首筋
縁側に腰掛けて空を見上げる。
曇り空。太陽の光は厚い雲に遮られ、今にも雨が降り出しそう
だが、きっと雨は降らないだろう。ただ、雲に覆われた空。
その鉛色に、あの赤い弓兵の目を思い出して。空を通して弓兵を見ている気分になった。
「何を呆けている。」
だから突然かけられた声にも驚くことはなく。
「空をみてたんだよ。あんたの目の色だなと思って。」
「…そうか。」
何か感じたのか。アーチャーはそう静かに頷き、そのままそばに佇んでいる。
「……今も。どこかであんたは喚ばれてるんだろうな。」
今ここに、こうして存在しているアーチャーとは別に。理不尽な掃除屋として、無色の力を揮う、英霊エミヤとして。
アーチャーは答えない。それが多分答えなんだろう。
でも、俺は別に答えが欲しかったわけじゃなかった。
ただ、なんとなく思っただけだ。
せめて今ここにいる時だけは少しでも休むことができればいい。
座に戻れば、意味など無いのかもしれないが。
どれくらいの沈黙だったのか。
つ……と、首筋に触れる何か。
アーチャーの指が俺の首筋、頚動脈のあたりをゆっくり撫でる。
指の腹で辿っていたそれは、爪先にかわり、力加減も強く圧迫したり、擽るように軽く触れたり。
何かを確かめるように、何度も、何度も。
頚動脈のあたりなど急所のひとつだ。
そこをそんな風に触られるのはなんだか落ち着かない。
だが、俺は目を閉じてそれを受け入れた。
落ち着かないが、嫌ではない。
ひとしきり首筋を撫でていた指は、なんの前触れも無く唐突に離れていった。閉じていた目を開き、アーチャーを見る。
アーチャーは一瞬だけ俺と目を合わせて。
そのまま何事もなかったかのように、くるりと背をむけて立ち去った。
「…何やってたの、あんた達。」
呆れたような声に、アーチャーが立ち去った方とは逆を見ると遠坂が立っていた。
「俺は空、見てただけだけど。」
「それじゃない。アーチャーよ。」
「見てたのか?」
「こんな縁側で何かやってれば、嫌でも目につくわよ。
で、何やってたの?」
「…なんだったんだろうな。俺もよくわからない。」
「っ、あきれた。」
これ見よがしに溜息をつく遠坂。む、としてなんだよと言えば。
「…いいわよもう。あんた達が納得済みでやってることなら口をだすものじゃないし。
ただ、ちょっと異様な雰囲気だったから気になっただけ。」
そこまで言って、遠坂は黙り込む。
「大丈夫だよ、遠坂。」
そこはきっぱりと俺は言った。本気で心配してくれていることがわかるから。
遠坂は俺のことも、アーチャーのことも気にかけてくれている。それは本当にありがたいと思う。
「っ、ふん。」
少し照れたように言って、遠坂はその場から立ち去っていった。
残された俺は、また空を見上げてみた。
変わらない曇り空。
アーチャーの目の色。
触れた指先の熱。
アーチャーの触れた首筋、頚動脈のあたりに自分の指をあててみる。
どくん、どくんと脈打つのが、指先を伝ってわかる。
ああ、これを、感じたかったのか。
そんな風に思う。
あと、先ほどの状況、アーチャーが俺の首筋に手をやって、
俺はされるがままに目を閉じて。そんな光景を客観的に考えると
確かにかなり危うい雰囲気だったのかもしれないことにいまさら気づき。
「…遠坂には、悪いことしたな。」
ぽつりと呟いてみた。
アーチャーが士郎の首筋に指を辿らせる。
それを士郎は受け入れる。
そういう、ある種の信頼関係というか、相手に急所をさらす、
好きにさせるというのが、なんかいいなと思って書いてみた。
小話・雑感部屋へ戻る