危険な舞



 

両手で槍を握り水平に、体の前・横側に向けて押し出す。
次は斜めに傾け、同じ様に。
片手で上方から地面に向け、水平に素早く振り落とす。
両手の肘を曲げ槍を握り、体の前で槍の先を体の側面に向ける。
槍の中段を両手で握り、両腕を交叉させ、体の両側を立円で回す。
槍の根元を下から上に向けて、跳ね上げる。

淀みなく、流れるように、しなやかに。
それはまるで、演舞。



「それ程珍しいモンでも無いと思うが、よくもまぁ厭きもせず見てんな、坊主。」
一通り終わったのか、ランサーは両手に槍を構えたまま、俺にそう話しかけてきた。

教会の中庭。
俺がその側を通りかかったのは、偶然。
そこでランサーは、軽い運動のように槍を振るっていた。
その振るわれる槍の軌跡に、いつの間にか引き込まれてしまい、
気付けばその場に立ち尽くしていた。
槍術だけではなく、槍を振るうランサー自身にも、正直見惚れていた。
全身に無駄なく筋肉のついた、均整のとれた体。
何よりも、ランサーの魂が持つ光とでもいうのか、
惹きつけてやまないそれは、まさに英雄。
光の御子とはよくいったものだ。
ランサーは、今はサーヴァントとしての武装した姿をとっていた。
現代にあわせた服装の時は、随分とこの時代にとけ込んでいて、
あまり人外であることを感じさせない分、こういった姿をとると、
途端に目を見張る存在感を放つ。

「…英霊なんだよなって思って、見惚れてた。」
俺が肩を竦めてそう言えば、何だよ今更、とランサーは苦笑いする。
ぶん、と手に持った赤槍をひとつ、振るった後。
「そういやぁオマエ、アーチャーと戦り合ったことが、確かあったよな。」
ふと思い出したように、ランサーが槍を肩にのせ、俺に視線を向けて訊いてくる。
その目はどこか、愉しげで……。
「断る。ゴメンだ。」
「何だよ、まだ何も言ってねぇだろ。」
嫌な予感がして、拒否の言葉を口にした俺にランサーは目を瞬き言ってくる。
「英霊相手にマトモに立ち合えるわけないだろ。」
浮かんだ嫌な予感を、そのまま口にすれば。
面白そうにランサーは、獰猛な笑みを浮かべた。

「アーチャーの野郎と、実際戦り合って、勝ったんだろ、坊主。」
「あれはアーチャーが魔力不足で消えかけだったから、なんとかなったんだ。
 それにお互いに、自分自身との戦いみたいなものだったからな。
 真っ当な立ち合いで勝ったわけじゃない。だから、却下だ。」
「いいじゃねぇか。手ぇ抜いてやっから。」
「それはそれで、面白くない。」
「だいたい坊主。オマエ、あの神父やらギルガメッシュの野郎の傍に
 何年もいて、それで五体満足ってことは、普通の人間じゃねぇだろ。」
「……人を人外扱いするな。」
「いいから。付き合えよ。」

会話がそこで、終わる。
ランサーの体が動く。
咄嗟に俺は、工程を省き――
「投影開始…!!」
瞬時に干将莫耶を投影し、無造作に突き出された槍の穂先を双剣で受け止めた。
ひゅう、と口笛を吹くランサー。
「やるじゃねぇか。」
「アンタな……」
「だが、オレの前でその得物を出すたぁいい度胸だな、小僧。」
「仕方、ないだろ。宝具とやりあえて、尚且つすぐ投影可能な武器は、
 俺はこれしか、知らない……!」
渾身の力を込めて槍を弾き、間合いを取る。
ランサーは抗わずに、弾かれた槍を構え直す。
「……手加減、しろよ。」
再度、確認する。
「男なら、手ぇ抜くなぐらい言えよ坊主。」
笑みを浮かべたまま、ランサーが挑発してくる。
「馬鹿言うな。乗らないぞ。その槍は特に怖いからな。」
そう言いながらも、俺は覚悟を決めて、ランサーと向かい合う。
「わかったわかった。真名の解放はしねぇよ。」
ランサーは少し不満げに言って、改めて槍の切っ先を俺に向けてきた。
「じゃ、始めるか。初撃は譲ってやる。」
来い、とランサーが誘う。
俺は一度瞼を落とし、息を吐き、集中し、ぐ、と脚に力を込めて。
「お手柔らかに、頼むぞ。」
軽く頭を下げて礼を取り、目を開き。
あとは完全に頭を切り替えて、全力で目前の槍兵目掛けて地を蹴り、駆けた。

右、休まず左、と連続して双剣を振るう。
それを苦も無くランサーが赤槍で受け流す。
遠心力を使い、剣を叩き込み、その勢いのままに脚を振り上げ、
ランサーの頭部目掛けて蹴り付ける。
一瞬だけ目を見張り、すぐに同じ様に俺の脚にランサーは自らも脚を振り上げ打ち合わせた。
相打ち、とはいかず、俺の方が競り負ける。
体が傾ぐ。
その隙をついて、ランサーの槍の穂先が迫り、それを双剣で弾き、
一度間合いを取り直す為にランサーと距離をとる。
「何だよ。オレには手ぇ抜けなんて言っといて、オマエは全開じゃねぇか。」
ランサーが喉奥で笑いながら声をかけてくる。
「仕方ないだろ。俺は手抜きなんて、できない。」

『敵』と認識し、相手の首を取る心構えで立ち合う。
俺はずっと、綺礼相手にそれを続けてきた。
いつだって死と隣り合わせで。
この緊張感、実はわりと好きだったりする。
口にはしないが。

俺の言葉にランサーは目を細める。
「時代によっちゃあ、いい戦士になったかもな。」
ランサーの言葉。
それはきっと、最大の賛辞。

我ながら、心構えという面だけで言えば、それなりだと自負している。
ただの怖いもの知らずとも言うのだろうが。
それに実力が伴わないことが情けなくもあるが。
魔術は勿論、こうした剣技や格闘術も全て、中途半端。
並よりは上だろうが。

ひゅ、と風切る音に意識をランサーに改めて向けた。
ランサーは腰を落として槍を構える。
「次はオレの番だな。」
殺気と紙一重の闘気を肌で感じて、俺は腹に力を込めて相対する。
ぐ、と双剣の柄を握り締める。
脚が動いた、と思った瞬間には、既に槍が目前まで迫っている。
脳が指示を送るよりも早く、俺の体は反応した。
咄嗟に俺は槍に剣をあてて軌跡をずらす。
すぐに修正され、突き出される槍をまた弾く。
真正面から受けず、極力受け流すように。
俺がちゃんと反応できるということは、ランサーは言った通りに手を抜いてくれているんだろう。
だが、容赦などない。
それは俺が受けきれるギリギリのライン。
受け損なえば、赤槍は俺の体を、心臓を貫くだろう。
剣の柄を握り締める手のひらには、嫌な汗が滲んできている。

こんな風に感じるのは、無謀だと解っている。
これは自分から言ったことだとも。
だがそれでも。手を抜かれているという事実は、俺に正常な思考を許さない。
要するに、悔しいのだ。
何が何でも一撃、くらわせたくなる。いや、くらわせてやる。
そう強く決意し、俺はランサーの槍を受けた。

鋼が打ち合わされる甲高い音。
自身の荒い呼吸。
規則的なランサーの息づかい。
槍が、剣が、空を引き裂く音。
ランサーが槍を返す間隔が徐々に短くなっていく。
俺を試すように。
ランサーの貌は随分愉しげで。
ぎり、と奥歯を噛み締める。
何度ランサーの槍を凌いだか。
ランサーの返す動きが一瞬、遅れた。
それを俺は見逃さなかった。
躊躇わずにランサーの懐に踏み込み、構えていた剣を振り抜く。
一度、二度。
それをランサーは多少驚いた顔をしながらも危うげ無く、紙一重で避けて。
三度目。
ランサーが読み違えたのか。
俺の剣はランサーの頬、薄皮一枚を、間違いなく、切り裂いた。
赤い線が、走る。―――赤い血が、滲む。
ぞく、と俺の全身が、恐怖に震えた。
純度の殺意。
おそらくそれはランサーの、傷を付けられたことに対する戦士としての反射。
ランサーの槍が迷うことなく、俺の左胸、心臓に迫り。
俺は即座に全身の筋肉に命じ、回避行動をとり、
ぎりぎりのところでランサーも正気に戻ったのか、
舌を打ち、繰り出した槍の勢いを殺そうとし――――。
結果。
ランサーの槍は、俺の左上腕を、ざっくり切り裂いた。
骨を砕かれずに済んだのは幸いか。
だが、勢いよく血液は噴出し、俺は右手の平できつく左腕を押さえた。
目の前が真っ赤に染まるような痛みが溢れ出す。
「チ、やっちまったか。悪い、坊主。」
慌てた声でランサーが俺の傍に来て、傷口を押さえる俺の手の上にランサーの手が重ねられた。
「この……馬鹿!何で避け損なってるんだよアンタは…!」
「――は?」
俺の罵倒に、ランサーが間の抜けた声を返す。
そう。俺は自分がこんな目にあったことよりも、
俺の剣を僅かとはいえ、受けてしまったランサーに腹を立てていた。
一撃くらわす気でいたが、いざランサーに剣が届けば、それはそれで、どこか気に食わない。
我ながら、自分の感情は複雑怪奇だ。
そんな俺をどう思ったのか。
「さっきのは、なかなかいい一撃だった。
 完全に、オマエを甘く見積もったオレの落ち度だ。うっかり殺しちまう所だったぜ。」
ランサーはそう言って悪びれなく笑う。
いや、うっかりで殺されかける俺って……。
「それより、コレ、どうするか。……坊主、治癒の魔術は使えねぇのか?」
断りも入れずに俺の神父服の左袖を、勢いよく破り、引き抜く。
まぁ槍で引き裂かれたから、もう使いものにならないし、構わないが。
左腕の傷口の上、肩に近い部分を、その引き抜いた袖部分できつく締め上げながら、
俺に問いかけてくる。
「治癒の魔術は、俺は使えない。
 …聖杯戦争中は、原因はよくわからないが、でたらめな治癒力がこの体にはあったけど。
 今は無理みたいだな。」
ランサーに答えながらも、少しぼんやりしてきて。
失血で結構危険な状態になってきているのかもしれないと、妙に冷めた頭で思う。
ランサーは、そうかと頷き。
「癒しはオレも、得手じゃないんだがな。」
呟いて、ランサーは赤槍の穂先に自分の手をあて、躊躇わず、横に引いた。
ランサーの手のひらが切れて、赤い血が溢れる。
腕の傷口にあてていた俺の手を強引に剥がして、
かわりにランサーの、その赤く染まった手のひらがあてがわれた。
ランサーが小さく、低い声で何かを唱える。
手のひらをあてがわれた傷口が熱に覆われる。
じんとしたそれは、痛みを和らげて。
時間にすれば、ほんの数秒。
ランサーは一つ吐息すると、俺の腕から手をはなした。
見れば傷口は塞がっていて。
「表面だけだからな。ま、暫く安静にしてろ。」
ランサーはそう念押してくる。
「わかった。ありがとう、ランサー。」
傷を付けたのはランサーだが、こうして癒してくれたのもランサーに違いは無いので、
俺は礼を口にした。
ランサーは目を瞬かせて、
「律儀だな、坊主。」
そう言って笑う。
俺もつられて苦笑した。


うっかりランサーが槍を振るう姿に見惚れてしまったばかりに、こんな目にあって。
まったく、随分と高くついたものだと思うものの。
ランサーとの立ち合いは、多少、楽しくもあったので、ランサーを責める気にもなれず。
俺は、痛みは殆ど引いたが、ほんのり熱く疼く傷口に、そっと右手で触れた。
先程の立ち合いでの高揚を、反芻するように。







聖杯戦争後。立ち合い。
戦闘ものを書く練習にと、実験的に。
やっぱり難しいです。要勉強。
書いた本人だけが楽しいようなブツになりました。













小話・雑感部屋へ戻る