芽生え 1



 

アーチャーは一人でいると静かだ。
俺がそうだから、アーチャーもそうなんだと思うが、一人でいることがあまり苦では無いというか、
今でこそ周りは賑やかだが、昔は大勢で騒いだりなどということは、あまり無かったように思う。


アーチャーは縁側に座っている。
何をするでもなく。
こんな姿を稀にみる。
何かに想いを馳せているようにも見えるし、
何も考えていないようにも見える。
声をかけようとして、それが出来ず。
何故か声が詰まる。


その背中に、無数の鋼が突き立った姿を覚えている。
よりにもよって、俺を庇って。


声をかけずに近寄っていく。
気付いているだろうが、アーチャーは振り向かない。
アーチャーの後ろに立って、俺はそこに背中合わせに腰を下ろした。
立ち上がられたら縁側から落ちるな、と思いつつ。
そのままアーチャーの背中に寄りかかる。
アーチャーは何も言わない。
俺も口を開かず、そのまま目を閉じた。



広い背中。
俺もこんな風になれるだろうか。
俺の理想で、俺の未来で。
一度は否定した。でも今は焦がれている。
借りがあるから、そんな言葉で俺はアーチャーを引きとめた。
そんな言葉しか出てこなかった。
繋ぎ止める為の方法―アーチャーとの性交も、
思えば初めから、躊躇いはあったが嫌ではなかった。
寧ろ今は、その行為を待ち望んでさえもいる。
今はちゃんと、自分のそんな気持ちを受け止めている。
いつまで繋ぎ止めておけるのか、わからない。
時の概念が無い、英霊という存在。
記憶も残らない。
だから、どれだけこの世界に現界していようと、
瞬きひとつぐらいの感覚でしかないんだろう。
それでも、今この時をできるだけ永く。
結局、俺がただ、こいつといたい。
そう思っているだけの話かもしれない。
アーチャーがなんで付き合ってくれているのかも、よくわからない。
男である俺を抱く、なんていう面倒な真似をしてまで。
選択肢が無いようにみえるが、実のところ、
アーチャーが本気でこの茶番を終わらせようと思うなら、
簡単に終わらせることが出来る。
それに気付いていないはずが、無いっていうのに。



ふいに、アーチャーが動いた。
俺の背中を支えていたものが無くなり、
そのまま倒れそうになった体をアーチャーの腕が抱きこんで。

「一体何の用かね、衛宮士郎。」

至近距離で、俺の顔を覗き込みながら言ってくるアーチャー。
その表情はいつも通りのものだ。
そう。いつもと変わらない、ハズなのに。

「…別に、用は無い…けど。」
曖昧に言葉を口にしながら、俺は不安のようなものを、感じて。
じっとアーチャーを見る。
俺の言葉と視線に、アーチャーは眉間に皺を寄せながらも、同じように視線を返してくる。
鋼の瞳は、重く。
俺は何か口にしようとして。
だが、音が零れることは無かった。
アーチャーが顔を近づけて、唇を重ねてきたから。

啄ばむだけのそれは、擽ったかった。
そうして気付く。
魔力供給の為の性交渉以外で、こんな風に触れられたのは、初めてだと。
当たり前だ。今、こんな真似をする意味など無い。
唾液から魔力を摂る目的ではないのは、唇を触れあわせるだけの行為から読み取れる。
じゃあ、理由は?
そう思いながらも俺は、それを拒まなかった。
受け入れた。
衛宮士郎を殺すこと以外に、何かを望むことが無かったこの男は、俺に何を望むのだろうか。
何かを望んでくれるのだろうか。

『おかしいな。まるでこいつのこと、好きみたいじゃないか』

みたい、ではなく、本当にそうなんだろうか。
よくわからない。
自分の気持ちにうまく名前がつけられない。
この気持ちは、恋愛感情と同意なんだろうか。
アーチャーも俺も、男なのに?



アーチャーの唇が離れていく。
貌には困惑が滲んでいて。
「…アーチャー。」
名を呼べば。
ふ、と微かに息が零れる音。
そして、
「衛宮、士郎…」
確かめるように、俺の名を呼ぶ声。

ああ、そうか。俺と同じなのか、こいつも。
自分の感情がよくわからないんだろうな。
自然とそんな風に感じた。
今はまだ、このまま、わからないままでいいと思う。

俺は体を起こした。
アーチャーは動かない。
回されていた腕は、するりと落ちて、それを名残惜しいと感じながら、
俺はアーチャーにそのまま抱きついた。
肩に顔を埋めて、腕を背に回して。
アーチャーの体が驚愕したかのように、小さく身じろぐ。
俺は目を閉じてアーチャーの体を抱きしめた。
「…何か、妙なものでも、口にしたのかね、衛宮士郎。」
そう言ったアーチャーの声は、常と変わらない。
呆れたような、馬鹿にしたような。
それに、
「そっくりそのまま、返してやるぞ、アーチャー。」
俺も変わらない声でそう返答した。
行動だけは、いつもとは違う、近すぎる距離だったが。
アーチャーの表情は見えないが、耳に微かに届いた吐息は笑みのようで。
そのあと、俺の腰のあたりに回された腕は緩やかに俺の体を締め付けた。
服ごしに伝わる体温に、目を細める。
どうかしている。
生温い雰囲気なんて、俺達には似合わない筈なのに。
でも、たまにはいいかと、そう結論づけて。
俺はアーチャーの首筋に額を擦り付けた。
獣のように。






初めは、えろ突入系でした。
なんとなく、変えました。
そしたら無駄に甘くなった気が。



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