なんとなく、そう思っただけで。 深い理由なんか無かった。 無い、ハズだ。 今日、家にいるのはセイバーと、あと珍しくアーチャーを連れて遠坂が泊まりにきていた。 皆が寝静まった頃。 たまにはいいかと藤ねぇが置いている酒を一本手にして、俺は居間で飲んでいた。 そうしたら、アーチャーがなんの気紛れか、居間に顔を出してきたので、 相変わらず飲食することを渋るアーチャーを巻き込み、男二人、顔をつき合わせて飲む状況になった。 特に話すことも無いので、黙々と。 だからそれは、アーチャーに対して言った言葉では無く、ただの呟きだった。 「アーチャーの為に生きるなら、自分の為に生きることになるのかな。」 「…もう酔いがまわったのか、貴様。」 間髪いれずにつっこんでくるアーチャー。 「む。酔ってないぞ、まだ。」 うん。頭はハッキリしているし、大丈夫だ。 ちょっと顔が、熱いだけ。 そんな俺を、呆れた目で見てくるアーチャー。 俺、そんなに変なこと、言ったんだろうか。 「ちょっと、思っただけだ。 俺はきっと、一生、自分の為だけに生きることは、出来ないだろう。 自分の目に映る誰かの為。 それでも、いつか、誰かひとりの為だけに生きることはあるのかもしれない。 その相手が、有り得ないだろうけどアーチャーだったなら。 アーチャーは、一応俺の未来だし、アーチャーを思って、生きるなら…… そう、ふと、思っただけだ。」 「…私とお前は、もはや別の存在だ。 ならば仮にお前が私の為に生きるとしても、自身の為、ということには、ならんだろう。 …有り得ない話だ。冗談でも、やめておけ。 自身の為に生きたいのならば、私のことなぞ持ち出さず、そうすれば良かろう。」 アーチャーが、俺のただの戯言に、律儀にそう答えてきた。 そうすれば、英霊エミヤも生まれない。 アーチャーの最後の呟きは囁くようで、よく聞き取れなかった。 アーチャーの吐き捨てた、有り得ない話、冗談。 そんな言葉に何故かむっとする。何が気に食わないのか、自分でもよくわからないが、 アーチャーの言い方に、なんでか腹がたった。 確かに自分でも戯言だと思ったけれど。 「…別って言うけどさ。 それでも俺は衛宮士郎で、お前も衛宮士郎だったんだから、同じじゃないか。」 「……」 俺の言葉にアーチャーは溜息ひとつ。 「やはり酔っているだろう。絡むな。」 眉を寄せて、言ってくる。 俺はアーチャーを睨んで。 「だから、酔ってなんか、ない。 …あ、そうか。 アーチャーの為に生きても、自分の為に生きることにならないんなら。 ただアーチャーの為に生きるってことになるんだな。」 思ったまま言葉にすると、同じ事をぐるぐる言ってるような気がしてきた。 …なんか、ふわふわする。 正面に座って飲んでいるアーチャーを見ると、アーチャーは面白い顔をしてた。 鳩が豆鉄砲をくらった顔、というやつ。 うん、レアだ。 俺は思わず笑って、 「そっか。俺、アーチャーの」 口にできたのはそこまで。 急に目の前が暗くなって――― ごとん、と音を立て、士郎はおちた。 机に突っ伏して、安らかな寝息をたてている。 手にはグラスを持ったまま。 やはり酔っていたのではないかと、アーチャーは頭が痛くなる。 強引に酒を飲むことに付き合えと言ってきたかと思えば、たちの悪い戯言を。 飲食を頑なに拒むのは、ただでさえ、サーヴァントとして現界し、 肉体まで得ているせいで、蘇る生前の記憶。 人としての生を、これ以上、感じたくないからだ。 飲食は強く、生前を思い起こさせる。 それでも、一度口にしたのならばと、グラスに注いだ酒をあおる。 喉を焼く熱。 最後に士郎が言おうとした言葉。 聞かずにすんで良かったという思いと、 どうせ言いかけるのならば、最後まで言え、という思いとが、 頭の中をめぐる。 自分も酔いがまわったかと、アーチャーは頭をゆるく振った。 自分の前で、無防備に眠る士郎。 いっそこのまま殺してやろうかとさえ思ったが、 実行に移す気にはなれず、ただ静かに、眠る士郎の顔を眺めて、酒を飲んだ。 自分の為に生きる士郎なぞ、有り得ない。 そう思いながらも、自分の為に生きることが出来る士郎がいたのならば、オレはどう、思うのだろう。 羨望するだろうか。 嫉妬するだろうか。 祝福、するだろうか。 それとも、――蔑むだろうか。 答えは、出なかった。 双方自覚の無い片想い的、というか。 UBWトゥルーED後のホロウ期間、みたいな。 なので主従はそのまま。 翌朝、仲良く机に突っ伏して眠る士郎とアーチャーを、 セイバーと凛が発見したとか。そんな感じで。 自覚の無い片想い状態とか、大好きだったり。 小話・雑感部屋へ戻る