助けが必要なのは誰



 

俺には魔術抵抗力が殆ど無い。
それが原因で、間抜けな話だが、キャスターの魔術に見事にかかり、
深夜、奴の拠点である柳洞寺に自分の足で出向く羽目になった。
そして、キャスターと対面。
奴はアーチャーの力をはかる為か、俺にあいつの真名を問いかけてきたが、
俺は勿論、あいつの正体なぞ知らないので、そう言えば。
埒が明かないとでも思ったのか、何かを仕掛けようと、その手を俺にのばしてきた。
俺はキャスターの魔術で身体を縛られている。
せめてとキャスターを真っ直ぐに睨みつけていると。
「足を引っ張らぬようにしろと、言った筈だが。」
そんな声と共に、光の矢が降り注ぎ、俺の束縛を解き、俺の前に赤い背中が降り立った。
その時は心底驚いた。まさかアーチャーが助けにくるとは思ってもいなかったので。
そうして今度はキャスターはアーチャーに話しかける。
アーチャーは闘うつもりは無かったようだが、話の流れでキャスターがアーチャーを
試すかのような挑発をしてきたことにより、
その挑発を受けて、アーチャーがキャスターに剣を向けた。
結果はキャスターにとって期待外れだったらしい。
俺とアーチャーは利用価値が無いと結論づけたのか。
俺とアーチャーに向けてキャスターは惜しげもなく攻撃を開始した。
この後のことは、正直情けなさすぎて記憶から消し去りたい。
俺はその攻撃から満足に逃げることも出来ず、そして、これも意外だったのだが、
アーチャーは俺を担いでキャスターの攻撃から逃れるため走った。
俺はというと、黙って担がれてなどいられず、今思えば馬鹿馬鹿しい言い合いを
アーチャーと交わした気がする。そしてアーチャーは俺を攻撃圏内の外に放り投げることで遠ざけて。
当のアーチャーはその直後、一瞬身体の動きを封じられたが、その前に仕掛けていた攻撃で、
逆にキャスターを追い詰めることに成功し、
だがアーチャーがキャスターを見逃す形で戦闘は終わった。

何故見逃すのか、と問えば。
キャスターは利用価値があると。
冬木に住む人々の生命力をかき集めていようとも、それでバーサーカーを討ってくれるのならば、
安い犠牲だと。
大局的に見れば最善、とアーチャーは言う。
それに対し、俺は言った。
「お前が言ってることは、俺もわかるけどな。それでも俺は、キャスターのやり口は気に食わない。
 だから、止める。それだけだ。」
思えば。この言葉がアーチャーの心の内の闇に触れたのだろう。
ここにいても仕方がないから戻ろうと、俺がアーチャーに背を向けた直後。

「やはり、殺すか。」

低い呟きと共に膨れ上がる殺気に、俺は咄嗟に振り向き、身体を退いたが間に合わず。
右肩から袈裟懸けに 斬られた。
ぐ、と呻き、よろめく俺を感情の無い貌でアーチャーが見る。
ああ。召喚時に俺に向けてきた殺気と同じ。
だが、アーチャーは俺を見ながら俺を見ていない。
それが、気に食わない。
自身に向けられる殺意ならまだしも、俺を別の誰かと重ねて、そのせいで殺されるなど、ごめんだ。
疑いようの無い殺気。感情を見せない目。
なのにどうして、俺は、そんな風に感じてしまったのか。
矛盾、している。
「なんで、そんなに、泣きそうなんだ、お前は。」
気付けばそう、俺は問いかけていた。
助けが今、必要なのは俺なのに。
アーチャーにこそ、助けが必要な、そんな、気がして。
ああ、駄目だ、と思う。
10年前、運良く救われた命だったけど。
こんなことで、呆気なく死ぬのか。
そう他人事のように思って。
出血のせいで目が霞む。
もうアーチャーがどんな貌をしているのか、わからない。
ただ、なかなか第二撃がこないなと。
そんなことを思いながら、俺は、意識を手放し、崩れ落ちた。




この男は今、何を言った。泣きそう、だと?
アーチャーは士郎のその言葉に、止めを刺すため振り上げた腕を、止めた。
この男の中に、衛宮士郎を見た。
やはり、この男も、そうなる可能性を持つのだと。
そう、判断した。
だからここで、殺そうと思った。
手を抜いたつもりは無く、だが振り下ろした剣は、ぎりぎり致命傷を避けられる。
だが、次で終わり。
そうして振りかぶった所で先の言葉。
士郎はそれだけ言って、その場に崩れ落ちた。
放っておけば失血死するだろう。
だが、何故かはわからないが、さっきまで身体を駆け巡っていた衝動が、引いた。
殺す気なぞ、失せた。
アーチャーは士郎の身体を抱き上げる。
止血まで面倒を見る気は無い。このまま死ぬのならば、それでも構わない。
だが、悪運が強ければ死なんだろうと、それだけを思い、そのまま教会へ戻る為、地を蹴った。




 誰か、闘っている。
 褐色の肌と白い髪。無心に剣を振るう。
 ああ、強い。
 けれど、周りにいる、おそらくそいつが助けた者達は皆、声を揃えて、
 機械のようだと、何を考えているのかわからないと、怖れ、嫌悪する。
 馬鹿。なんで、誰も、気付かない。
                     なんで俺にはそう見える。
 そいつは、泣きたいのに泣けない。
 そんな顔を、しているのに。
 誰もそのことに気付かない。
 本人さえ、気付かない。
 それに、腹がたった。




目が覚めた途端、意識をまた失いたくなった。
なんで俺は、アーチャーに横抱きにされている。
「気がついたか。」
つまらなさそうにアーチャーが声をかけてくる。
教会の自室。ちょうどドアをくぐった所だった。
「死にたくなければ、止血するのだな。」
言いながらアーチャーが俺を地におろす。
血を失いすぎたようでくらくらするが、黙って俺はアーチャーの腕から離れた。
なんで止めを刺さなかったのか、気にはなったが。
変に蒸し返すことも無いかと思考を切り替える。
ふと、アーチャーの顔をみて、先程みた夢の人物と似ている気がした。
知らず凝視していたらしい。アーチャーが眉をひそめて何だ、と訊いてくるのを、
「何でもない。」
俺はそうごまかした。
知られてはならないと漠然と感じたからだ。

止血の為に、消毒液と包帯、ガーゼといったものを用意していて、はたと気付く。
「お前、魔力、足りてるのか?」
キャスターとの闘いで、アーチャーはかなりの魔力を消費したように感じた。
アーチャーの今の状態を探ってみても、俺にはよく、わからないので、率直に訊いてみたのだが。
「現界維持に、支障は無い。」
それがアーチャーの答え。
それはつまり、戦闘になった時には全然足りないということではないのか。
俺とアーチャーのラインは繋がっている。
けれど、どこかアーチャーの方が俺から流れる魔力を拒んでいるふしがある。
俺は小さく溜息をつき、手っ取り早く魔力を渡す為の手段を提示した。
「このまま流すのも、もったいない。だから、ここから摂れ。」
アーチャーに斬られた、自らの傷。いまだ血を流すそこを指差しアーチャーに言う。
「……正気か、貴様。」
アーチャーは低く問う。
おそらくアーチャーが言いたいのは、自分を殺そうとした相手に報復ではなく、
力、魔力を与えるというのか、といったことだろう。自分でもどうかしてるとは思うが、
「多分、正気だ。」
それだけ簡潔に答えた。
アーチャーは暫く黙っていたが、いつまでたっても、止血もせずにアーチャーを見据える
俺に何を思ったのか。一度目を閉じ、開いた時には、俺の方へ歩み寄っていた。
俺はベッドに腰掛ける。俺の前に跪き、アーチャーは腕を俺の背中に回して抱き込むようにして、
右肩から袈裟懸けに斬られた傷口へと唇を寄せた。
はじめは躊躇していたようだが、身体が魔力を欲するのか、一度俺の血を舌にのせたあと、
躊躇わず、傷口に舌を捻じ込んでくる。
痛みに無意識に逃げようとする俺の身体を強く抱き寄せ唇をよせて、血を啜る。
こんな姿をみていると、やはりアーチャーは人ではない存在なのだと強く感じる。
血液から魔力を吸い上げられる感覚に、身体から力が抜けていくよう。
だがアーチャーの腕が、俺が倒れることを許さない。
俺は手持ち無沙汰になり、そっと片手をもちあげて、アーチャーの髪を弄る。
アーチャーは俺の傷に唇を寄せたまま、上目で俺を一度見てきたが、ふ、と目を伏せて、
さっさと終わらせようとでも考えたのか、俺の行動に特に何を言うでもなく、魔力摂取を続ける。
お互いに言葉は無く、静かに時が過ぎる。
よく意識を失わずにいるなと、自分自身に少し感心した。
アーチャーの唇が、傷口から離れて。
知らず、俺は安堵のような息を小さく吐く。
アーチャーの腕が離れ、俺はそのまま背中からベッドに倒れ込んだ。
あ、目を閉じたらおちる。そう思ったので、必死に堪える。
手当てぐらいはしないと。そう思うが身体に力が入らない。
――と。
「っ、った……!!」
ずきんと鋭い痛み。
何事か、と思えば。アーチャーが消毒液を手に持っていたので、あれを容赦なくかけられたのだと知る。
「っ、おま、え。もうちょっと、やり方、あるだろっ!」
半分涙目になりながら、アーチャーを睨みつけて訴える。
アーチャーは素知らぬ顔で、俺の傷口にガーゼを押し当てて、器用に包帯を巻いていった。
「…自分でやれって、言ってなかったか。」
素直に礼を言う気になれずにそう呟く俺に、ただ気がむいただけだと、アーチャーは軽く返し、
手当てが終わる。
「…さっさと眠れ。」
そう告げると、アーチャーは部屋を出て行こうとする。
「あ…アーチャー。」
何を言いたいのかも解らないまま、俺がアーチャーを呼び止めると、アーチャーが振り向き。
「殺されたくなければ、令呪で私を、縛っておけ。」
簡潔にそう、告げてきた。
それに対し、俺は考えることも無く、断る、とだけ言う。
「…次に剣を向けた時は、必ず殺す。それでも貴様は…」
アーチャーは強く俺を見据えて問いかけてくる。
俺も真っ直ぐそれを受けて。
「ただでさえ、マスターとサーヴァントっていう関係で有無を言わさず縛ってるんだから、
 これ以上、お前を縛るつもりは無い。」
そう答えを返す。アーチャーは目を眇めて、だが、ひとつ、息を吐くと。
「忠告はした。好きにするがいい。マスター。」
そう言って、実体化を解き霊体に戻った。

静寂が戻ってくる。
俺は目を閉じ、身体の力を抜く。
すぐに意識が薄れていく。
あいつが俺を裏切る時の理由を、つくりたくなかった。
俺を裏切り、俺を殺したいのなら、真っ直ぐにくればいい。
その覚悟は、すでに出来ている。
お前と出会った、あの夜に。
口に出さなかった想いを反芻して。

俺は意識を手放し、眠りについた。










柳洞寺、アーチャーVSキャスター戦〜言峰士郎とアーチャー。
血液からの魔力摂取って便利。健全にできるので(笑)













小話・雑感部屋へ戻る