挨拶は命がけ
「あんたも運が無いな。」
相手が実体化を解き、霊体に戻ろうとしたタイミングで俺はそう声をかけた。
俺にはとっくに気づいていたであろうその男、
綺礼が連れてきた槍兵のサーヴァント・ランサーは不機嫌を隠すことなく俺を見てきた。
そして、一瞬で詰められた間合い。
俺の心臓一ミリ手前で、ぴたりと突きつけられた赤い槍。
叩きつけられる殺気。
「……ほぉ。」
微動だにせずランサーを見る俺を、どうとったのか。
ランサーは少し感心したような声を出す。
「いい根性してるじゃねぇか、坊主。」
そう言って、槍を瞬時に仕舞う。
「まぁ最悪、殺されるかもって覚悟はしてたからな。」
それでも、俺を試してくるだろうという予感の方が強かったので声をかけることにしたのだが。
そう答えた俺をランサーはしげしげと見て言う。
「で。オレに何の用だ。あの神父の仲間か?オマエ。」
その問いかけに俺は、む、と唸る。
「無関係、と言いたいところなんだが…」
途中で言葉を切った俺を訝しげにみてくるランサー。
意を決して口を開く。
「あいつは、綺礼は俺の義理の父親、になる。けど、それだけだ。
俺はあいつのやろうとしてることは知らないし、知る気も無い。
あいつが何をしようと止めることもしない。お互いに干渉しないんだ。
だから本当は、あんたに話しかけるのは、どうかとも思ったんだが
……なんか、綺礼なんかのサーヴァントになるなんて、運が無いよなって思ったら、
つい、話しかけてた。」
俺の話に耳を傾けていたランサーは、一瞬呆気にとられたが、直後、
どうやら俺に対する警戒を完全に解いてくれたらしい。
張り詰めていた空気が和らぎ、ランサーは、
「運が悪いのは今にはじまった話じゃねぇがな。そう思ってくれんなら坊主、あの神父なんとかしろよ。」
そうくだけた口調で、溜息をつきつつ言ってきた。
「綺礼のやることに、俺は口出ししないってさっき、言っただろ。」
俺は少し笑いながら言い返す。
「ちっ、そうかよ。…さっきの話が本当だとすると、坊主をどうしようがあの神父のハラは痛まないわけか?」
獰猛な笑みを浮かべつつランサーが言ってくる。
「ああ、無駄だ。だからあんたも柄にも無いこと言うなよ。」
俺はさらっと流してやる。俺の言葉に眉を寄せたランサーに、
「あんたは意味の無い殺しとかをする奴には見えないからな。」
そう俺が答えると。ランサーは、じ、と俺をみて。
「…坊主も魔術師だな。どうせなら坊主がオレのマスターならまだマシだったんだがな。」
そんなことを言ってきた。
「冗談。俺は聖杯戦争には興味なんてないし。」
俺が吐き捨てると。
「?魔術師なら、聖杯は喉から手が出るほど欲しいもんじゃねぇのかよ。」
不思議そうにランサーが問う。その問いに、俺は。
「俺は一般的な魔術師って奴じゃないから、悪いがこれっぽっちも聖杯に興味は無い。
そういうあんたは、やっぱり聖杯が欲しいのか?
サーヴァントってのは聖杯目的で召喚に応えるとか聞いたけど。」
そう答えて、逆にランサーにも聞き返す。
「オレも聖杯とやらに、特に興味は無ぇ。
オレは、聖杯戦争で生じる闘いそのものが目的で召喚に応じたんだが…」
そこまで言って、ランサーは何かを思い出したのか、不機嫌そうに眉をしかめる。
「…綺礼は、あんたに闘うのを禁じているのか?」
そんな気がして訊くと。
「諜報活動に徹しろ。そう命じられれば、死力を尽くした闘いなんざ望めねぇだろ?
面白くもねぇ。今回の召喚は輪をかけて運が無ぇよ。」
ランサーはそう毒づく。
「…本当に、運が無いんだな、あんた。」
しみじみと俺が言えば、全くだ、と溜息をつくランサー。
ああ、こいつ。本当にいい奴なんだろうなと思う。
きっといい奴だから、運が無いのだと。
「愚痴くらいなら、いつでも聞くぞ。」
だから頑張れよと言って俺が笑うと、ランサーは俺の顔をじっくりとみて。
「…初めに見た時は、あの神父と雰囲気そっくりで警戒したが……いや、悪かったな、坊主。」
そう言ってからりと笑うランサー。
雰囲気が似てる?綺礼と…?
「それは、すごく嫌だな……」
俺の顔はよっぽど苦渋に満ちていたのか。
そう答えた俺の背中をランサーはばんと叩いて、だから悪かったと言ってくる。
「あ、そういや坊主の名前、まだ聞いてなかったな。」
「…すごく今更な気もするけど……いいか。俺は、士郎だよ。言峰士郎。」
「士郎、か。どうせ短い間だろうが、ま、よろしくな、坊主。」
「……あんまり名前を名乗った意味を感じないんだが。」
「男が細かいこと気にすんな!」
そんなやりとりがあって、俺はランサーと打ち解けた。
これから先、意外と長い付き合いになることは、
まだお互いに知らない。
綺礼がランサー連れてきたあとの初対面時の話。
言峰士郎だと、ランサーに殺されることは無さそうだな、と思って、
そうなると、凛のペンダントが士郎の手にわたることも無いだろうし、
本当に、アーチャーとはかけ離れた存在になるなぁとか思ったり。
もし殺されても、凛の手が届かない場所で、ということになりそうだ。
そんなことを、この小話書きながら考えたりしてました。
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