歪な盾 4



  この体は剣で出来ているけれど 俺は盾として 生きていく そう奴は言った。 剣が盾として生きることなど出来はしまい。 そんなことをすれば、零れ落ちる命を増やすだけだ。 剣は相手を殺すもの。殺して、その殺した相手より多くのものを救う。 それが剣の生き方だ。 でも 剣を盾として使うことだって 出来るはずだ 勿論本当の盾よりも 劣るけれど それでも 俺はそう生きると決めた 決めて今まで生きてきた 実際にそうして生きてきたのだと奴は言う。 ならば多くの人間を救うことなど出来なかっただろうと そう私が言えば、奴は少し顔を歪め、 それでも、救うことが出来た人達もいるんだと、強く言った。 衛宮士郎が私を召喚した場所は、人災か天災か判別はつかなかったが、 多くの人間が助けを待っているような、そんな場所だった。 倒すべき明確な敵なぞ、もうどこにもいない。 そんな場所に私を喚んで何をさせるつもりだと思えば。 なんということはない。ただの人命救助だ。 普通の人間よりも手際良く、事をなせる、ただそれだけだ。 だが、衛宮士郎は言う。 お前のおかげで、ずっと多くの人を助けることができた。 自分一人では、こんなに助けることは出来なかった。 そう言って、笑った。 これは自分の過去ではない。だが、衛宮士郎なのだ。 その齟齬に軽く混乱する。 出来ることを全て終え、その場を離れて一息つき。 「いったい私に何をさせる気だ。」 そう、私は士郎に問うた。 「それよりも。まずは遠坂に会いに行かないと。  お前も会いたいだろう?」 そう言って士郎に話題を逸らされる。 少なくとも、今はまだ話す気は無い、ということだろう。 それ以上、私はその場では追究しなかった。 話すつもりの無い相手に、話させようとするのは骨が折れる。 それに…確かに、遠坂凛と会えることは少し楽しみでもあった。 遠坂凛は、遠坂凛だった。 まさか出会い頭に背中を蹴りつけられるとは思いもせず。 だが、その直後に強く抱きつかれたのには、もっと驚愕した。 呆然としている私に、凛は、艶やかに笑みを浮かべてみせて。 「本当に喚ぶなんてね。でも、また会えて嬉しいわ。」 そう言った。 あの男が気を利かせたのかどうかはわからないが、今、私は凛と二人だけで話していた。 丁度良いので、凛にもあの男の本意について、訊いてみることにする。 「凛。あの男が何のつもりで私を喚んだのか、君は知っているのか?」 「なに、あいつ。まだ何も話していないの?」 凛は少し呆れたように問いかけ、私は軽く頷く。 「ふぅん…。あ、言っておくけれど。直接あいつからは何も聞いていないわ。  ただ、大体想像はついているってだけで。ま、そのうち話すでしょ。  士郎からちゃんと聞きなさい。」 凛はそれだけ言って、話を切り上げた。 こうなってはその想像とやらを聞き出すことも出来ないだろう。 ひとつ溜息をつくと。 「あのね。溜息つきたいのはこっちの方よ、まったくあんた達ときたら!」 いきなり苛立たしげに凛が唸る。達、と言われたのが気になったので、 凛と目線を合わせると。凛は怖いくらいの笑顔で。 「アーチャー、あなたは覚えてないかもしれないけれど。  あの聖杯戦争の終わり、あなたが消える前。  わたし、あなたに士郎のこと頼むって言われたんだけど…  これから先はアーチャーに任せるわね。自分の面倒くらい、自分でみなさい。」 そう言い捨てた。その迫力。 「…凛?」 「ほんと、甘くみてたみたい。あいつの歪さは、  わたしにどうこうできるものじゃなかったみたいなのよね、悔しいけれど。  あんたを無事、喚べたんだし、あとはよろしくね。」 などと、有無を言わせぬ様子でまくし立て、じゃあそろそろ士郎にかえさないとね、 などと言い、士郎のいる部屋へと私を促したのだった。 その後。凛と別れ、久しぶりに衛宮の家に帰るかと士郎が言い、 その前に藤村大河に挨拶に行く、という流れになった。 今回は士郎だけで会いに行くということになり、私は少し離れた場所で待つ。 現在、衛宮の家の管理は藤村家に頼んでいるとのことだ。 しばらくして、士郎が戻ってくる。手荒い歓迎を受けたらしい。 髪や服が多少乱れていたが、士郎は満ち足りたような表情をしていた。 だいぶ留守にしてたからな、と言って士郎は笑う。 今でも藤村大河は、士郎にとって特別らしい。 「ここに戻ってくるのも、久しぶりだ。」 呟きながら士郎が衛宮の家の鍵を開ける。 確かめるように周りを見ながら中へ入る士郎の後に私も続いた。 家の中は掃除もきちんとされており、綺麗だった。 士郎の部屋につく。そこで。 「いい加減、答えてもらうぞ、衛宮士郎。」 私は再度、問いかけた。 士郎は、真っ直ぐに私を見てくる。 聖杯戦争時よりは成長しているが、まだ私には届かない身長。 それでも随分と近くなった目線で私を見て。 「お前はこれから先、俺と一緒に世界中をまわって人助けをするんだ。」 そんなことを、口にした。 「…貴様は、まだそんなことを…」 私の苦い問いかけには。 「ああ。死ぬまで、やりとおすさ。」 強い意志をもって言い切る。 ああ、この男も変わらないのだと。 それでも不思議だが、不快では無かった。 短い空白のあと。 士郎は何かを決心したのか、一度目を閉じ。 一歩私に近付き、右手を伸ばしてきた。 それをただ見守っていると、私の腰の聖骸布の裾を手にとる。 そして膝をつき、聖骸布を捧げ持ち、それに口付ける。 下から見上げてくる士郎の視線。 士郎の唇が、音を紡ぎ出す。 「英霊エミヤ。アーチャー。  俺は、お前が好きだよ。……好きなんだ。」 謳うように告げられた言葉。 ぐらりと視界が揺れた。世界が反転するかのような衝撃。 この男は、何を、言っている。 私の動揺に気づいているのか。困ったように微笑う士郎が言葉を続ける。 「考えたんだ。お前をどうにかして、守護者から、引きずりおろせないか。  その為の賭けなんだ、お前を召喚したのは。  俺が死ぬ、その瞬間まで続く賭け。  俺は嫌なんだ。お前がこれから先も守護者として望まない召喚を  され続けなければならないのが。  だから結局。これはお前の為じゃなく。俺自身の為。  俺のエゴなんだ。  お前はきっと、何人もの衛宮士郎を知っているんだろうな。  その中で、ひとりぐらい、俺ぐらい、  お前の為の(自分の為の)衛宮士郎がいたって、いいだろ。」 士郎は言うべきことは全て言ったとでもいうように、その後、口を閉ざし、ただ私を見ていた。 私の答えを待つように。  先に落ちたのは 先に焦がれたのは どちらか 士郎の告白 を聞いて。 湧き上がった感情が、嫌悪とは逆のものとはいったいどういうことなのか。自身の感情がわからない。 この男に対し、オレが抱いていたものなど、殺意と憎悪だけだ。 それが いつ 変わったのか。 殺意と憎悪。それが裏返ると、その感情をいったい何と呼ぶ。 「衛宮士郎…」 相手の名を呼ぶ。視線を合わせる。 合わせて、溢れる衝動のままに、私は士郎の身体を押し倒していた。 欲している。 何を? この身の現界、維持は世界の力が働いている。 ある程度の魔力が召喚者から流れてきていれば、問題は無い。 今、魔力供給なぞ必要ない。 ならば、この衝動は、きっとただの。 突然押し倒されたというのに、士郎は受身だけをとり、抵抗はなかった。 何かを問いかけた士郎の唇に自らのものを押し当て声を奪う。 歯をたて、舌をさし入れ絡めとる。う、と士郎の口からくぐもった声が漏れる。 それすらも吸い取るように深く深く唇を重ね合わせる。 濡れた音をたて貪る私の背に、士郎が腕をまわし、自らも舌を絡めてくる。 ぴちゃ、と銀糸をひきながら唇を離し、視線を間近で合わせる。 「…お前の、こたえを。まだ聞いて、いない。」 囁くような士郎の声に。 「…たわけ。」 そう答えた自分の声は、酷く、甘かった。 「なんだよ、それ。」 士郎が小さく笑う。士郎の目元に唇をよせて。 「ああ。私もきっと、同じだ。気付いていなかっただけで。  正気の沙汰ではないな。よりにもよって、貴様に、焦がれるなど。」 私がそう、囁けば。士郎の目が眩しげに細められた。 士郎の身体に触れていく。 手のひらで、指で、唇で、身体全体で。 士郎は私が触れるつど、身体を震わせ、小さく喘ぐ。 その声が欲しくて、士郎の中心を咥えこめば、高く啼いた。 同時に奥の窄まりを揉みこめば、びくりと身体を強張らせる。 「…っひ、ぅ…んっ、ん…」 中心に舌を這わせ、後孔に指を入れれば、堪えきれずに零れる喘ぎも多くなる。 前立腺をみつけて強く抉れば。 「は、あ、あっ、くぅっ…う…ぅ」 切なげに眉を寄せ、それでも耐えようと唇を噛み締める姿に嗜虐心を煽られて。 指を引き抜き、自身の既に熱を持った中心を取り出し、士郎の脚を肩に担ぎ上げ、 ひくつく窄まりにあてがう。 「…息を、吐け。」 「っは…―――ぁっ!!」 士郎がひとつ息を吐いた直後、一気にねじ込む。 そこは、ぬめりも足りず、ぎちぎちに締め付けてきた。 「っぐ」 「あ、あっ、は、は…はっ…ぁ」 お互いに苦しげな呼吸。けれど、士郎が震える腕を持ち上げ、荒く息を吐きながら、すがり付いてくる。 「…?士、郎」 耳元で名を呼べば。 「は……ほん、とに…っ、ここ、に、いるんだな…アー…チャー…」 嬉しげに、そんなことを、口にする。 「っ、」 ぎり、と歯を噛み締め、身体をおこす。突然の行動に軽く戸惑う士郎。それを目に映しながら腰を掴み。 「あ、――あっ、ぐ、ぅあっ!」 強く、突き上げた。痛みなど全て快楽に変わる。 苦しげだった士郎の声にも少しずつ甘さが混じる。 士郎の中心を擦りあげてやれば、力無くかぶりを振って喘ぐ。 技巧も何も無く、ただ、衝動のままに叩きつける。 それを必死に受け入れようと蠢く士郎の内部。 一度目の絶頂は、お互いにそう時間はかからなかった。 ほぼ同時に、士郎は自らの腹と私の腹に、私は士郎の内部に全て、注ぎ込む。 びくんと震える身体、脱力し、虚ろに見つめてくる士郎の視線に、また熱が煽られる。 再び内で、力を取り戻したそれに士郎は小刻みに震える。 「あ……アー、チャー…」 名を呼ぶ士郎へ身体を倒し、口付ける。反射的に閉じた士郎の目尻からは、涙が零れる。 そして、再び、突き上げる。 何度も、何度も。 士郎の身体を、貪り続けた。 脱ぎ散らかした服。力無く横たわる士郎の肌をそっと撫でる。 士郎の身体が小さく身じろぎ、瞼が震え、目が開く。 幾度か瞬きして、私を見て。 「…やりたい、ほうだい、やってくれた、よな。」 士郎はかすれた声で文句を言ってきた。 それでも口元は笑みの形で。 「く、私を捉えて離さなかったのは、貴様だろう。」 私もそう、言い返してやる。 結局、半日以上も抱き合っていた。 途中、何度か士郎は意識を手放し、私自身も休憩をいれながらだが。 満たされることなど無いとでもいうように、厭きることなく私は士郎を求め、士郎も私を求めた。 そうして今は、ただ、触れるだけ。 私が士郎の身体をなぞるのを、士郎は気持ちよさげに目を細めて見ている。 「…貴様の思惑通りの結末が訪れるとは思えんが…」 私の呟きを、士郎は黙って聞く。 「所詮は召喚を受けた身だ。改めて、契約を交わそう。  貴様の思うままに、私をつかうといい。…士郎、その対価に、貴様は何を私にさし出す?」 そう問うた私を、士郎はしばし見つめ、小さく笑って言う。 「俺にさし出せるものなんて、この身、一つだけだ。  だから、心も身体も、この先の未来も。全部、もっていけ。足りないなんて、言わせないぞ。」 「ふ…不服は無い。了解した、マスター。」 士郎の言葉に満足し、私はそう答えた。 交わされた、ひとつの契約。 証のように、士郎の手の甲に口付ければ。 士郎も私の手をとり、同じように口付けた。 そして。 「俺が、この命を終えるときまで……ずっと、そばに いろ。」 そんなことを囁いてきた士郎に。 私は唇を重ねることで返した。 遠いあの日の剣戟。 士郎が私に対し、反発以外の感情を抱いた始まりは、おそらくは、その時からだろう。 だが、私はきっと、過去の自分へ殺意を抱いた時点で、強く、囚われていた。 負の感情と、同じだけの、反対の感情でも。 凛、君の言うとおりだな。 衛宮士郎の歪さは、死んだところで直りはしまい。 私自身が、結局死ぬまで、死した後までも歪であるのだから。 同じだけ歪な私が、面倒をみるべきなのだろうな。 そうして、士郎の言葉通りに。 士郎の死ぬ、その時まで。 私は現界し続けることになる。 UBWトゥルーED数年後の弓召喚後の話。 守護者からの解放が、成っても成らなくても。 「剣」のエミヤの傍には、常に「盾」のエミヤがいる。 そんな未来があればいいなと夢見てます。 ようするに、まとめてエミヤシロウ幸せになれ! という思いをこめて、書いてみました。 小話・雑感部屋へ戻る