傷跡
胸、心臓の位置にあるその傷跡に、爪を立てられて痛みに呻いた。
「っ、アーチャー、」
咎めるように男の名を呼ぶと、アーチャーは視線を合わせてきて。
「なに、この体に傷跡を残したのが私ではないのが面白くないだけだ。
…いや、いっそ腹立たしいな。」
そんなことを、言ってきた。
それはある種の独占欲とも言えるのだろうか。
意外だった。
だから思わず、笑ってしまった。
アーチャーは眉間に深く皺を刻んだ後、今度は爪のかわりに顔を俺の胸に寄せて歯を立ててくる。
先程よりも痛かったが、もうどうでもよかった。
アーチャーの頭に手を回し、抱え込む。
「…お前にだって、あるじゃないか。
俺は揃いの傷跡でちょっと嬉しいと思ってるけどな。」
そう告げると、アーチャーは顔を上げた。
暫しの沈黙の後、ふむと頷き、そういった考え方もあるかと呟く。
こうして体を交えるようになってから、気付いた。
アーチャーの胸にも、よく見なければわからないが、確かに俺と同じ傷跡があることを。
俺達は二度、死んだのだ。
あの聖杯戦争に身を投じる前に。
一度目は、まだ●●士郎だったころ。大火災で。
そして二度目はセイバーを召喚する前に。ランサーの槍で。
どちらの時も―――救われた。
多分、二度目の死まで俺達の道は同じだったんだろう。
セイバーを召喚してから後の傷は、不思議な治癒力のおかげで殆ど残っていない。
アーチャーの体には、目立った傷跡が幾つかある。
それは記憶に深く刻み込まれた傷だろうか。
俺もこの先、同じ場所に傷跡を残すことになるのかもしれない。
アーチャーはそれを、望まないだろうが。
『お前につけられた傷なら、見えないところに沢山あるんだけどな』
それは口には出さず、俺は手のひらをアーチャーの胸に置いた。
指先で傷跡を辿る。
考えてみれば、あの青い槍兵とも妙な因縁があることになるのかと思いを巡らしていると、
アーチャーの手が傷跡をなぞる俺の手を掴んできた。
そのまま俺の指先を口元に持っていき、指先にアーチャーの舌が触れる。
「……やはり、面白くはないな。」
呟き、噛み付かれる。
俺が今、考えていることが伝わってしまったんだろうか。
いつもとは違い、やけに絡んでくるアーチャー。
どこか甘えられているように感じてしまって、くすぐったい。
『お前の背中しか、見てないのにな』
心中で言って、アーチャーの目を正面から見据えた。
アーチャーは目を細めて、俺の指を解放する。
近付く距離に目を閉じれば、唇に重なる熱。
何度か角度を変えて重ねるだけのそれは、温もりだけを伝えてくる。
そうしてアーチャーは、俺の肩口に顔を埋めて、動かなくなった。
背に回された腕で、しっかり抱きしめられる。
しないのか、と問えば、逆に、したいのか、と問い返されて。
別にと否定を返すと、ならば構わんだろうと答えたアーチャーは、俺の首筋に額を擦り付けてきた。
何もかも意外なアーチャーの様子に驚きつつも。
「…まあ、いいか。」
その温もりを手放す気にはなれず。
俺も腕を回して抱き返した。
寒い日は人肌恋しくなる。
これも多分、そんな理由なんだろう。
弓士で傷跡ネタあんまり無いよねーという話があったので。
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