歪な盾 6



  ああ、そういうこと、なんだな。 俺は、あいつのことを、こんなにも…… 気付き、認めてしまえば、簡単なことだった。 記憶は薄れていくもの。 それでもしがみつくように、あの剣戟を思い返す理由。 あいつの言葉を何度も思い起こす理由。 俺は、あいつのことが、好き。だと。 もう自分の未来の形、という風には見ていない。 俺はあいつにはなれない、きっと。 こんな、自分の為に正義の味方を目指す俺は、 他人の為に正義の味方を貫いたあいつとは違う、衛宮士郎だ。 あいつのように、なれない。 それは残念だけれど、それよりも大切なものに、俺は、気づいてしまった。 自分の気持ちがはっきり判れば、すべき事も見えてくる。 俺はそれを告げ、遠坂と別れた。 遠坂は何も言わなかった。 全部解っていると、そう言うかのように、綺麗に微笑んで、俺の背中を押してくれた。 遠坂のことは、とても好きだ。 けれどいつの間にか、その想いは、恋愛のそれから形を変えていった。 魔術の師として尊敬し、血の繋がる者に対する愛情のような、そんなものに。 自分のすべき事。 それは、あいつを守護者とかいうものから引き摺り下ろすこと。 あいつが今も望まない召喚をどこかで受けているのだと思うと嫌だった。 方法など解らない。ただ、守護者という役割を与えられるその理由については、 いくつか文献をあたったことで見当がついた。 なら、英霊エミヤがそれに該当しなくなればいい。 俺はあいつにはなれないけれど、エミヤには違いないのだから、 俺のこれからの生き方次第で、少しでも何かが変わるかもしれない。 そして、もうひとつ。 あいつを現界させる。 これは、賭けだ。うまくいくかは解らない。きっとチャンスも一度きり。 俺はあいつの本体を召喚し、実体化させることができるような、立派な魔術師ではないから、 俺一人の力でどうこうできるわけがないことは自覚している。 ならば俺は世界の力を利用する。代償は俺の残りの命の半分。 叶うのならそれ以上とられても構わない。 あいつが世界と契約したその時は、きっと、俺にも訪れる。 その時がくるのを、俺は世界を巡りながら、待った。 そして数年後、召喚は、成った。 知らないだろう、お前は。 この時の俺が、どんな気持ちだったか。 記憶のままの姿。赤い外套。褐色の肌。真白の髪。 そして、鉛の瞳が俺を捉える。 「わかるか、アーチャー。俺はおまえが殺しそこねた衛宮士郎だよ。」 ずっと、こう言おうと決めていた。 記憶はなくとも記録は残る。 ならば、あの剣戟の記録も必ず残っているはず。 人の形をとって俺の目の前に現れたことで、俺は本体を喚べたのだと信じて疑わなかった。 あとは俺を、俺と認識できるかどうか。 俺の問いかけに自身の内に沈むアーチャー。――そして。 「世界と、どんな契約をした。衛宮士郎。」 低く、俺に訊いてくる、アーチャーの声。 俺を真っ直ぐに見据える瞳。 眩暈がする。歓喜に思考が支配される。 「教えるわけないだろう、馬鹿。」 声が震える。それだけ言うのがやっとで。 俺は、ただ、微笑った。 そうして俺は、召喚の意図を、自分の想いを、アーチャーに告げた。 受け入れられるのか、拒まれるのか。 そんなことは頭に無かった。 ただ、自分の想いを伝えて、知っていてほしかっただけ。 アーチャーが拒めば、いや、拒んでもきっと、座に還してやる気はなかっただろうが。 とにかく俺は、ただあいつに、好きだと告げた。 アーチャーは物凄く動揺していて、ちょっと笑った。 悪いなとも思ったが、止まらなかった。 殺したいと、ずっと希み続けた自分の過去に、愛の告白を受けるなんて思わないだろうし、 アーチャーの混乱は手に取るようにわかる。 全ての想いを吐き出して、俺は口を閉ざし、アーチャーの反応を待った。 アーチャーを、見ていた。 時間にすれば、ほんの僅かの空白。 アーチャーが、俺の名を呼ぶ。 視線が合う。 合った、と思った途端に、俺はアーチャーに押し倒されていた。 とっさに受身をとる。 どこか、熱のこもった視線。 名を呼ぼうとして、それは遮られた。 アーチャーの唇によって。 はじめから深い口付け。息苦しさに喘ぐ俺の呼吸を、さらに奪うように、深く、深く。 擦り合う粘膜の熱さ。アーチャーの熱。 俺はアーチャーの背中に腕をまわして自分からも舌を絡ませた。 濡れた音が響く。無心に貪りあって、ようやく離された頃には息があがっていた。 「…お前の、こたえを。まだ聞いて、いない。」 今の行動で、本当は気付いたけれど。 アーチャーの口から聞きたくて、問いかけた。 「…たわけ。」 それが、アーチャーの返答。なんだよ、それ、と不満を零しながら、俺は笑った。 アーチャーの声はあからさまに甘くて。それがちゃんと答えなのだと、わかってしまう。 けれど、アーチャーはそのあと、俺の目元に口付けて、はっきりと、言ってくれた。 俺と同じだと。俺に、焦がれていると。 ああ、嬉しすぎて、泣きそうだ。 だから俺は目を細めた。 そして、アーチャーを求めた。 アーチャーも、俺を求めてくれた。 性急にアーチャーは俺を高めていく。触れられるたび、俺は震える。馬鹿みたいに啼いた。 アーチャーの熱に、貫かれる。 ひとつに、なる。 ここにいる。その事実が本当に嬉しくて。 そのままアーチャーにそれを伝えれば、アーチャーは息をのんで。 その直後、激しく突き上げてきて。 お互い、一度目は早かった。 けれどそれで終わるはずもなく。 何度も何度も、俺は達し、アーチャーも全て俺の内に注ぎ込む。 意識を手放し、次に気付くと、また揺さぶられている。 このまま喰らわれてしまうのではないか、そう錯覚してしまうほどで。 結局、半日以上、俺達は抱き合っていた。 「…何が可笑しい。」 アーチャーが近い距離から問いかけてくる。 「ああ。思い出してたんだよ。俺がお前に自分の気持ち、吐き出した時のこと。」 俺はそう言って笑いかけた。 それを聞いて、アーチャーも思い出したのか、少し複雑そうな表情になったが、 そうかと頷き、俺に口付けてくる。 俺達は今、ひとつのベッドの中にいる。 こうして二人でひとつのベッドを使うのは、当たり前になっていた。 世界を二人で巡り、時と場合によっては戦闘をこなすこともあった。 そして二人でベッドに潜り込み、そのまま眠ることもあったし、 アーチャーがその日の戦闘で、多少無理をすれば、魔力供給の為に抱き合うことも、 目的などなくただ、抱き合うことも。 「…また、濃くなったな。」 俺の肌を撫でてアーチャーが言う。 少しずつ変化してきている俺の肌の色。 その範囲は広がってきている。 アーチャーはもう、俺がアーチャーに近付くことを咎めることはしない。 それは、近付いても同じには決してならないと感じているからなのかもしれない。 俺自身がそう、思っているから。 「でも、あまり似てないよな、俺達。」 俺はそう言ってアーチャーの前髪に触れ、額におろしてみる。 そうすると、アーチャーは途端に幼く見えるから不思議だ。 アーチャーの瞳は鉛。 俺は赤銅。 多分、瞳の色だけは変わらない気がする。 「…似ていたならば、こういう真似をする気には、流石にならなかっただろうな。」 アーチャーがそう言いながら、指を俺の後孔に這わす。 そこは一度アーチャーを受け入れて、解けている。 俺は促すようにアーチャーに腕をまわして。 「確かに。鏡に懐いたことは、無い。」 少し笑って、自分から唇を重ねた。 アーチャーがそのまま俺を抱き寄せ、再度貫いてくる。 俺はそれを受け入れ、目を閉じた。 世界を巡っていると、辛いことの方が多いけれど。 俺は独りではなく、アーチャーが傍にいるから。 こうしてアーチャーと二人きりでいる時間が、俺を癒すように。 俺もアーチャーの磨耗した心を、少しでも癒せていればいいと切に願って。 俺は今日も、アーチャーの熱に、溺れた。 士郎視点。回想と後日談。 らぶらぶです。 第三者がいる時は、普通に接してますが、 二人きりになった途端、空気が変わるというか。ぴんくになるというか。 士郎から弓に対する照れを無くすとこんな感じに。 弓も自覚してからは普通に甘いです。 スキンシップにキスはあたりまえ、みたいな。 小話・雑感部屋へ戻る