり姿を現した赤い弓兵は、皮肉気な笑みを浮かべていて。
「やはり、酔狂な男だな、おまえは。」
呆れたような声でアーチャーが言う。
「…酔狂で結構だ。俺はおまえを切る気は無いからな、アーチャー。」
俺は挑むように真っ直ぐにアーチャーを見て告げた。
アーチャーが眉間に深く皺を寄せる。
「……解らんな。私に拘る理由は、おまえには無いだろうに。」
困惑を滲ませるアーチャーの声。
馬鹿な奴だ。
そういう姿を見せるから、気になるんじゃないかと俺は内心で呟いて。
「俺がおまえを、この戦争に喚んだんだから、理由なんてそれだけで十分だろう。」
本心は隠したまま言って、俺はアーチャーの横を通り過ぎて自室に向かった。
アーチャーに背中を晒す。
それが今の俺に出来る、精一杯の信頼の証。
アーチャーからの返答は無く、ただ、背中に強い視線だけを感じていた。
きっと、解り合うには剣を交えるしか無いんだろうと、そんな予感を抱きながら。
そして、また一つ、夜を越える。
<助けが必要なのは誰>の翌日。
大人なランサーと、子供なアーチャーってイメージが…。
実際の年齢はアーチャーの方が上なのかな。でも精神的にアーチャーは幼い気がする…。
上っ面だけは大人なんだけどね、対応とか。でも根っこの部分が子供。
ああ、士郎の前でだけ、ありのままの自分に、子供に戻るのかな。
そしてランサーはやっぱりかっこいいよ…。
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