落ちる花
自分の部屋で何をするでもなく、くつろいでいたら、
空から花が、降ってきた。
ばらばら、というか、どさりと。
頭の上に降る、花。
……なんでさ。
振り返るとそこにはアーチャー。
まだ全てでは無かったらしい。
手には花をのせていて、それを俺の頭の上から落とす。
こんな大量の花、いったいどこから。
普通に買えば、すごい金額になりそうだ。
どこかで摘んできたとか、もしくは盗んできたとか。
いや、アーチャーと花。………似合わない。
「…なんの嫌がらせだ?」
結論。それだけをアーチャーに告げると、アーチャーは何故か口元を笑みの形にして、
「別段、嫌がらせのつもりは無いのだが。」
そんなことを、言ってくる。ますますわけがわからない。
眉を寄せる俺にアーチャーが、
「ここにある花だが、ただひとつを除いて全て、投影したものだ。
衛宮士郎、お前に本物が、わかるか?」
俺が疑問に思っていたことに対するひとつの回答と、問いかけを同時にしてきた。
…投影物。言われて、手近にある花のひとつを見てみると、
確かに、本当に些細なものだが、その花には不完全さが見えた。
アーチャーが何のつもりでこんなことをしてきたのか、さっぱりわからないが、
問いかけられた以上、答えないわけにはいかない。
俺は精神を集中させて、周りに散らばった、
俺の髪や身体にも引っかかった花のひとつひとつを、じっと見ていく。
アーチャーは無言で俺の傍に佇んでいた。
「…あった。これ、だろ?」
数分を要して、やっと俺は本物を見つけ出し、その花をアーチャーに差し出した。
「随分かかったな。」
呆れたようなアーチャーの返答。
「しょうがないだろ。俺は剣以外の投影はまだ苦手なんだから。」
む、としながら俺は言う。
今の俺では花の投影なんて、ここまで精巧には出来ないだろう。
…どれぐらい、アーチャーは投影の鍛錬をしたのだろうか。
――はた、と。俺は今のこの状態が、何も解決していないことに気付く。
「それよりアーチャー、いったいこれ、どういうつもりなん」
俺は最後まで言葉を音にすることが、できなかった。
アーチャーが、徐に俺を押し倒してきたからだ。
どさりと花が散らばる中に背中から倒れこむ。
本物の花を握った俺の手を、アーチャーの手が上から重ねるように握る。
白い花からは、甘い香り。
「っ、まだ昼間だぞ!何考えてっ、アーチャー!」
暴れる俺の身体を押さえ付けて、アーチャーは俺の首筋に唇を寄せて喉奥で笑う。
「衛宮士郎。お前はこの花を、知っているか?」
アーチャーが花を握った俺の手を揺らし、訊いてくる。
「…花に詳しいわけ、ないだろ。知らない。」
「そうか。」
「なんでアーチャーは知ってるんだよ。」
「なに、偶々だ。これの花言葉、というものもな。昔、何かで知って、それをふいに思い出した。
お前のことが浮かんだので、こうして用意してみたわけだが。」
そう言いながら、アーチャーは服から覗いた俺の鎖骨に唇をあててくる。
――触れるだけ。
不思議だが、それに性的なものは感じなかった。
身体はぴたりと重なって、脚も絡まっているし、手も握り合わされて。
それでもアーチャーは、身体の表面に触れる以上のことはしない。
流石にまだ日も高いからか、それとも、ただの気紛れか。
それなら別にいいかと、俺は身体の力を抜いた。
されるがまま、というのは面白くなかったので、俺もアーチャーに倣う。
アーチャーが俺の左肩に顔を埋めてきたので、
俺もアーチャーの左肩に顔を擦り付けて、アーチャーの首筋に小さく唇を落とした。
アーチャーが微かに笑う気配。
「…お前、酔ってないか?」
「酔っていない。いや、お前には酔っているかも、しれんな。」
「っ、何言ってやがる、この馬鹿。」
ああ、今、絶対こいつのようにはならないなどと思ってしまった。
…けれど、そんなこいつに付き合っている時点で、もう手遅れな気もするが。
つまり、俺も、馬鹿だということ。
まるで、でかい犬がじゃれてきているようだ。
俺がそう感じているから、きっとアーチャーも、
俺を何かの動物のようだと思っているんだろうなと思う。
重ねられた手を握り返す。指を絡めて、遊ぶ。
アーチャーの頬に軽く唇を押し付けたら、アーチャーは顔をずらしてきて。
お互いの唇が重なる。
俺もアーチャーも小さく笑ったので、吐息がお互いの唇を震わせた。
「本当に、何やってるんだろうな。」
俺の呟きに。
「さて。意味なぞ特に要らんだろう。」
アーチャーが即答する。
意味など無くても、こんな風に触れ合うことは自然なのだと言うように。
…顔が熱くなる。
恥ずかしいことをさらっと言いやがって…!
「顔が赤いが、衛宮士郎。」
「うるさいアーチャー。」
俺のことをからかうように言うアーチャー。
俺の指に絡まるアーチャーの指を引き剥がし、乱暴に頭を引き寄せて、その唇に噛み付いてやる。
それでもアーチャーは笑うだけ。
そのまま俺の背中と腰に腕を回して、俺の呼吸を奪うような深い口付けをしてくる。
「っ、ン」
喉の奥、くぐもった声は甘い。
口を開きアーチャーを受け入れる。
アーチャーが舌で俺の咥内を愛撫する。
それは煽るものではなく、宥めるようで。
身体を寄せ合っているのでわかるが、お互い、中心は静かなままだった。
アーチャーが唇を滑らせて、俺の顎、首筋を舐める。
軽く呼吸は乱れたけれど、それもすぐに落ち着いて。
俺はアーチャーの髪をゆるりとかき混ぜた。
顔を上げてくるアーチャーに、笑いかける。
アーチャーも緩く笑って、もう一度、俺の唇に軽く口付けを落として。
俺達は、ただ、身体を擦り寄せ合った。
甘い花の香りに包まれて、なんて。
本当に俺達には、似合いやしないのに。
なんとなく、花の香りに酔ったような気がした。
後日。どうしても気になったので、アーチャーに花の名前だけは聞き出して、
俺はその花の花言葉とやらを調べに本屋に向かった。
桜なら知っていたかもしれなかったが、
嫌な予感がしたので、結局自分で調べることにしたのだ。
本屋に辿り着き、花についての書籍が並ぶ棚を見つけ、花言葉の本を一冊取り出し、探す。
花言葉の本の立ち読みなんて、場違いなことこの上ないので、早く立ち去りたくて気が焦る。
そして、目当ての花のページを見つけて、―――固まった。
いくつか花言葉とやらは書いてあったが。
……この本に書いていた花言葉は二つ。
どちらにしても。
こんな言葉で俺のことが浮かんだ、だって…!?
頭沸いてるんじゃないのかアーチャー!!
俺は急いで本を棚にしまい、本屋を出た。
帰ってアーチャーを一発殴らなければ、気が済まない。
知らないままの方が良かったと、俺は後悔したのだった。
<月下香> 花言葉 危険な快楽/魅惑的
濃赤カーネーション 花言葉 欲望/私の心に悲しみを
でもいいかなとか思ったけど、甘い香りがある方がいいな
ということで上の月下香(チューベローズ)になりました。
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