漆黒と黄金



 

冬木市の大火災。
俺はただ一人の生き残りだったらしい。
そして何の因果かいつのまにか教会の神父の子供になっていた。
本当にいつのまにか、なのだ。
俺の大火災から後の記憶といえば。
誰か(大人の男だったと思う)に助けられて。そこで一度、意識を手放して。
次に気づいたときに見たのは病院の天井。その時に医者に説明を受け、そうして夜眠りにつき。
目覚めた時にはもうこの教会で。
身寄りの無い子供が教会に預けられるという話は聞いていたのでそういうことなんだと思ったが、
少し違ったのは、教会の神父が俺を養子にすると言ったこと。なんで、という疑問は勿論あったが、
なんとなく断る隙は無さそうだと感じたのと、実際、俺に行くあてなども無かったので、
どうせどこかに貰われるのなら教会の子になった所で変わらないだろうとも思ったので。
俺はあっさりそれを受け入れていた。
そういったわけで、俺は言峰士郎という名になった。

この教会の神父、言峰綺礼という名前だが。
なんとなく、神父らしくないと感じた。どこから見ても神父なのだが、何故そう思ったのか、
うまく説明はできない。それが理由というわけではないが、この男を義理とはいえ、
父親として呼ぶことには抵抗があって。そんな俺の思いを見透かしたかのように、
神父は名前を呼び捨てて構わないと、俺に言ってきた。
その言葉に甘えて、俺はこの神父を綺礼、と呼んでいる。
あと一人。この教会には同居人がいる。まだそいつとは顔見せ程度で、会話らしい会話はしていない。
俺はその時、言葉にならない怖れをその男から感じた。
名前をギルガメッシュ。金の髪と、俺に視線を向けた瞳は赤で人間ばなれをした姿だと思った。
そして、この男がその気になれば、俺のことなど簡単に殺せるのだと、意味もなく感じて。
ただその怖れは自分が死ぬ、ということにではなく、力そのものに対しての純粋な怖れだった。
死にたくはないけれど、死ぬのが怖いとは感じない。どうもあの火事で生き残ったことで、
自分の中のなにかを落としてきたような、そんな感じがしていた。
これから、この二人と生活していくのだと思うと、実を言えば不安だったが。
だからといってどうなるわけでもないので。俺は開き直ることにした。

そうして教会で生活するようになって数日。
真夜中。与えられた部屋で俺は眠れずに何度目かの寝返りをうつ。
教会にきてからずっと、夢をみている。あの大火事の焼き直し。繰り返し、繰り返し。
夢を見ている間は、自分が助かるなんてわからない。
だから。熱くてくるしくて。本当は救われたはずなのに、
夢では俺はひとり、意識を手放して――目覚める。
どちらが夢で、どちらが現実なのか。しばらくわからないくらい混乱して、考えるのも疲れてきて、
浅い眠りにおちて、朝が来る。それの繰り返し。ぐっすり眠れた日が無い。
俺を引き取った相手が、もう少し普通の奴だったなら。弱音を少しくらい吐いて、
甘えることもできたのかもしれない。
でも、相手は普通じゃない。神父というなら、もう少し親しみを覚えたっていいはずなのに、
なんとなく、あいつには弱みをみせたくなかった。俺の状態はきっと、あいつに筒抜けだろうけど。
なんか、俺が苦しんでいるのを見て、喜んでいるような気がするのだ。
ギルガメッシュはもっと無理だ。いまだにちゃんと話したこともないし。
俺は、はぁと溜息をついて起き上がり、部屋を出た。
夜の教会は、どこもかしこも不気味だ。それでも歩みを進めて俺は礼拝堂にきた。
椅子に座ってぼんやりとステンドグラスをみあげた。暗くても、きれいだと思う。
どれくらいそうしていたのか。
「何をしている。」
突然声をかけられて、心底驚いて。声がしたほうを向けば、
ギルガメッシュがそこに、立っていた。
「…べつに」
俺はそっけなく言って目をそらす。
本当なら、怖れを感じる相手なら機嫌を損ねないようにもっと慎重に答えるべきだと思うが、
それはなんとなく悔しくて。つい投げやりな声になってしまった。
ギルガメッシュからの反応は特に無い。かといって、立ち去る気配も無い。緊張する。
静寂。

かつん、と足音がこちらに向かってきた。
俺はびくりと身体を少しふるわせた。
目の前で、ギルガメッシュが止まる。恐る恐る相手を見ようとして。
ふっと、目元がなにかでおおわれて。暗闇。
ギルガメッシュの手のひらで視界が閉ざされた。
俺は、なにかを言おうと口を開きかけて。

「ヒトの子は身体を休める刻限であろう。…疾く、眠るが良い」

その声を聞いたのが最後。
ぷつん、と電気が切れるみたいに、俺は意識を失った。
何かに抱きとめられる感じが した。


崩れ落ちた身体を抱きとめる。
強制的に意識をおとしてやった雑種は、しばらくすると穏やかな寝息をたてはじめた。
餌である雑種相手に何を、とも思うが、これもただの戯れだと
ギルガメッシュは雑種―士郎の身体を抱き上げて歩き出す。
…それに、この雑種には 何かがある。
ギルガメッシュはそう確信していた。
士郎を病院から拉致する形で教会につれてきたのはギルガメッシュだった。
士郎から、何故かセイバーの魔力の残滓のようなものを感じたからだ。
うまく開いてやれば、他の雑種よりもいくらかはましになるかもしれん。理由などそれだけだと。
ギルガメッシュは結論づけて、そのまま士郎があてがわれた部屋に向かった。

そう、受肉した以上、現世に留まる時間は充分にある。
特定の雑種を目にかけてやるのも、一興だろう と。



気づいたら朝だった。
自分のベッド。久しぶりに、ぐっすり眠れたようで頭がすっきりしている。
ふと、昨夜を思い出してみて――
「…なんで、あいつが?」
ぽつりと呟く。
俺が眠れていないことをわかっていて?まさか。
でも、夢ではないことはわかっている。
夢をみるほどに、あいつのことをまだ俺は何も知らない。
…いいやつ、なんだろうか。
まて。そう思うのはまだ早い と、どこかで声がする。
けれど、この一件で、俺は確実に、ギルガメッシュへの警戒心というものが薄れていた。


後に、それはもう、酷い目にあうのだが。
それはまた、別の話。





というわけで。
当サイトでの言峰士郎のはじまり、でした。
この数日後には、ギルガメッシュに強制的に魔術回路を開かされた、と。
痛みによるもの、かなぁ。初めての開き。
ギルガメッシュの士郎への感情は、初めはセイバーがらみの興味ですが、
そのうちに、士郎自身への愛着にかわってゆくということで。

















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