安眠の方法
「なんだ、まだ一人では眠れないのか、士郎。」
暗闇から声がかかって、びくりとする。
「う……綺、礼。」
その声の持ち主の名を俺が呼ぶと、暗闇から滲み出るように
黒い神父服を身にまとった言峰綺礼が姿をあらわした。
…やっぱり、ばれてたのか。
俺は小さく溜息をついた。教会に来てから、ろくに眠れなくて何日か前に部屋を抜け出し、
礼拝堂に行った時、なんでかギルガメッシュと会い、どんな手をつかったのかわからないが
いつの間にか眠りにおちる事が出来たので、それを期待して、夜、部屋を抜け出すことが多くなっていた。
毎回ギルガメッシュと会うわけではなかったけれど。
「…まさか、あれがお前の面倒をみているとはな…」
綺礼が面白そうに呟く。あれ。…ギルガメッシュのことか?
「…なぁ綺礼。あいつ、ギルガメッシュって、その。普通の人間じゃ、無いのか?」
気づけば俺は、ずっと気になっていたことを綺礼に訊いていた。
綺礼は俺を見下ろして、じっと見てくる。そして。
「ほう。普通の人間でなければ、何だと思うのだ。」
逆に俺に問いかけてくる。
「何っていわれても……わからない。……普通じゃないのは、綺礼も、だよな。」
つい、本音が出てしまった。あ、と思った時にはもう遅く。
そっと綺礼を下から見上げると。…なんか可笑しそうに笑っていた。
「くく…まあ良い。あれのことを知りたいのならば。…そうだな、私の部屋にいくか。」
綺礼はそう言うと俺の返事も聞かずに自分の部屋へ歩いていく。
なんとなく、綺礼の言い方だと、本当にギルガメッシュは人間じゃないみたいで、気になったので。
俺は小走りになりながらも綺礼のあとを追いかけることにした。
綺礼の部屋。俺の使う部屋とあまり変わらなかった。
ものが少ない。違うところ、というなら。あの飾られているたくさんの瓶。酒、だろうか。
綺礼はその中の一本をとり、グラスをふたつ手にしてソファに座る。
「座らないのか?」
ドアの前で立ち尽くしていたら、綺礼がそう声をかけてきたので、俺は綺礼の前までいって、
向かいのソファに座った。綺礼はふたつのグラスに先ほどの瓶の中のものを注ぐ。
何も言わず俺の前に片方のグラスを置いて、綺礼はもう片方のグラスを手に取り一口飲んだ。
匂いがするのでわかったけれど間違いなく酒だと思う。
…神父が子供にこんなもの出すなよ、とは思ったが、少し興味もあった。
「さて、ギルガメッシュのことだが。」
綺礼が話し始めたので、俺は促すように綺礼を見た。
「簡単に言えば、そうだな。お前に解りやすい言葉で言うならば、霊、というものだ。」
「れい……幽霊?」
すぐには信じられず聞き返す。だって、あいつにはちゃんと身体がある。幽霊なら俺に触れるはずは無い。
そんな俺に、綺礼は。
「幽霊、というモノとはまた違うのだがな。霊、というモノの中でも、一番上に位置するモノで、
既に死んでいるモノ、という点では幽霊と然程変わらんか。ある理由で人間と同じように見えはするが、
中身が人間とは別のモノ、と今はそれだけ理解しておくといい。」
そこまで言って、綺礼は今はこれ以上話す必要は無い、というように、グラスに口をつけた。
…とりあえず、今の話だけでもよくわからないので、本当はもっとややこしいことなのかもしれないと思い、
俺はそれ以上は訊かなかった。
わかったことは、ギルガメッシュは人間ではないので、気をつけた方がいいってこと。
そんな奴がなんで綺礼と一緒にいるのか気になったけれど、
多分、今訊いても教えてはくれないだろうし、きっとわからないことなんだろう、と思う。
それで会話は終わって、静かになる。
部屋に戻ればいいんだろうけど…目の前においてあるグラスが気になっていた。
そっと綺礼を見てみる。綺礼は黙々と飲んでいる。
今度は自分の前におかれたグラスに目をやって。
…ちょっと、舐めるだけなら、いいか。
そんな風に考えて、俺はグラスを両手でもちあげて口を近づける。酒の匂いにくらりとする。
舌をのばして、ぺろ、と動物がするように、それをすくい舐めた。
途端、舌の先がぴりっとして、あわててひっこめた。
熱いのと苦いのと甘いのと辛いのと痛いのを同時に感じて混乱する。
その俺の様子を見ていたのか、正面をみると、綺礼が薄く笑っていた。
少し悔しくなって俺は思い切って一口、ガラスの中の液体を飲んだ。
と思ったら。
「っけほっ」
むせていた。少しだけ喉を液体が通る。喉が熱い。
なんか頭もくらくらするような…
「お前には早すぎたようだな。」
綺礼の声も遠い。いつの間にか綺礼がそばにきていて、
「さて、どうする。お前の部屋へ運んでやっても良いが、ここで眠ってしまっても構わん。」
その綺礼の問いかけに、俺は頷いたのかそうでないのか、よくわからないまま、
どちらにしても、このまま眠ってもいいことだけはわかって、俺はそのまま目を閉じた。
翌日。俺は結局、綺礼の部屋で目を覚ました。
頭がちょっと痛い。
「目が覚めたのならば、顔でも洗ってくるといい。」
綺礼が普通に、そう声をかけてくるので。
俺もこくりと頷いて、ふらふらと綺礼の部屋を出た。
もしかすると、あの酒は、眠れない俺への、綺礼の好意だったのだろうか。でも。
お酒ははたちになってから
そんなお決まりのフレーズが、俺の頭の中に飛び交っていた。
<漆黒と黄金>の後日。
綺礼が普通に寝かしつけてくれるはずは無いよなぁと思い、
ゼロで酒を蒐集していたとのことなので、酒で強制的に眠らせるという方法を。
士郎は部屋に立ち込める酒の匂いで既に酔ってたということで。かなりキツイ酒を出してます。
綺礼は自分の性癖受け入れたあとなのでたいしたことではないけど士郎がちょっと
苦しそうなのを肴にして飲んでましたとか。ひでぇ。
これが切嗣なら、普通に一緒に横で寝たりしてくれるんだろうなと思うと、教会士郎は大変だな。
でもタフに育ちます。
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