猫になった日



 

俺にはアーチャーというサーヴァントを聖杯戦争後も維持できるだけの魔力が無い。
そこで遠坂が提案したのは、実体化させる際の小型化。
そうすれば維持に使われる魔力も少なくて済むだろうと。
藁にも縋る思いで俺はその方法に飛びついた。
アーチャーは不服そうだったが、元マスターである遠坂の一声で渋々ながらも了承した。
そして、善は急げとばかりに遠坂の手を借りて儀式を行ったわけだが………。



「なんでさ。」
「それは私の台詞だ。」


俺の目の前には、こげ茶の短毛の猫。
ぱたん、ぱたんと機嫌が悪いのだというように尻尾が揺れる。
頭部のあたりだけ、毛が白い。
……………駄目だ。可愛い。


「…笑いたいのならば、堪えずに笑えばよかろう。」
不機嫌なアーチャーの声がその猫から発せられる。
声帯、どうなっているんだろうとか思いながらも、俺は笑みを堪えながら悪いと呟いた。




はっきりとは分からないが、儀式の時に余計なことを考えたのが原因らしい。

小型化といっても、アーチャーの姿そのままなのもどうかと思うし、
どうせ小さくなるなら可愛いと思える方がいい。小動物とか。
よく使い魔といえば猫とか聞くよな。
―――そんなことを、俺は考えてしまっていたのだが、
聞けば遠坂も同じようなことを考えていたらしい。
その結果が、これだった。
ものは試しというレベルの儀式だったので、そのうち元に戻るだろうと、
遠坂が腹を抱えながら教えてくれた。



そんなわけで現在、俺は猫と向き合って会話している。
妙な気分だ。
俺からアーチャーに流れる魔力は明らかに少なくなったので、
儀式を試したことに意味はあったが、流石に次はアーチャーは頷かないだろう。
自分に置き換えて考えると………うん、結構辛いよな。

「…えっと、アーチャー、食べる物は…」
人間の時と同じ食事というのもどうかと思って聞いてみたのだが。
「…私はサーヴァントだ。そもそも食事の必要性は無い。……暫く構うな。」
溜息を吐きつつそう告げると、アーチャーは、たん、と軽い身のこなしで俺の前から去っていった。
どうやら霊体にも戻れないらしい。
俺はアーチャーの意思を尊重して、そっとしておくことにした。
何かあればアーチャーの方から来るだろう。



そうして夜。
結局アーチャーは一度も顔を見せなかった。
意外と屋根の上にいるのかも、と思いつつ風呂からあがり、部屋に戻って布団を敷く。
「…お休み、アーチャー。」
返答は期待せず、俺はそう呟いて布団に横になると目を閉じた。






―――――――


1日、どこぞの家の屋根で過ごした。
何かに出くわすことも無く、脚を折りたたみ目を閉じている。
なんとも妙な感覚に溜息しか出てこない。
凛が絡むとろくなことにならんなとアーチャーはまた1つ溜息を落とす。
そうこうしているうちに辺りは暗くなってきたので、アーチャーは観念して衛宮士郎の家に向かった。

玄関は閉まっているだろうと、ぐるりとまわる。
開いている窓があり、いよいよ猫扱いだと思いながらもそこから中へと入った。
廊下を歩く足音は、意識せずとも無い。
まず居間を覗いてみたが、人の姿は無く、電気も点いていなかった。
ならばと衛宮士郎の自室へ向かう。
部屋に体を滑り込ませると、布団に横になり眠る衛宮士郎の姿。
そっと近付く。
こちらに気付くこともなく眠る士郎の顔を、気紛れに舐めてみた。
ん、と喉を鳴らしたが反応はそれだけ。
こんな姿になってしまったが過ぎたことだ、仕方がないと割り切って、
アーチャーは士郎が眠る布団の中に潜りこんだ。
それはある種の本能のようなものだったのだろう。
中はとても温かい。
アーチャーは士郎の傍で体を丸めて眠りについた。


―――――――



翌日。
すぐ傍に何か温かい塊があることに気付いて眠りから覚めると、
そこには丸まった毛玉が。
「…アー、チャー?」
小さく呟いたが、その毛玉―猫は丸まってぐっすり眠っているようだ。
どこからみても猫。
だが、その毛色は確かに昨日確認したアーチャーのもの。
ふ、と顔が緩むのを感じる。
アーチャーに対して『可愛い』なんて思ったことは無かったので、新鮮な気持ちだ。
寄り添って眠るその存在に、布団から出がたくなって。
「……あと少しなら、いいか。」
そうして俺は寝なおすことにした。


暫く元に戻らなければいいのに、という気持ちは、
アーチャーには言わないでおこうと心に決めて。








オチはほのぼのにしてみました。
猫を飼ったことが無い自分の夢でもあります。(布団に潜り込んでくる猫)
目が覚めたら、全裸のアーチャーが隣で寝てました、
な悪夢オチでも良かったけど。
どこかで見たことがあるようなネタですがスルーしていただければ幸い。







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