芽生え 3



 

呼ばれたような気がして、覚醒した。

どうやら眠っていたらしい。
眠る必要など無いはずだが、実体化して、人と同じ様な生活を送って数ヶ月。
生前を体が思い出したのか、完全に落ちていた。
上体を起こしかけて、そこでようやく自分が抱き込んでいたモノに気付く。
目覚める気配は無い。規則的な呼気を漏らしている。
「…衛宮、士郎。」
抱く相手の名を呼んでみるが、特に反応は無かった。




何故、そう思ったのか、感じたのかはよくわからないが、
昨夜は、離れがたかった。
魔力供給が滞りなく完了し、士郎がそれを確認して意識を手放す。
汚れた―私が汚したその体を清めて。
ここまでは何時も通り。
服を着せて、布団に横たえて。
眠る士郎。その顔を、暫く見ていたいと、そんな風に感じた。
隣に座り、その寝顔を見る。
もともと幼い顔立ちだが、眠る貌はさらに幼く見える。
パスを辿れば落ち着いた生命活動までも感じ取れる。

かつて、私は衛宮士郎に対して、嫌悪、殺意といった負の感情しか抱いていなかった。
――はず、だった。
この時代にサーヴァントとして凛に―遠坂に召喚され、記憶の混乱が落ち着いた後、
衛宮士郎と出会い、認識し、自らの望みを叶える事ができる機会なのだと理解し、歓喜し。
だが、憎むべき相手、かつての自身でありながら、
自分と違う何かを衛宮士郎に探したのは何故なのか。
同じ部分を知るごとに絶望したのは、何故だ。
いずれ殺す相手。
そこにあるのは、かつての自身への諦念と自身を消す可能性への歓喜だけあればいいはずだ。
絶望した意味が、あの時は嫌悪からくるものだと思っていたが、今ならば解る。
私は自身の消滅、その僅かな可能性にかけてみたいと言いながらも、
本当は無駄なことだと解っていて。ただの八つ当たりだと解っていた。
衛宮士郎が自身の過去と少しでも違うならば、こんな風に八つ当たりをする必要は無かったと、
そのことに対しての苛立ちはあった。
正直に言えば。
衛宮士郎がかつての自分なのだという実感は、初めから無かったのだ。
記憶が摩耗しているせいもあるのだろうが。
だからこそ自身と同じ歪みを持つ衛宮士郎に絶望した。
自身と同じ道を、歩ませたくなかっただけ、なのだ。結局のところ。
その甘さがエミヤシロウであるが故なのか。

衛宮士郎は私のようにはならないと断じながら、私の背を追うと、追い越してみせると言い、
借りが返せていないからと、私をここに留めた。
留めたのは士郎だったが、私自身もそれに応えた。
衛宮士郎と共に在ることを、望んだ。
思えば、初めの魔力供給の時から、私は士郎に劣情を抱いていた。
考えないようにしてきたが、どうやらそれも限界のようだ。

私は、衛宮士郎に、惹かれている。

過去の自身にこんな感情を抱くなど、私の歪みは相当なもののようだ。
魔力供給など関係なく、侵したいのだと言えば、
衛宮士郎はどのような貌を見せるだろうか。

眠る士郎の額にはりついた前髪に触れる。
かきあげて髪を梳くと、僅かに身じろいだ。
この身に巡る士郎の魔力は、よく馴染む。
熱を直に感じたくなり、隣に横たわって士郎の体に腕を回し抱き込んだ。
胸元に士郎の呼気があたる。
体に触れる士郎の熱の心地よさに、そのまま眼を閉じて―――。




現在に至る。
士郎の眠りに引きずられた形になった可能性もあるか。
時間を見れば常の起床時間であったので、起こしてしまっても構わない気持ちで
腕の中の士郎を横に転がして立ち上がった。
士郎が目覚めることはなく、もしかすると一度自分よりも先に目覚めていたのかもしれない。
だとすれば、さぞ驚いたことだろう。
こうして朝まで共にいたことなど、今までなかったのだから。
士郎は何を、想ったか。
自身のこの歪んだ感情を、士郎がどうとるのかは解らない。
だが、そろそろはっきりさせるべきなのかもしれない。
今の状態、マスターとサーヴァントである関係も、良いものだとは思うが。

眠る士郎をもう一度見る。
身を屈めて、その唇を軽く自身の唇で塞いだ。
唇を舐めて、離れる。
そうしてもう振り返ることなく、朝食の準備の為に台所に足を向けた。









士郎よりもアーチャーの自覚が先でした。




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